199505①
1995年3月。昨年から続いた改修工事を終えた鴨池陸上競技場には多くのサポーター、観客が集まっていた。鹿児島初のNFLチームとして迎える開幕戦。
この日に向けて新聞、テレビ、ラジオ、インターネットといった各媒体で宮原自ら告知を行った結果、鹿児島市や県各地から人が集まり、定員であるである2万人に迫る集客を見せている。
観客の中にはサッカーフリークと呼ばれる目の肥えた人種の姿も見られた。彼らははるばるNFLの一戦を見るためだけに全国各地から鹿児島を訪れていた。
彼らのお目当てはドイツの伝説的GK、ミカエル・シューマッハである。
シューマッハは1959年ドイツに生まれ、ケルンでプロデビュー。1982年、1986年と2度のW杯で西ドイツ代表の守護神として活躍し、準優勝に貢献した。
1970年代のマイヤーと共にドイツ最高のGKと称される伝説的GKであり、一対一での抜群の守備、PKの絶対的な強さ、ハーフウェーラインすら超えるワンハンドスロー、時に攻撃参加までこなすことのできる足元の技術を持つ。
物議を醸すこともあるほどの勝利への貪欲な姿勢は、80年代深夜に放送されていた海外サッカーを伝える番組「ダイヤモンドサッカー」でも頻繁に取り上げられており、サッカーファンの間では抜群の知名度を誇る。
クラブではケルンに始まり、シャルケ、フェネルバフチェ、バイエルンと名門チームのゴールを守ってきたシューマッハであるが、既に30も半ばを過ぎ、現役引退を考えていた。
そこにシャルケでチームメイトだったつながりから宮原がオファー。「あと5年はいける」と焚きつけ、連日の説得で獲得に至ったものである。
Jリーグ以前からサッカーを追いかけていた人間にとって伝説的な存在であるシューマッハの雄姿を見ようと集まった人々は、その日の試合を複雑な気持ちで見守ることとなる。
この年のNFLは16チーム2回戦のレギュレーションで行われることとなっていた。昨年の地域決勝大会で対戦した東北電力はブライル仙台とチーム名を変更して参加。その他にもNリーグ準会員チームとして、福岡プルークスやヴェゼル神戸、京都バイオレットサンガ、PJMフューチャー改め鳥栖フトゥーロといったチームが参加していた。
Nリーグ準会員とは、Nリーグ参入にあたり日本プロサッカーリーグ理事会・実行委員会がそのクラブが入会条件を満たしているか確認し、認められたクラブに与えられる資格である。
資格要綱には、法人、ホームスタジアム、ホームタウンといった確認項目があり、鴨池陸上競技場の改修もこの審査を見据えてのものである。
入会申請は9月に行い、11月の理事会・実行委員会で審査されることとなっており、SC鹿児島もこの年申請することを予定していた。
準会員はNFLの各チームの中でもNリーグ参入を明確に打ち出しているチームであり、先述の福岡、神戸、京都、鳥栖を中心に優勝戦線は動いていくと目されていた。
そしてSC鹿児島の開幕戦の相手は京都バイオレットサンガ。この開幕戦にはSC鹿児島がどこまで通用するか、試金石としての側面もあった。
この年の1月にあった関西大震災の被災者への黙とうから始まったこの試合。戦前の予想では鹿児島有利であったが、京都も有力な昇格候補であり、どこまで食いついていけるかが焦点であった。
京都にも有力な選手は在籍しており、その代表格がGKの森下であった。森下は磐田の前身であるヤマハ発動機の時代から不動の守護神として活躍し、磐田のNリーグ参入に大きく貢献。日本代表の守護神としてプレイした経験もある。
前年磐田から戦力外通告を受けて京都に移籍してきたが、戦力外通告を受けたとはいえその安定感のあるゴールキーピング、豊富な経験は今なおトップクラスのものである。
その森下が震えていた。
試合は鹿児島が圧倒的なポゼッションを見せ、ゲームを支配。トップから連動し、パスコースをされた京都のボールを次々と宮原が奪い、すぐさまサイドに展開する。
右サイドの河原が再三の突破でチャンスを演出すれば、この日左サイドに抜擢された久保も強烈なシュートを放つ。流れを止められるとすぐさま藤堂がボールを受け、そこから宮原、藤堂、永井が短いパスで中央をかき乱し、京都守備陣を翻弄すると、再び空いたサイドを狙ってくる。柔剛合わせた攻撃は見事の一言であった。
守っては対人能力に優れた前田が入ってくるボールに対応しつつ、佐藤が危なげなくカバーリング。両SBに配置された双子の田中兄弟は、一方が上がれば他方が下がるといういわゆる「つるべの動き」を完璧にこなす。
そして、最後方から守備を統括するシューマッハ。
安定感のある守備とそこから始まる攻撃は、監督であるスキベがこの数ヶ月徹底的に浸透させたものであり、シューマッハがボールに触れる機会はほとんどなかった。
シューマッハを見に来た面々はその活躍が見れないことを残念に思ったが、その気持ちは一人の選手の存在感によって吹き飛ばされた。
圧倒的な存在感を放つ一人の男。
シンプルに高い技術を見せ、細身でも倒れずキープし続ける。長身でもないにも関わらず空中戦に負けない力強さ、そして神出鬼没のポジショニングと絶妙なトラップから放たれる強烈かつコントロールされたシュート。
京都に、歴戦の猛者である森下に絶望をもたらしたのは、一人の童顔の若者だった。
SC鹿児島の秘密兵器として、ノルウェーの小さなクラブからやってきたその男はこの日からこう呼ばれることとなる。
『童顔の殺し屋』と。
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