199412②

 北風すさぶ季節となっていた。SC鹿児島は鹿児島駅近くの練習場で選手及びユース年代のセレクションを行っていた。

 個々のフィジカルや個人技術、試合での動き等を宮原や監督であるスキベ、コーチ陣がチェック。このセレクションを突破した者は、選手が希望しない限り基本的にプロ契約を結ぶこととなっている。

 宮原が会見で発表したセカンドキャリアへの取り組みも評価され、予想を上回る希望者を集めていた。


 トップチームのセレクションと同時に開催されたU-18のセレクションは、鹿児島出身に限らず全国に門戸を開いている。

 合格者は寮に入ることが必須となっているのだが、寮費等は全てクラブ持ちとなっている。宮原が設立した維新館学園に通うことになっており、その学費も宮原の個人資産管理会社を中心とした基金を立ち上げ、奨学金として援助することを発表している。

 これは経済的な負担を極力クラブが支えることで、優秀な人材が埋もれることを防ぎ、まだ見ぬ才能を全国から集めるという狙いがあった。

 広報担当である鈴木が宮原の知名度を最大限に利用して、全国に情報を発信したことで、こちらも予想を大きく超えた人数を集めることに成功していた。


 セレクションを経て、総勢23人とプロ契約を結ぶこととなったSC鹿児島。

 宮原は海外でのコネクションを利用し、外国人選手の補強にも動いているため、メンバーが確定したわけではないが、主なメンバーをポジション別に紹介すると次の通り。


 まずは前線。CFはエースであった赤崎がプロ契約を結ばず、本業である教職と勤務先である鹿児島城聖のコーチに就任することを表明したため、現在このポジションに外国人選手を獲得すべく宮原が動いている。


 右ウイングには広島から加入の河原勇(27歳)。

 広島で挑んだチャンピオンシップは惜しくも東京ビクトリーに敗れたが、河原自身は1得点を記録。俊足を生かした突破力、左足から繰り出される強烈なシュートは日本トップクラスと評される。勧誘した宮原自身「JFLにいていいレベルの選手ではない」と評している。宮原とは中学時代からの親友で、SC鹿児島で広報を務める鈴木とはまもなくの入籍を予定している。


 左ウイングはSCKから主力としてプレイしていた田中和也(25歳)。田中には達也という双子の弟がおり、弟は先日まで右ウイングを務めていた。清水中時代からの宮原の後輩であり、2人は大学卒業後、実家である田中酒店を手伝いながら、SCKでサッカーを続けていた。

 双子ならではの感覚で、常に連動した動きが特徴的で、2人とも豊富な運動量と献身的な動きに強みがある。

 見分ける特徴として和也は左利き、達也は右利きであること、また、和也はパス、達也はドリブルに拘りを持ったプレイを見せることが挙げられる。


 今回のプロへの移行で、兄と弟はそれぞれがそれぞれをプロに薦め、夢を追いかけてほしい、自分は後顧の憂いを断つために実家を本腰入れて手伝うと申し入れ、宮原を驚かせた。

 その後、宮原が双方に双方の意思を伝えた上で、田中兄弟の両親を訪問。2人とプロ契約をしたい旨を伝えたところ、両親の快諾を得て、晴れて双子プレーヤ-として登録となった。

 河原の加入でポジションを奪われた形となった達也であったが、右SBへのコンバートを検討されている。


 続いて中盤である。トップ下は藤堂拓海(21歳)。高校2年時に、鹿実の選手権準優勝に貢献。現在横浜フェルプスで活躍する中園の同級生であり、横浜マリスに所属する藤堂明弘の兄でもある。

 高校卒業後は鹿屋体育大学へ進学し、Nリーグ発足時にプロ入りも考えたが、町役場に勤める両親の反対もあり、断念。一時はサッカへの情熱を失いかけたこともあったが、SCKに参加し、社会人リーグでプレイすることでかつての情熱を取り戻し、中盤の柱として活躍を見せている。


 かつて「大学を卒業してからでも遅くない」と両親に説得され、プロ入りを断念したが、今回プロ契約を結ぶことを決意。大学卒業にあたって必要な単位は揃っており、退学こそしないが以前の経緯を聞いていた宮原は、藤堂と共に説明のために実家を訪問した。

 プロの華やかなイメージとは裏腹に、その将来は不安定なものである。セカンドキャリア対策を進めているとはいえ、両親の了承を得るのは難しいのではないか、との懸念は杞憂に終わった。


「確かに私達は拓海の将来を心配して、プロ入りに反対しました。ですが、その結果、拓海は夢を追えない環境に留まるうちにサッカーへの熱意が冷めていったように見えました。SCKに参加して少しずつ、昔のような熱意を見せてくれるのを見て、思いました。本当にやりたいことは止めてはいけないのだと。だから、私達が望むのは一つだけです。拓海が悔いの残らないようにやりきってほしい。ただそれだけです」


 両親の期待を背に、藤堂は新たなステージに挑む。


 中盤のドイスボランチ1人目は、宮原優太(27歳)。ブンデス帰りの日本を代表する実力者であり、ドーハの悲劇における「悲劇の英雄」としてサッカー界でもトップクラスの人気を誇る。SC鹿児島の設立においては運営会社の代表取締役兼GMも務めている。

 様々な業務が宮原に集中し、多忙な日々が続いていることから、積極的に人材を登用し、宮原の負担軽減を進めていくいくことが重要な課題であった。

 選手としてドリブル、パス、シュートとあらゆる技術を高水準で備えるが、特筆すべきはフィジカルと抜群の戦術理解力である。

 幼い頃から前世の知識を活用したトレーニングを積んできており、178cm、69kgの身体は外国人相手でも決して当たり負けないボディバランスを誇る。

 常に適切なポジショニングを取り、相手の攻撃をことごとく刈り取っては攻撃につなげ続ける。まさしく『チームの心臓』としてSC鹿児島の中盤に君臨する。


 2人目は駒沢大学を中退し、入団する永井篤(20歳)。鹿児島が出身地だが、幼少を大分で過ごし、高校は長崎の名門国美高校に入学。

 国美高校時代に選手権優勝経験もあり、抜群のパスセンスと足に吸い付くようなドリブルが武器のMFである。兄もNリーガーであり、国美の永井3兄弟の末っ子としても有名である。

 今までは攻撃的MFとしてプレイしていたが、その能力を宮原とスキベが高く評価してセレクションとは別枠で口説き倒した逸材であり、ボランチへのコンバートを予定している。


 最後に守備陣。右SBは先述の田中達也が務める予定であるが、左SBは現在レギュラー当確の選手はおらず、数人でレギュラー争いを繰り広げることとなるだろう。ちなみに、レギュラー争いの中で抜け出しそうなのは無名、未だ高校生ながらもセレクションを突破した窪龍彦である。


 窪は福岡県出身で、過去に2度の国体出場経験はあるものの、全国的には全く無名の存在。高校卒業後もサッカーを続けるつもりではあったが、大学からのオファーはあったものの家庭の経済環境から就職する予定であった。

 そこにSC鹿児島のセレクションの話を聞きつけた高校の監督の薦めを受け、受験したのである。

 技術は荒削りであるが、それを補って余りある身体能力を見せたことで入団を勝ち取ることに成功。今後を期待される若手選手である。


 そして2人のCBにはまずはSCK生え抜きの佐藤明。佐藤は宮原の清水中学時代の同級生である。頭脳明晰で成績も優秀であったことから、高校は地元の進学校である鶴丸高校に進学。

 その後、早稲田大学に進学し、そこで宮原と再会した。高校、大学とサッカーを続けていたが、大学卒業と同時に郷里の鹿児島銀行に入行し、SCKでプレイを続けてきた。

 宮原加入以前はボランチを務めており、状況判断に優れ、抜群のインターセプトやカバーリング、正確なロングパスで大きな存在感を占めていた。体格はそれほど恵まれていないが、体に軸があり、早々当たり負けすることはない。

 鹿児島銀行の幹部候補生であり、将来を嘱望されていたことからプロ契約は結ばないのではないかと宮原は危惧していたが、「俺が鹿児島銀行に入ったのは少しでも鹿児島に貢献したいという想いがあったからだ。ここ(SC鹿児島)ならもっと貢献できるし、より実感することができる。だから、セレクションを受けたんだ」と熱い想いを語り、契約に至った。


 もう一人のCBにはPJMフューチャーからの移籍となる前田功治(25歳)。鹿実での宮原の後輩にあたる。高校卒業後は鹿屋体育大学、松下電器、PJMでプレイ。宮原からの誘いで今回のセレクションに参加した。

 対人に強く、ピッチ上ではオーバーアクションでチームに活を入れ、スパイクが顔に当たっても倒れない。熱い男は「漢・前田」の異名を持つ。

 プレイはもちろん、その気迫でチームを牽引することが期待されている。


 GKは新田博之。藤堂と同じく鹿実準優勝時のメンバーであり、同じく鹿屋体育大学に籍を置く。優勝を果たせなかった選手権を糧に、たゆまぬ努力によりプロ契約を勝ち取った努力家である。

 若さゆえGKに必要な経験は不足しているが、安定したゴールキーピングは高い評価を得ている。


 骨格の固まってきたSC鹿児島。残りのピースを埋めるべく活動していた宮原が、満を持して補強選手を発表したのは94年もまもなく終わりを迎える頃であった。

 Nリーグ昇格のための切り札として発表されたのはドイツの伝説的GKと無名のノルウェー人FW。


 伝説と未知が鹿児島を次なる次元に引き上げることとなる。

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