14

 思わず振り返るが誰もいない。あたしの叫び声に、数少ない部員が振り返る。


 全員の視線はあたしに向いている。


「流音、ごちゃごちゃ煩いよ。ていうか、何描いてんのよ。キャハハ、リアル。これ、ジュナの似顔絵? ウケるー」


 確かに誰かの声がした。

 でも振り返ると、そこには九枚の人物画だけ。誰もいない。


 唐沢先輩は壁に凭れ、眉をピクピクとひくつかせムッとしている。


 何? もしかして怒ってるの? どうして唐沢先輩が怒ってるの?


 意味わかんないよ。


「ね、千秋。小春、女子の話し声がしたの。聞こえなかった?」


「女子? 流音の雄叫びしか聞こえなかったわよ。薄気味悪い悪霊を描いて遊んでないで、早くフルーツを描きなさい。みんなが描き終わらないとコレ食べれないでしょう」


 千秋も小春も林檎は赤い丸。バナナは黄色い棒だし、葡萄は紫色のつぶつぶ。絵の才能は全くない。


 前列に座っている澄斗は、柿園先生の熱心な指導を受け、完璧なデッサンを描いている。


 鉛筆画も描けるんだ。澄斗は子供の頃から、あたしのライバル的存在。あたしの逃した賞を、幾つも横取りした憎らしい相手。


 普段は女子なんて興味ないって顔をしているのに、若い女教師だと鼻の下伸ばしちゃって。


 まだ中学生なのに、男ってだけで本当に厭らしいんだから。


 みんなが悪霊とかいうから空耳が聞こえたんだ。


 馬鹿馬鹿しい。


 デッサンを続けていると、背後で生温かな風が吹く。


「風見さん、それはなぁに?」


 柿園先生があたしのデッサンに視線を向けた。


『俺も聞きたい。それは何のつもりだ?』


「これはジュナです」


「ジュナ……。風見さん、その話はしない方がいいわ。みんなが怖がるからよしましょう」


『これがジュナだって? お前は絵の才能もセンスもないな』


「だってジュナはおぞましい悪霊なんでしょう」

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