199505②

 ノルウェーの小さなクラブでプレーしていた若者は21歳という若さながらプロ5年目というキャリアを誇る。109試合出場、115ゴールという驚異的な成績を残しながらも世界的には全く無名の存在であったオーレ・ガンナー・スルシャールの元にその男が現れたのは94年の冬のことであった。


 ビッグクラブへの移籍を夢見つつも、変わらない現状に無力感を感じ始めていたスルシャールの元に届いた一つのオファー。聞いたことのない、極東の国の下位リーグのクラブからのオファー。

 最近プロサッカーリーグが作られ、往年の名選手達――悪く言えばロートル達がプレイする国――日本からのオファー。


 スルシャールは、サッカー後進国のクラブへの移籍になんのメリットも感じられず、即座に断ろうとした。しかし資料にあったクラブの代表の名に聞き覚えを感じ、話だけでも聞いてみようと交渉の場にたった。


 当時、ミヤハラは欧州サッカー界においては最も有名な日本人の名であった。

 ブンデスの古豪と呼ばれるシャルケが、2部に降格した1990年に飛び込みでテストを受け、入団。すぐさまレギュラーを勝ち取り、中盤の軸として君臨し、シャルケの1部復帰に多大な貢献をして一躍名を馳せた。

 その後、古豪とはいえ戦力的にはトップクラスと呼べなかったシャルケが、稀に優勝戦線に顔をのぞかせるようになったのはミヤハラの力による所が大きいと評されていた。

 また、サッカーだけでなく、実業家としても成功した顔を持つユニークさも含め、立志伝中の人物として名を知られていた。


 突然退団し、母国でサッカークラブの経営を始めたということは、小さいながらも各国でニュースとして流れており、そのニュースをスルシャールも聞いていた。


 自分もまた主要リーグでの活躍を目標にしている者である。ミヤハラのように自分も成り上がりたい。そんな気持ちが彼を交渉の場に立たせたのだ。


 その日、白雪に染められた銀世界に浮かぶ小さなクラブハウスで、スルシャールはミヤハラと出会った。それは彼の行く末を大きく変える出会いであった。




 京都との開幕戦。スルシャールは前半でハットトリックを達成すると、後半には3アシストを記録した。

 ストライカーとしてだけでなく、チャンスメイカーとしての資質も見せ付けたスルシャールの活躍は、その後留まることを知らず、SC鹿児島の快進撃を牽引することとなる。


 この年、鹿児島は福岡プルークス――後のバモス福岡と熾烈な優勝争いを繰り広げた。

 福岡プルークスの前身は、元々NFLに所属していた藤枝プルックス。静岡県内に磐田、清水の2チームが既に存在し、藤枝市内にNリーグ基準のスタジアムがなかったことから、1995年に福岡市からの誘致を受け入れ移転。この年より福岡プルークスとして参戦を果たしていた。


 行政と地方経済界からの全面的なバックアップを受けた福岡は豊富な資金力を誇り、世界的なアルゼンチンのスターであるディエゴ・マルドラドの実弟、ウーゴ・マルドラドを獲得。ウーゴは過去アルゼンチンのユース代表にも選ばれたその実力を遺憾なく発揮し、ここまで福岡の攻撃を牽引してきていた。


 鹿児島は連勝を重ね、引き分けもありつつ夏を越えても無敗街道を走り続けた。一方、福岡も潤沢な戦力を生かして鹿児島を追走。

 そして迎えた第26節。1位鹿児島と2位福岡の事実上の優勝決定戦。互いに負けられない決戦の舞台で、やはり輝いたのはその男であった。





 試合は開始早々に動く。開始3分、右ウイング河原のクロスを福岡DFが処理をミス。この隙を逃さずに相手DFからボールをかっさらったスルシャールが流し込んで先制。得点王争いを独走する通算30点目を挙げた。


 立て直したい福岡はマルドラドを軸にチャンスを作ろうと試みるが、宮原、永井のダブルボランチがきっちり抑える。

 21分には前のめりになった福岡に対し、藤堂がDFラインを切り裂くスルーパスを通す。抜け出したスルシャールが追加点を奪って主導権を完全に握った。


 その後、福岡は猛攻を仕掛けるが、鹿児島はシューマッハを中心とした守備陣がしっかり機能し跳ね返し続け、逆にカウンターの餌食となったのは福岡であった。

 69分に久保、81分には河原がスルシャールからのアシストで追加点を挙げ、試合を決定づけることに成功。


 鹿児島は2位福岡に完勝したことで、勝ち点を70の大台に乗せた。

 NFL優勝を決定づけることとなったスルシャールの活躍は、長く鹿児島サポーターの間で語り継がれることとなる。

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