199604②

 桜も散った4月中旬、鹿児島駅近くにあるSC鹿児島の練習場でSC鹿児島U-18と鹿児島実践高校サッカー部の練習試合が行われていた。


 鹿児島実践高校は全国有数の強豪校である。厳しい練習で培われたフィジカルで有名だが、中園や城といった攻撃的なNリーガーを排出している。フィジカル一辺倒のチームではなく技術的にも優れた選手達の集まったチームであった。

 SC鹿児島にも出身者は多く、社長兼GMである宮原を筆頭に河原、藤堂兄弟、平田、前田、藤山、新田等があげられ、SC鹿児島との関係は深い。


 前年のユース選手権ベスト8と高校選手権優勝チームという鹿児島に留まらず、全国的に見てもユース世代を代表する2チームの対戦に注目が集まっており、練習試合にも関わらずたくさんのギャラリーが集まっていた。

 その中には鹿実OBであるSC鹿児島の選手達も含まれており、鹿実サッカー部総監督の松下の元を挨拶で訪れていた。





 今回の練習試合も含め、下部組織の試合はSC鹿児島のHPで試合内容を見れるよう無料配信の試みが行われている。ユース世代の試合がTV放映されることはほとんどないが、地元の人達がいつでも観戦できる環境を整え、トップチームだけでなく下部組織の認知度も高めようという取り組みであった。

 若年層から知っている選手達がトップに上がっていくことで、サポーター達のクラブに対するロイヤリティーを向上させたいという考えである。


 HPからでも見れる試合にSC鹿児島の選手達が直接会場に訪れたのは、試合会場が自分達の練習場であることもあったが、最大の理由はライバルの視察であった。


 チーム内での競争の推進、若手の積極的な登用はGM、監督両者の共通した方針である。その対象にはU-18も含まれており、選手達は自身のライバルとなる若き逸材達を直接把握しようと訪れたのだ。

 対戦相手である鹿実にもサッカー3兄弟として名高い藤堂兄弟の末弟泰仁が所属しており、五輪最終予選で一躍名を馳せた拓海と明弘を凌ぐ、藤堂兄弟最高傑作との噂も注目を集める一因となっていた。


 練習試合とは思えないほどの衆人環境の中、若き逸材達の死闘が開始されようとしていた。





 試合序盤に流れを握ったのは鹿実。キックオフと同時に激しい寄せで主導権を握ろうと動く。

 鹿実のフォーメーションは3-5-2。奪ったボールはすぐさまボランチの泰仁に預け、泰仁を起点に縦に早く展開する。

 プロも視野に入れるドリブラー久長辰徳のドリブル突破からゴールをこじ開けようと試みる。


 これに対する鹿児島U-18のフォーメーションはトップチームと同じ4-3-3。

 CFに我那覇、左ウイングに元山。トップ下に小野、ドイスボランチに中田、宮原、CBに金子、右SB加地といった面々。

 我那覇、宮原、金子は1年生ながらの大抜擢であった。


 鹿実の猛攻にさらされる状況を救ったのはボランチの中田であった。フィールド中央で抜群の統率力を見せる。

 的確な指示を与えつつ、決定的な場面につながる前に鹿実ボールを刈り取る。

 奪うやいなや左足から繰り出される高精度のロングパスが鹿実DFラインを押し込み、味方に落ち着きを与えると、徐々に鹿児島U-18へ流れが傾きだす。


「あいつ、すぐに上がってくるぞ。間違いないな」

「自分もうかうかできないです」


 トップチームの中盤、永井と妙神が感嘆を漏らした。





 落ち着きを取り戻した鹿児島U-18。

 トップチームと同じく最適なポジション確保を身体に染み着かせた若き選手達が効率よく最速のプレッシャーを仕掛け、次々とボールを奪取していく。

 圧倒的な存在感を見せたのが金子。性格的なものか1年生なりの遠慮か、控えめな指示ではあったがDFラインを確実にコントロール。恵まれたフィジカルと優れた技術で鹿実FW陣を沈黙させる。

 状況に応じてオーバーラップで攻撃にアクセントをつけ、攻守に貢献する。


 上がった金子の穴は中田が下がることで埋める。危うい場面もあったがその連携は上々。

 一人一人が2つ以上のポジションを務めることができるユーティリティー性を持っており、頻繁にポジションを変えるU-18の選手達を必死に追いかける鹿実の選手達の表情には焦燥の色が浮かび始める。


「あいつお前より足元うまいんじゃない?」

「いや、佐藤さんよりもうまく見えますけど」


 トップチームでCBを務める佐藤と前田の表情には若干の焦りが浮かんでいた。







 ボランチの宮原から縦パスがCFの我那覇に入った。柔らかなボールタッチでトラップした我那覇が数瞬ボールをキープして小野へ。小野はダイレクトで右サイドにノールックパス。

 そこに走りこむのは驚異的な運動量で上下動を繰り返す加地。右ウイングとの連携で縦に突破した加地が深い位置からファーサイドにセンタリングを上げる。


 ポストプレイ後に流れていた我那覇がヘディングで折り返し、ボールはバイタルエリアに侵入した小野の元へ。

 右に左に揺さぶられた鹿実守備陣が縋る中、ダイレクトで蹴りこむかと見えた小野がそのままスルー。小野が背後を確認したそぶりはなかった。

 しかし、その背後に突然出現したかのように現れた元山がダイレクトでゴールに叩き込む。


 隔絶したテクニックとサッカーセンス、空間把握能力と創造性の融合したプレイであった。観戦にきていた先達もしばし言葉を失う。


「こいつら本当に高校生? 何このワールドプレイ?」

「日本の至宝は伊達じゃないってか。小野と元山はトップでも通用するというか絶対今季中に使われるぞ。末恐ろしいね。けどまぁ、これで泰仁も目が覚めるんじゃない?」


 藤堂兄弟は後輩の実力に驚愕しつつ、どこか楽しそうな表情を浮かべていた。





 圧倒的な才能の融合による一撃が空間を支配する中、俄然戦意を見せ始めた選手がいた。藤堂3兄弟の末弟泰仁である。


 どこかやる気のなさそうな表情だが、精力的に中盤を走り回り、鹿児島U-18に傾きかけた流れを食い止めようと必死にゲームを組み立てる。

 闘志を全面に出すタイプではないが、内に秘めた負けん気の強さは人一倍。同世代の圧巻のプレイが泰仁の心に火をつけたのは明らかであった。


 ボランチである泰仁から繰り出される長短のパスは、その優れた戦術眼とも相まって鹿児島U-18を苦しめる。

 後半13分には泰仁のゲームメイクでバイタルエリアに作り出したスペースに泰仁自身が飛びこみ、この試合最大のチャンスを作るが最後の一線で中田がクリア。


 その後も幾度かチャンスを作り、試合の流れを膠着状態にまで戻した泰仁の力は大きかったが、一人の天才が天才の集団に対抗するのは難しかった。


 この日鹿実は2年生主体の鹿児島U-18に3-0の完敗。その実力が間違いなく高校トップクラスであることを証明した。


 後に泰仁は語る。鹿児島U-18の化け物達との死闘の日々が自分の中の甘えを取り除き、実力を必死に磨くきっかけを与えてくれたと。

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