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川崎との開幕戦で金星を得たSC鹿児島。4月20日の第9節終了時点で6勝3敗の堂々第3位。Nリーグでの好スタートと28年振りの五輪出場によるサッカーフィーバーが合わさり、サッカーは鹿児島で最もホットな話題となっていた。
テレビでは公認女子マネージャーに就任した鹿児島出身の若手女優、稲森あずみ主演のCMが流れ、地方ニュースにはSC鹿児島専用の枠で毎日選手達の情報が流れる。
地方のスターに向けられる期待や羨望、希望や嫉妬の目。そんな様々な感情の中に、「俺もいずれ!」と競争心を向ける集団があった。下部組織、SC鹿児島ユースの面々である。
SC鹿児島ユースはSC鹿児島発足の際、宮原の持つ学校法人、維新館学園中等部・高等部のサッカー部を母体に作られた下部組織であった。
維新館学園中等部・高等部はスポーツ及び学術分野のエリート教育を目的として1992年に中等部が、95年に高等部が開校された全寮制の中高一貫校であり、98年には大学も開校する予定である。
鹿児島市北部と隣接する姶良郡姶良町の広大な敷地の中に人口芝の練習場といった充実した施設を持つ。ユース所属選手は全員がこの学校で寮生活を送ることになっている。
学費、寮費は宮原が立ち上げた基金によって援助されており、実質負担なしでサッカーに専念できるという理想的な環境が準備されていた。日本最高の育成支援制度として高い評価を得つつある。
ジュニアユースチーム(U-15)も全寮制となっているのだが、この年代での全寮制の導入に関しては賛否両論であった。「プロ選手を育成すること」ではなく「世界に通用するプロ選手を育成すること」を目指すため、技術面だけでなく総合的な若年層からの一貫指導への試験的な意味合いも込められた取組みであった。
一般的にユースに所属している選手達の練習は、総じて18~19時に始まり、20~21時に終わる。首都圏等で遠方から通う選手の場合、ここに通学時間が加算され、食事時間や学習時間、睡眠時間への悪影響が懸念されている。
このような問題を全寮制という制度が時間の創出と効率化によって解消している。
また、同じ学校に通うことで、学校行事等で選手が集まらないといった事態を回避する効果もあった。
クラブ独自の取り組みとして提携先である鹿屋体育大学よりスポーツ科学や栄養学といったプロ選手として生きていく上で必要な知識の習得の機会も作っている。
様々なメリットがあるものの、最も大きなメリットは『食育』面であった。U-18、U-15共に、練習後すぐに食事をとることができるようになっており、「食事もトレーニング」という合言葉の元、1日5000キロカロリーの摂取を目標に、3食をバランスよく取れるよう指導している。
選手寮の食堂ではSC鹿児島の運営するスポーツビュッフェSCKが、ビュッフェスタイルで質量兼ね備えた食事を提供。
ユース生及び鹿児島に新規加入した選手には、加入当初にクラブから簡単な栄養学の受講を義務づけられており、正確な知識に基づいて各自がどの料理を食べるかを選択することになっている。
最高の環境の中、最高の選手となるべく集った選手達。その鹿児島ユースの育成方針は『世界に通用するプロ選手を育成すること』である。
鹿児島ユースではテクニック、フィジカル、戦術理解等を体系的に、適切に行うことが基本方針となっている。
フィジカル面で例を挙げれば、U-15では呼吸循環器系に重点を置いた指導を行う。この年代では骨格が大きくなり、心臓や肺の入る肋骨の器が大きくなることから、この年代で心肺機能の強化を図る。
そして、男性ホルモンの分泌が盛んになるU-18で筋肉系のトレーニングを行い、瞬発力やパワーを伸ばすよう指導を行う。
U-18,U-15それぞれにフィジカルコーチを配し、一人一人の身体の成長を定期的なデータ取得で把握。選手個々人に合わせた形での指導も行える体制も作っている。
このようにテクニック、フィジカル、戦術理解等を体系的に適切な時期に行いつつ、「長所を磨くこと」を重要視していた。
ストロングポイントを徹底的に磨き、自分のセールスポイントを明確化させることで、選手自身のプライド、誇りを形成させ、プロとして活躍することのできる下地を作るのである。
『結果』だけを求めず、いかに優れた選手、『世界に通用する選手』を育成できたかを指導者陣の査定基準とし、指導者、選手それぞれが思う存分に自分の強みを鍛えるべくサッカーに没頭することができる環境を作ること。
それがユース年代に対する自分たちの仕事である、とSC鹿児島首脳陣は考えていた。
その期待と投資に応えるべく、鹿児島ユースには綺羅星のような人材が集まっている。
筆頭はトップ下と左ウイングを務める元山雅志。福岡県二島中より鹿児島U-18に入団した攻撃的MFで、線は細いが切れ味鋭いドリブル、高いキック精度を誇る。
特筆すべきはバイタルエリアでの判断力。圧倒的な技術をベースに、選手の入り乱れる狭小空間でも瞬時に最適なプレイを選択し相手ゴールを陥れるU-18のエース格である。
入団直後に先天性水腎症が確認されたが、クラブ負担ですぐに手術を行い完治。鹿児島ユースの95年度後半の快進撃の中核となった人材であり、世代別代表にも名を連ねている。
次に挙げられるのがトップ下、ボランチを務める中田幸治。鳥取の藤が丘中より入団し、中学時代は『左足の怪物』の異名を誇った攻撃的MFである。中学2年時まではFWを務めたこともあり、優れた攻撃センスが評価されている。
左足から繰り出される高精度のキックに注目を集めるが、その真価はずば抜けた戦術理解力。チームへの献身的な姿勢も評価され、現在は主にボランチとしてチームを支える屋台骨である。
適切なポジショニングからのインターセプト、恵まれた体格を生かした競り合いといった守備面での成長も著しく、こちらも 世代別代表にも名を連ねる。
右ウイング及び右SBを務めるのは加地明。柔らかなボールタッチと独特の間合いからのドリブルを武器に、抜群の運動量と献身的な動きで右サイドを疾走する兵庫県淡路島出身。
1年時は右ウイングが主戦場であったが、その豊富な運動量を活かして今年度からは主戦場を右SBに移している。
サイド攻撃をチームの柱とする鹿児島において、U-18の出来を左右するキープレイヤーの一人である。
この『三銃士』を自在に操る『王様』の活躍で、鹿児島U-18は発足初年度から秋の高円宮杯でベスト16に食い込み、冬のユース選手権ではベスト8と驚異的な成績を挙げ、全国から注目を浴びていた。
その活躍が話題となり、今年度集まった人材も前途洋洋な逸材ばかりである。
代表格は福岡出身の金子聖司。高い身体能力、確かな技術をベースにした高い対人能力を備え、戦術理解にも優れる逸材である。CBを務めながら果敢にオーバーラップを仕掛け、DFとは思えないほどの攻撃センスも併せ持つ期待の星。
中盤には元山の二島中時代の後輩である宮原雄二。広い視野を活かしたパサータイプのMFで、『7色のパス』とも称される高いキック精度を誇る。
元山とは中学時代からのチームメイトで、阿吽の呼吸で交わされるコンビネーションは全中で高い評価を得たことが記憶に新しく、鹿児島でも同様の活躍が期待されていた。
この他にも柔らかなボールコントロールからのポストプレイで高い評価を受ける沖縄出身の我那覇一樹といった多士済済の顔ぶれ達。
綺羅星のような逸材達であるが、このチームの『顔』と言えば、誰に聞いても一人の選手の名があがる。
『王様』の名は小野真司。宮原がその才能のために学校を作ったほどほれ込んだその才能を、人は『日本の至宝』と呼ぶ。
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