199607②
1996年7月21日現地時間18時半。マイアミのオレンジボウル・スタジアムにてグループリーグ第一戦であるブラジル戦がキックオフされた。
ブラジルは伝統とも言える4-4-2の布陣。FWにベベトとサビオ。中盤はアマラウ、フラジオ・コンセイソン、ジュニーニョ・バウリスタ、リパウド。右SBにゼ・マリア、左SBにロベウト・カルロス。CBをアウダイール、ロナウドが務め、GKジダというスターティングメンバーであった。
一方日本はチュニジア戦で試された3-5-2の布陣。2トップを務めるのは城と中園、トップ下に仲田。躍進著しい窪はジョーカーの役割を負う。
圧倒的にブラジルに攻め込まれることが想定される中、監督である西野は「3人だけで点を獲れ」という非情とも言える指示を出していた。
「獲れるか? じゃないぞ。獲れだ! お前達ならできる!」
やるべきことを明確にされた攻撃陣は、その任務の困難さ以上に自分達への監督の信頼に対する心の高まりを感じていた。
一方中盤から守備陣はドイスボランチに伊東、服部。左ウイングバックに藤堂拓海、右ウイングバックに藤堂明弘。3バック左から松田、井原、鈴木。GKに川口という布陣である。
この日抜擢された服部はジュニーニョ、伊東はリパウド、松田がサビオ、鈴木がベベトと、マンマーク気味の対応が指示されていた。
ただし、どこまでも追いかけるマークではなく、マークの受け渡しを行いつつ、相手選手に対して守備陣一人一人が責任を持つことが意図されており、そのピッチ上の指揮者として唯一のオーバーエイジである井原がその任に就いていた。
西野はそもそもマンマークよりもゾーンで守ることを志向する監督である。しかし、選手達がポジションのバランスだけを考えてしまうとブラジルの個人技に蹂躙されてしまう。悩みに悩んだ西野の答えがこの形であった。
ブラジルの良さを消し、日本の良さを出す。圧倒的に攻められる中、一瞬の攻撃にいかに全力を尽くすか。西野やスタッフ達が苦しんで苦しんで出した答えの結果は90分後、明らかになることとなる。
ブラジルの立ち上がりは静かだった。
ブラジルは優勝候補筆頭。強豪国は決勝までのスケジュールを逆算してコンディションをつくるものであり、日本戦は彼らにとって「優勝するための勢いをつけるために利用しなければならないゲーム」といった位置づけでしかなかった。
ブラジルを徹底的に研究して臨んだ日本と、日本がどんなチームでどんな選手がいるか、全く知らないブラジル。試合に臨む選手達の姿勢には雲泥の差が存在していた。
慢心とも言える姿勢。しかし、それでもブラジルは圧倒的な実力をベースに日本を押し込む。
8分、ジュニーニョが服部にマークされながらもゴール前に走り込み、あわやの場面を作る。タイミングが合わず、ピッチを出るボールを確認したブラジルの選手達には笑みさえ浮かんでいた。
いつでもゴールを奪える。彼らの表情はそう物語っていた。
鬼気迫る表情の日本選手と余裕さえ感じられるブラジル選手。動きがあったのは前半も半ばを過ぎたころであった。
ブラジルの基本的な技術の高さ、一瞬のスピード、状瞬間的な判断力、日本選手がビデオと現実の乖離に驚き、なんとか慣れようとし始めたころであった。
ブラジルがその牙を見せ始める。
26分、ブラジルのシュートが遂に日本ゴールの枠内へ飛ぶ。ロベウト・カルロスのFKであった。ワンバウンドして勢いの削がれたボールを川口が必死の表情でかきだす。
27分、右からのクロスがゴール前を横切る。松田が身体を張り、こぼれたボールを井原が懸命にクリア。
28分、またしてもロベルト・カルロスのFKがゴールマウスを襲い、ゴール手前でバウンドしたボールを懸命の表情で川口が弾く。
井原、松田、川口の横浜Mラインに鈴木を加えた最終ラインは瀬戸際の闘いを続けていた。
29分、右CKがファーポストに流れ、再び中へ持ち込んだフラビオ・コンセイソンのシュートが松田に当たってこぼれる。
こぼれたボールの側にいた選手は両国合わせてジュニーニョのみ。この日、懸命にジュニーニョを抑えていた服部が初めて見失った瞬間であった。
ジュニーニョの反応は速かった。コンセイソンのシュートの行方を思わず目で追ってしまった日本選手達を置き去りにし、すかさずシュート態勢へと入る。
しかし、唯一反応できた日本選手――川口の飛び出しも速かった。ジュニーニョの右足がボールへとインパクトした瞬間、そのコースを日本の守護神は読み切っていた。
飛び出しのタイミング、シュートコースの読み、全てが合致した川口のファインセーブはブラジルの勢いを止めることとなる。
この後、前半終了までブラジルのシュートは枠内に飛ぶことはなく、日本は前半を無失点で切り抜けることに成功。
王国ブラジルを抑えた日本。後半、日本はブラジルの本気を見ることとなる。
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