199410④
赤崎大吾は宮原の中学時代からの仲間である。
宮原との勝負を理由に高校は敵となり、何度も宮原と凌ぎを削ったライバルでもある。その後鹿屋体育大学を卒業し、現在は鹿児島県内のサッカー強豪校、鹿児島城聖で教職につきつつSCKでプレイ。
天性のストライカーとしてのセンスを活かし、SCKのエースとして活躍。先日の全国社会人選手権においても先制点を挙げる活躍を見せていた。
3年前に結婚し、現在は1女の父でもある。
最後まで居残り練習を行っていた赤崎がストレッチを行っているところに、宮原が訪れた。宮原はこの数日、何度も口にした言葉を、確認するような表情で言葉にした。
「やはり結論は変わらないのか?」
夜の帳の落ちた練習場で向かい合う宮原と赤崎。赤崎はその問いに答えなかった。
「決勝の先制点……いいプレイだったろ?」
「ああ。さすが大吾って感じのプレイだった。お前ならあのスペースうまく使ってくれると思ってたよ」
「お前が作ってくれたスペースに拓海からの絶妙なスルーパス。三人のベクトルが重なった、本当に最高のゴールだった」
つい先日の話であるにも関わらず、その表情は遠い過去を懐かしみ、慈しむように見えた。自らの問いへの答えとは全く関係のない言葉に宮原は当惑の表情を浮かべる。
「夢みたいな話だけど、可能性あるよな。お前や勇、拓海と一緒にNFL、Nリーグと駆け上がって、大暴れする……お前が鹿児島に戻ってきて夢のような話があっというまに近い距離まできた」
遠くを、夢見るような表情で語っていた赤崎は、一転痛みをこらえるような表情を見せる。闇に浮かぶ鴨池陸上競技場に目をやり、ふりしぼるように言葉をつむぐ。
「けどな……平凡な人間には夢を真正面から受け止めるのは難しい。俺m初めて知ったけど。現実ってやつと向き合うと辛いな。俺だって色々考えた。挑戦してみたい、自分の力をもっと試してみたい。そんな気持ちは確かにある。けど、家族だっている。慕ってくれる生徒もいる。全部投げ出して夢にかけるには歳取りすぎちまった」
悩みに悩み、悩み切って形にした言の葉を、ただ受け止めようと宮原は沈黙を守る。
「だから俺はお前と同じ道は行けない。プロにはならない」
そう言った赤崎の顔はどこか晴れやかだった。しばしの沈黙の後、言葉を重ねる。
「夢を託すよ……クラブやお前達に。俺の行けなかった舞台に、きっとお前らが連れて行ってくれるって」
赤崎は笑いながら泣いていた。挑戦に踏み出せない己の不甲斐なさへの悔しさからなのか、時代の流れの遅さに対する憤りからなのか、夢を託すことができることへの喜びからなのか。
それは宮原にも、赤崎自身にも分からないものだった。
「新しい目標もできた。いつか……俺の育てた生徒が選手として鹿児島に入って、活躍する。俺ができなかったことを……」
赤崎は勤務先の鹿児島城聖高校から、これまで何度もコーチの就任を打診されてきていた。今までは現役を理由に断ってきたが、これを機に受けてもいいかという気持ちが生まれたのだ。
「別にクラブを離れるからってこれでさよならってわけじゃない。俺もこっから始まるんだ。お前らと一緒に挑戦する。だから……そんな顔すんな」
そう言って、涙でぐしゃぐしゃの顔に笑顔を浮かべる赤崎。照れたのか、その顔を夜空に向ける。
「あー、だけどお前に結局一度も勝てなかったことだけは心残りだな。今だから言うけど、お前に憧れたよ。お前みたいになりたかった。だからかな、お前に挑戦したいって思ったのは。けど、まいっか。こうして俺にとって最後の大会をまたお前と同じチームで闘えるんだから」
宮原は足元にあったボールを赤碕に渡す。
「やってくか。中学ん時みたいに1対1」
そして始まる1対1。中学の頃のように、難しい未来なんて考えることもなく、がむしゃらにボールを追っていたころのように。
尽きることなく語られる昔話。中学時代、部活中に張り合ったことや、何度も対戦した高校時代のこと。
「お前一人でなんでもかんでも抱え込むなよ。お前は一人じゃない。クラブの皆がいる。俺たちだって支えるから……だからなんかあったら頼れよ」
赤崎の言葉で視界が滲み、卑怯だとちゃかしながら宮原は思った。
SC鹿児島はとっくに自分だけの夢ではなくなっていたのだと。支えてくれる人たちや夢を託す人たちの想いを背負いながら進んでいくのだと。
月は優しく二人のサッカー少年を照らしていた。全国地域サッカーリーグ決勝大会は目前に迫っていた。
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