199601①
1996年1月。新シーズンよりSC鹿児島加入予定の平瀬擁する鹿児島実践高校が、高校選手権で静岡学園との同校優勝を果たし、サッカー熱に浮かされる鹿児島。
現役を引退した宮原は休息をとる暇もなく戦場の舞台を経営へと移していた。
正月明け早々に㈱SCKの主要メンバーを集めた経営会議が開かれた。主な出席者は社長兼GMの宮原、副社長の宮内、広報担当の鈴木、行政担当の溝口といった面々である。
この日の議題はSCKの組織編成に関するものであった。
Nリーグクラブの経営は大きく3つの事業に分けられる。すなわち「興行」、「普及」、「育成」である。クラブは主に「興行」で収入を得る。「普及」、「育成」は長期的な収益を上げることができても、短期的には利益の上がらない事業であり、またその収益評価も難しく、クラブとしても資金的な観点で注力しづらい分野というのが一般的である。
SC鹿児島は育成型クラブを目指すという方針に沿い、普及・育成部門への積極的な投資を進めていたが、この分野を別法人に移すプロジェクトを前年より検討していた。
具体的にはNPO法人(特定非営利活動法人)の設立の検討である。担当は昨年のスタジアム検査のプロジェクトをこなし、鹿児島県庁からの出向者である溝口に任されていた。
NPO法人設立にあたっては県に申請を行うといった業務が発生することから、行政面に強い溝口を抜擢したものである。
「NPO法人設立のメリットは大きく3つあります。まず1つ目は公益性の取得です。現在我々は私自身の出向に象徴されるように鹿児島県、鹿児島市からの支援を受けております。今後更なる支援を得ていくには、窓口を株式会社から公益性の高いNPO法人へ移した方が自治体も支援しやすくなります」
地方自治体の宿命であるが、地方自治体の財源は税収であり、鹿児島県民、鹿児島市民のお金である。いかにSC鹿児島が鹿児島の地域振興を目指して活動していようと、SC鹿児島に興味のない者や恩恵に関わりのない者は存在する。
彼らの立場で考えると、自治体が私企業に過剰な支援を行うことは非難の対象と見做される可能性があった。
公益性の高い法人を窓口とすることで、地域住民やプロ市民からの矛先を自治体に向かわせないということは重要であった。
「噂になっているtotoの助成金にもプラスに働くと見ています。現行法のスポーツ振興法と照らし合わせてみると、助成金は株式会社には分配できない形になるでしょうが、公益法人なら助成金を受け取ることができると考えます」
実際にtotoが開始されるのは2001年からであるが、それを見越した動きでもあった。スポ-ツ振興法に沿った形での助成金支給であれば、練習場やクラブハウスといった施設整備に関してメリットを得られる可能性が高かった。
「2つ目のメリットは税制の優遇です。スポーツ教室やスクールの会費、参加費といったスポーツ指導の対価に関して原則非課税となります」
クラブ経営に関わらず会社経営において、節税対策は非常に重要な項目である。利益の上がった法人は高額な法人税を取られてしまう。そのため中小企業にあっては、節税対策として損金処理の可能な貯蓄系生命保険に役員を加入させたり、福利厚生の充実や設備投資で利益を抑える所も多い。
経営者の頭を悩ます節税対策を根本的にクリアできる点は非常に魅力的であった。
「3つ目のメリットは寄付金を集めやすくなる点です。法人が寄付を行った場合、損金算入限度額の範囲内であれば法人税の課税対象からはずすことができます。また、受け取った我々も、収益事業に充てなければ課税対象になりません」
寄付に対する会計上のメリットは、今後の経営において様々な分野において活用できそうだとの意見が出る。SC鹿児島はユース年代に対する奨学金制度を導入しているが、その原資に寄付という選択肢を作ることも可能との意見が出たのだ。
「デメリットはそれほどありませんが、あえて挙げれば通常の法人設立と異なり、設立に時間がかかる点でしょうか。私の方で根回しも進めていますが、3か月程度はかかると見て頂ければと思います」
溝口が報告を終えると、会議は組織変更のスケジュール確認、細部の問題点の検討へと移る。
株式会社とNPO法人のハイブリッド型スポーツクラブの誕生。この後一つのスタイルとして日本全国に広がることとなる。
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