199604③

 4月も下旬の昼下がり。SC鹿児島社長兼GMである宮原はクラブハウスの一室で取材を受けていた。取材は昼食と午後のアポイントの合間に行われ、約一時間であった。


 Nリーグの地域密着という理念から、Nリーグクラブは地方テレビやラジオ局、地方新聞、地域雑誌等といったローカルメディアとの付き合いを大切にする。

 鹿児島では地方テレビでマスコットキャラのくろぶーがコーナーを持っていたり、地方新聞に宮原が現役の頃から続けているコラムが掲載されており、地元での知名度アップに大きな役割を果たしている。


 他のクラブでは社長に注目が集まることはそう多くないが、宮原は高い知名度に加えて実業家としても成功していることから取材の申し込みが多い。

 サッカー以外の取材は制限して対応しているのが実情であった。





 この日、取材に来たのはサッカー専門誌の編集者という肩書きの者とカメラマンの2名。

 フリーのライターが書くことも多い一般誌と異なり、専門誌の原稿の多くは編集者が書いている。予算の関係上、一クラブに一人の担当を張りつけることができないため、一人の編集者が複数のクラブを担当することになる。


 インタビューの内容は前節の試合内容の感想や戦術、中断期間までに向けた取り組みが中心であった。

 Nリーグではインタビューの前に、取材申請書の提出を要求することになっており、出版社名や雑誌名、担当者名、連絡先、発売日等の他に企画意図や取材内容も記す。


 記された内容からは概要しか把握できないが、あまりにサッカーとかけ離れた内容の取材を避けることができ、また、問題が発生した際には責任の所在を明確にするために文書で残しているという側面もあった。





 インタビューは順調に進んだ。戦術面の決定権者は監督であるスキベであるが、スキベ自身が戦術について語ることは他クラブへ手の内を明かすこととなるため、『宮原の分析』という視点から解説が進む。


 約束した取材時間を過ぎようとした頃、広報の鈴木が顔を出して時間を告げ、編集者も最後の質問をして切り上げた。

 フロント職員という立場ながら、『美人広報』、『現役サッカー選手の妻』として積極的にメディアに露出している鈴木も交えて最後に立ち姿を撮ると、編集者より鈴木に原稿に関する話が出る。


 Nリーグでは雑誌のインタビュー原稿を事前にチェックするクラブが多い。

 記事に事実誤認があったり、語った内容がインタビュアーの都合のよいように脚色される可能性もあることから、事前にチェックしたいという要望から慣習化されたものであり、雑誌側もそれに応じている。


 一般誌においては事前検閲として応じない所もある。広報の鈴木自身、前職が新聞記者であることからその考えは当然であると考えており、SC鹿児島は一般般誌の記事は事前チェックなしを了承している。


 もちろん内容に誤認があった場合は申し入れを行うし、正しい内容を自社のHPに載せることになっている。


 この日の記事も特に修正されることなく、一週間後に全国の書店に並ぶこととなった。以下はその抜粋である。





――Nリーグ初参戦ながら、上位に食い込む活躍ですが成功の要因を教えてください。


「開幕から順調に勝ち星を挙げることができているのは、やはり若い力が躍動しているからだと思います。前線の窪やシュナイダー、中盤の藤堂兄弟に永井、エミレースと10代と20代前半の活躍は大きいです。彼らを河原や佐藤、前田といったベテランがうまく支えてくれている。そして最年長のシューマッハ。伝説とまで呼ばれた守護神が最後尾からにらみを利かしてくれてるので、自由な雰囲気の中、いい意味で緊張感に満ちたチーム雰囲気になっていると思います」


「地域の皆さんのサポートも大きいですね。鹿児島という地域は歴史的、地政学的に排他的なところがあるんです。外敵の侵入を察知するために鹿児島弁という特徴的な言葉を生み出したくらいですから。けれど、中に入れればこれほどあったかい人たちはいない。地元の人たちの心からの応援が、確実に選手達に力をくれていると思います」


――確かにホームでは無敗です。満員のサポーターに他クラブは圧倒されますが、集客の秘訣はありますか?


「嬉しいことに今のところ1試合平均観客動員数は1万5千人を超えています。ただ、今年度に関しては行政と連携した無料チケットの配布やスポンサー企業の方々の協力によるものが大きい。お越し頂いた皆様がリピーターになってもらえるよう努力しなければならないと考えています。特に女性や子供が来やすい環境をつくれるよう取り組んでいます。ただ、一番大切なのは攻撃的で魅力的なサッカーでお客様に最高のスぺクタルを提供することだと思います」


――その考えが、チームの戦術につながっているのでしょうか? 前節の平塚との試合はまさしくそのような内容になりましたね。


「確かに前節の試合は非常に興奮的なものになりました。うちは3トップでピッチを広く使う。ウイングは積極的に1対1を仕掛ける。これは監督のスキベとも共有するクラブのベースとなる考え方であり、これから先も続けていこうと思ってます。チームのスタイルを決め、それに合う選手を取ってくるのが、GMとしての私の仕事です」


「平塚は今最も攻撃的なチームです。ダイヤモンド型の4-4-2は2トップに野口選手、パウリーニョ選手。司令塔の仲田選手にボランチの田坂選手、GKの小島選手とセンターラインがしっかりしている。そこに今年は右の名良橋選手、左の岩本輝選手という超攻撃的SBの攻め上がりが加わりました。うちも攻撃が売りのチームですから、互いに攻めあう白熱した試合内容になりました」


「今回の試合のキーポイントはサイドの攻防だったと思います。この試合ではうちの両ウイング(左:シュナイダー選手、右:河原選手)が高い位置をとりました。さらにリスク覚悟でSBも上がっていったことで、平塚自慢の両SBを守備に張り付け、攻め上がる機会を与えなかった。これが大きかったですね」


――攻撃的なチームに対して守備を固めるのではなく、より攻撃的な姿勢で臨む。これが鹿児島のスタイルということですね、


「もちろん状況によっては守備を固めることはありますが、うちは常に攻撃的で魅力的なサッカーを意識しています。最高のスペクタルをぜひスタジアムで観戦して頂きたいですね」


――本日はお忙しい中ありがとうございました。


「こちらこそありがとうございました。では皆さんまたスタジアムで!」

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