199605③

 1996年5月下旬。アトランタ五輪代表チームは日本より遠く離れたアフリカの大地――チュニジアの地を踏みしめていた。

 カルタゴや古代ローマの遺跡といった古い歴史を持つアフリカ最北端のこの国は、地中海に面した温暖な気候で知られている。


 今回のチュニジア遠征は、「温暖な気候では夏のアトランタ対策にならない」という批判や「本番2カ月前のタイミングでなぜ北アフリカまで行かないといけないのか?」、「中1日で同じ相手と2試合もやるのは意味がない」といった不満が選手達から上がるほど不可解なものであった。


 この遠征後、スイスのFIFA本部では2002年W杯開催国を決定する理事会が開かれることになっていた。

 この遠征が日本のW杯招致に連動していることを知る西野の心境は複雑なものであったが、本番前に選手を集めることのできる数少ない強化期間として、その意気込みは本気であった。


 しかし、西野の予定は初っ端から崩されることとなる。


 新戦力発掘と合わせて、チーム戦術の浸透を考えていた西野であったが、所属クラブで試合漬けだった選手達はずっしりと重い疲労を引きずっていた。

 ますはとにかくリフレッシュさせなければならないと判断せざるをえない状況であったため、戦術的な上積みを求めたトレーニングは叶わず、疲労回復を優先して試合をこなすのが精一杯だったのである。


 「史上最強」と紙面を躍らせるマスコミによって醸成されていく過度な期待とは裏腹に、五輪代表を取り巻く環境、雰囲気は悪化の一途を辿っていた。





 日本での知名度は低いとはいえ、アフリカ予選を2位で突破したチュニジアは強豪国である。

 日本の実力を試すのに不足はなく、世界との差を図るべく望んだ1戦目。日本はアジア最終予選を戦った3-6-1で挑んだ。


 1トップに城、2シャドーに中園と仲田、伊藤と広長のドイスボランチに左サイドは新選出の三浦篤弘。右サイドを藤堂明弘が務め、3バックは左から鈴木、田中、上村。GKに川口。

 二次予選までCBとしてレギュラーであった松田は負傷の影響が長引き招集できていなかった。


 試合は前半20分過ぎまで膠着状態が続いたが、城の先制点で試合が動く。

 チュニジアも意地を見せ、前半終了間際に同点とされるが、後半早々三浦がミドルシュートを叩き込んで試合の流れを握ると西野が動く。


 先制点を挙げた城に替わって新選出の窪、中園に替えて藤堂拓海を投入。前がかりになったチュニジアに対し、守備を固め、窪、拓海、仲田の3人でカウンターを仕掛けるよう指示を出す。


 するとこの采配がはまる。屈強なチュニジアの選手に対しても窪のフィジカルはいささかも動じることなく競り勝ち、拓海が無尽蔵の運動量で拾い、繋げる。ポストプレイの苦手な窪に代わって、高い技術を持つ拓海が前線に起点をつくる。

 競り勝つ窪とキープする拓海。二つの起点が最前線に生まれた結果、それまで日本の起点となっていた仲田の枷が外れた。日本の攻撃はより鋭さを増していく。





 この采配には2つの狙いがあった。


 一つ目はアジア最終予選で絶対的なエースとして君臨した中園や城ですら替えられる可能性があるということを伝え、危機感を煽らせること。

 中園や城には確かな実力があり、その実績は揺るぎないものである。


 しかし、窪や拓海は現在Nリーグで優勝戦線を争う鹿児島の中心選手として活躍しており、N初年度とはいえ決してその実力は劣るものではない。

 どこか漫然と本選に出場できるものと思っている選手達を強烈な競争環境に落とし込み、その実力の全てを引き出したいと西野は考えていた。


 2つ目は攻撃陣と守備陣の関係性の回復。マスコミにセンセーショナルに取り上げられる攻撃陣は、アジア最終予選の辺りから「攻撃にもっと人数をかけるべきだ。世界が相手でも俺達はできるはずだ」といった意見が漏れ出るようになっていた。


 元々攻撃出身の西野にとってその意見は共感できるものであったが、現実はそう簡単なものではなかった。

 Nリーグの誕生で飛躍的な向上を遂げたとはいえ日本サッカーはまだまだ発展途上のものであり、少なくとも世界で勝利を得るには守備的な戦いがベースとならざるを得なかった。


 攻撃陣の要望通りに守備陣を押し上げ、攻撃に厚みを持たせるためには、逆説的であるが、前からの守備に厚みを持たせる必要があった。


 チュニジア遠征直前、宮原からアドバイスをもらった西野は、この選手交代に五輪代表の変革を賭けていた。





 攻めるチュニジアと守る日本。攻められる日本であったが、守備陣は余裕を持って対処していた。

 トップ下というポジションながら、豊富な運動量で守備もケアする拓海。その献身的な動きによって日本陣内の各所で数的有利が生まれ、守備陣全体に余裕が生まれ始めていた。


 日本人の特性である「献身性」。一人が全員のために、全員が一人のために。この特性には「波及」という特徴がある。

 攻撃陣である拓海の献身的な動きは守備陣のメンタルに一定の影響を与えていた。今までただただ「上がれ」という要求を受け続けていた守備陣を行動で助ける拓海。

 「恩には恩で返す」とばかりに余裕の生まれた守備陣も少しずつラインを上げ、窪、拓海、仲田の三人のカウンターに、バランスを考えつつサポートの機会を増やし始めた。


 その結果が後半36分のダメ押し弾に繋がる。


 拓海の作ったスペースを突いた仲田のスルーパスを三浦が受け、敵陣深い位置からのセンタリングを頭2つ抜けた窪がヘディングで叩きこむ。


 窪のゴールが突き刺さった瞬間。西野は思わずベンチを飛び出し叫んだ。

 苦境の中、大幅に予定を修正しながらも確かな手ごたえを掴んだ男は不敵な笑みを浮かべた。

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