199603⑥

 NSL時代から日本サッカー界に君臨する『王者』ビクトリー川崎。その前身は1969年に設立された読売サッカークラブ。NSL時代には優勝5回、天皇杯優勝5回、NSLカップ優勝3回の戦績を誇る名門である。

 93年のNリーグ開幕から2年連続で年間優勝を果たしており、昨年はサントリーシリーズで2位、ニコスシリーズ優勝。惜しくも年間優勝は逃したが、今年はその雪辱を心に誓う、名将ネルシーニ率いる優勝候補本命であった。


 その陣容は豪華絢爛。かつての『日本代表の司令塔』アモスこそ京都に去ったが、控えとはいえ日本代表にも名を連ねるベテランGKの菊地新吉、主将としてチームを鼓舞するJリーグを代表するセンターバック『闘将』柱田仁哲二、圧倒的な運動量を誇る日本代表の『ダイナモ』北沢豪、ブラジル代表の実績を持つ『稀代のゲームメーカー』ヴェスマルク。そして、日本代表の『エース』にして『キング』三神知良ことカズ。


 SC鹿児島の栄えあるNリーグ初戦。相手は王者川崎であった。





「いいか、川崎だからだって恐れることはない! 同じ人間だ! 俺らなら勝てる! 気合入れて行くぞ!」


 主将河原の声が控え室に響き渡った。河原自身過去サンフレックス広島所属時代に何度も戦った相手であり、その実力はリーグトップと認識している。

 しかし、鹿児島がNリーグ初参入とはいえ、その実力はいささかも劣っていないと確信じていた。


 スキベ監督の表情も落ち着いたものである。


「カワハラの言う通りだ。キミタチはツヨい。ジュウブンに準備もしてきた。恐れることはない。自分達の強さをピッチで感じてきなさい」

「オレがゴールを守ってるんだ。安心してセメテこい!」


 サッカー史にその名を残す伝説的ドイツ人GKシューマッハが豪快に笑う。

 若いメンツの多い鹿児島であるが、ベテラン勢や監督の言葉で落ち着きを戻し、適切な精神状態で試合に臨めそうであった。





 各種セレモニーも終わり、鹿児島のNリーグ初戦を応援しようと県各地より集まった満員の鴨池陸上競技場に主審の笛が響き渡る。


 鹿児島はお馴染みの4-3-3。アトランタ五輪最終予選に参加中の藤堂兄弟を欠いているため、ベストメンバーではない。

 3トップ中央に野性味溢れるストライカーの『ドラゴン』窪、右ウイングに主将を務める『鹿児島の象徴』河原、左ウイングに『白いブラジル人』シュナイダー。

 中盤はプレシーズンから試されてきたインサイドハーフを2人置く形。アンカーに『オールラウンダー』エレミース。インサイドハーフは『鹿児島の心臓』永井と『スキベ監督の秘蔵っ子』妙神。新卒の抜擢に観客席が沸く。


「おいおいあいつ誰だ」

「む、あれは!?」

「知ってるのか、雷電」

「うむ。高卒新人ながら巧みなポジショニングと運動量で評価急上昇中の妙神智和だ! 柏ソレイユユース出身ながらトップから声がかからなかったところにわざわざ宮原氏が獲得にいったらしい。今では秘蔵っ子扱いで拓海や永井も油断したらスタメン落ちさせる可能性すらあると聞いていたが」


 若手の台頭に沸く観客席。守備陣は左から『弾丸特急』藤山、『熱血漢』前田、『インテリヤクザ』佐藤、『SCK生え抜き』田中達也。GKに『レジェンド』シューマッハという布陣である。

 藤山、前田の前所属はそれぞれ東京ガスとPJM。佐藤、田中達也はSCK時代からの生え抜きであり、いずれもNリーグ未経験者であるが、W杯やシャルケ、バイエルンといった一流クラブでの経験を持つシューマッハのコーチングに基づいた守備の安定感は盤石である。


 対する川崎の布陣は4-4-2。2トップにカズ、藤好。攻撃的MFにヴェスマルク、北沢。ボランチに三浦、菅原。左SBに中村、右SBに石川、CBをアルシェウ、柱田仁が務め、GKに菊地という布陣である。圧倒的なテクニックをベースとした中央突破が持ち味のチームである。





 試合は開始早々に動く。鹿児島はDFラインを高めに設定し、高い位置からプレスをかけていく。後の世では当たり前のその光景は、この当時ではまだまだ珍しいものであった。

 Nリーグ所属のクラブでも組織的なプレスを行えるクラブは数えるほどしかなかったこの時代。Nリーグ初参入の鹿児島が仕掛けた攻撃的守備は川崎を明らかに動揺させる。


 若さを前面に出して走り回る妙神のプレスに戸惑う川崎の中盤からエレミースがボールを奪う。10代と思えないほどのフィジカルが川崎選手を圧倒。

 奪うやいなや右サイドの河原を走らせるべくスルーパスを通し、フィジカルだけではないとプレイで魅せる。

 河原は対面の左SB、日本代表にも名を連ねる中村の体勢が整わないうちに縦に突破。広島時代から何度も対戦した中村に軽口を叩く。


「王者だろうと油断してんならあっさり喰っちゃうぜ?」

「ぽっと出のチームにいきなりやらせるか!」


 中村がプライドをかけて追いすがるが、その動きをあざ笑うかのように河原はマイナス気味に緩いクロスを上げる。


「焦り過ぎたな! あんな緩いクロスで突破できるほどうちの守備陣は甘くない!」

「いいんだよ、うちのガキ大将にはあれくらいで」


 河原の言葉を受けつつゴール方向に目をやった中村の視界に飛び込んだのは、信じられないようなシーンだった。


 河原がクロスを入れる直前に一度後ろに引き、驚異的な加速で勢いをつけた窪がゴール前に突入。

 その異次元の跳躍力は菊地の腕すら凌駕しており、マンガのような炸裂音を上げて川崎ゴールに突き刺さるヘディングシュート。


 呆然とした表情の中村に河原が声をかける。


「な、言っただろ。うちをぽっと出のチームだと思ってるんなら、痛い目見るぜ。王者だろうがなんだろうが徹底的に潰しちゃうぜ?」


 ボールを奪って僅か15秒足らず。電光石火の先制点。前半5分の出来事であった。

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