199607⑥

 後半に向け一丸となった日本五輪代表。ようやく出番がきたと目を輝かせるのは藤堂拓海と窪龍彦。こみ上げる緊張と闘争心をまぎらすように拓海が軽口を叩く。


「タツ、知ってるか? あいつらの別名」

「いや、知らないっす。なんすか?」

「スーパーイーグルスって呼ばれてるらしい。強そうだしかっこいいけど、しょせんは鳥よ、鳥」

「ん? どういう意味っすか?」


 拓海はにやりと笑って窪の胸に拳をあてた。


「鹿児島の誇る龍が鳥なんぞに負けるわけねーよな?」


 信頼を込めた笑みを見て、窪もにやりと笑う。


「もちろんっす! 蹴散らします!」





 後半が始まった。日本は前線の城を窪に、右WBの白井に代えて藤堂拓海を投入。

 攻撃的な選手を投入しつつも、ハーフタイムに西野が示した通り、コンパクトに守備を固めながらカウンターを狙うことに全員が集中する。


 ブラジル戦からの疲労、未知なるアフリカンフィジカルに苦しみつつ、この日もGK川口が好セーブを見せ、井原を中心とした守備陣と両アウトサイドも懸命に身体を張って守る。

 ナイジェリアの縦に速い攻撃を井原が熟練のラインコントロールで封じ、ドイスボランチの伊東と服部は懸命に走り回ってセカンドボールを拾い続けた。


 確かにナイジェリアは強い。しかし、日本はそれ以上の強さを既に知っていた。


 ――それでもブラジルの方が強い。


 世界最高との激戦という貴重な経験が、日本五輪代表に世界レベルの判断基準を植え付けていた。


 ――確かに強い。しかし、それ以上の攻撃を俺達は封じてみせた!


 自信がメンタルを安定させ、明確なゲームプランが迷いを打ち消す。


 身体的な部分はともかく、日本は最高の精神状態で流れを掴み寄せつつあった。

 しかし、ナイジェリアもまた強豪。試合の流れは一進一退の様相を見せる。





 試合が動いたのは後半31分。疲れを見せ始めた服部に替わって入った広長がボールをカット。そのまま前に持ち上がり、窪に当てる。

 素早く前を向いた窪が不器用なりにスルーパスを中園へと通す。DFに挟まれるような位置でボールを受けた中園は、絶妙なファーストタッチで両者を一気に置き去りにする。

 飛び出してきたGKも軽いステップで鮮やかにかわした。

 いささかコントロールが乱れ、ゴールへの角度は厳しい位置であったが、パスを出した窪が懸命のパス・アンド・ゴーでゴール前に突っ込んできていた。


 その瞬間――必死に戻ってきたナイジェリアのDFが中園の足元に飛び込んでくるのを、中園は視界の端で捉えていた。


 ここでPKを取りにいけば、という打算が生まれる。が、その打算は一瞬で消えさった。

 中園は日本五輪代表の『元』主将である。中園を信じ、その重責から解き放ち、エースにチームの命運を託した監督の言葉がその誘惑を打ち消した。


――倒されても倒されても黙って前を目指し、苦しい時に仲間の心をプレイで奮い立たせる。攻めて、魅せて、勝つ! それがお前のプレイだよ。倒れて、大げさにグラウンドをのたうち回るようなカッコ悪いとこ見せないでくれよ、ゾノ! 


 ベンチの西野が拳を握りしめる。


「ゾノ、お前が日本の柱だ! 魂なんだ! 攻めろ!」


 飛び込んでくるDFを最小限の動きでかわし、中園はシュート態勢に入る。


「ここで挑戦できずに何が世界だ! 決めてみせる!」


 厳しい角度からのシュートを躊躇いなく振り切った中園。


 そのシュートはカーブを描いてゴール右上隅に向かい――ポストに衝突した。





 西野も観客も、テレビ越しの視聴者達も天を仰いだ。が、ボールはまだ生きている。


 跳ね返ったボールに飛び込む日本とナイジェリアの選手達。懸命に走り、上がってきていた拓海がセカンドボールを拾う。

 拓海は相手が落ち着きを取り戻す前に攻め立てることを選択し、センタリングを上げる。


「タツ!」


 呼ばれた男は既に天を舞っていた。遅れてナイジェリアDFのウエストも飛ぶ。


「鶏ごときに……龍が負けるか!」

「いや、鶏じゃなくて鷲な」


 天を目指した哀れな鷲は、雄々しき龍の牙にねじ伏せられ、ピッチに龍の咆哮が響き渡る。


 この1点が決勝点となり、日本は2連勝で本選出場をほぼ確実なものとしたのであった。

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