199410③

 優勝会見に臨んだ宮原を取り囲んだのは、想定を大きく越えたマスコミであった。

 先日南九州新聞を退社し、正式に広報の任に就いた鈴木が、記者仲間達にうまい具合に噂を流しておいたおかげである。


 宮原は鈴木の段取りに感謝しつつ、正式に運営法人の設立、クラブとしてSC鹿児島の発足を発表した。

 運営法人の名称は株式会社SCK(Sports Center Kagoshima)。代表取締役兼GMとして宮原優太が就任し、副社長である宮内涼も代表権を持つ。宮原は選手として参加することから、実務面は実質的に宮内が掌握することとなる。


 スペインへの短期留学から直接来日し、試合を観戦していたスキベも会見に参加し、監督としてお披露目を行った。

 発表内容は㈱SCKの事業内容にまで踏み込んだものとなり、飲食事業と旅行事業への進出、インターネットの活用が特に注目を浴びた。


 飲食事業は『スポーツビュッフェSCK』の開店を発表。まずはホームスタジアムである鴨池陸上競技場に1店、鹿児島最大の繁華街である天文館に1店を予定している。


 コンセプトは『地域密着』と『スポーツ密着』。店内に大画面のテレビジョンを複数設置し、サッカーを中心に様々なスポーツの試合を流し、来店者が一体感を感じれるようなイベントを常に提供することを目指し、まだまだ手に入りづらい海外サッカーの映像も、コネクションのあるブンデスリーグが中心となるが、視聴可能である。


 食材や飲み物は鹿児島のものを利用し、郷土料理を積極的に取り入れることも決まっている。店舗形態をビュッフェスタイルとしたのは、家族連れや女性が訪れやすいよう配慮したためである。

 鴨池店は寮の食堂としての役割も担うため、常に管理栄養士が料理をチェックし、選手や女性向けにカロリー表示を徹底するといった工夫もこらしていく予定である。

 この取り組みは、来店客のサッカーへの興味を上げるための試みであり、単独の収益はもちろん、SCK本体の宣伝効果も見込んでいる。

 また、選手のセカンドキャリアの進路先の一つとしても考えられており、将来的には元サッカー選手の店長が試合の解説を行うシーンが見られる可能性も語られた。


 もう一つの事業である旅行事業に関しては大手旅行代理店から人材を招聘し、旅行代理店業務の取り扱いを開始することを発表した。

 SC鹿児島と連動させたパッケージ商品を中心に、今後増えていくであろうアウェイ観戦に伴う関係先への手配も一手に行い、サポーターがアウェイ観戦にきやすい環境作りへの貢献を期待している。

 こちらもまた選手のセカンドキャリアの進路先の一つとして検討されており、将来的には元サッカー選手がガイドを行う可能性も示唆した。


 そして94年当時、中々普及の進んでいなかったインターネットの活用である。


 手始めにクラブのHPを立ち上げ、情報を発信していくことを表明。今後のインターネットの普及を見込んでの取り組みである。

 クラブのフロント陣や選手達だけでなく、スポンサーの紹介や地元鹿児島の紹介もふんだんに載せ、地域振興の試みも始める。


 様々なチャレンジを織り交ぜた記者会見は、宮原の知名度と選手権優勝というニュースにより、大きな反響を呼ぶこととなる。





 全国地域サッカーリーグ決勝大会への出場を決めたSCK改めSC鹿児島。

 大会は11月下旬から12月上旬にかけて1次ラウンドと決勝ラウンドに分かれて開催され、決勝ラウンドの上位2チームがJFLへ昇格することとなる。

 大会に向け、SC鹿児島は着実にその準備を進めていた。


 監督として就任したスキベは、大会まで時間がないことから、まずはチームの戦力把握に努めていた。チーム戦術は若干手を入れるに留めつつ、トレーニング内容は早速ドイツ流を導入。選手達は初めての科学的トレーニングに困惑しながらも楽しんでいた。


 急ピッチで仕上がったクラブハウス横の選手寮は、若手やユース向けに使用される予定だが、大会までの期間は宿泊可能な者が泊りこんで少しでも地力を上げるべく努力を続けている。

 宮原は大半の選手が泊り込んでいるこの状況を利用し、今後の選手契約に関して各自に説明を行っていた。


 本来は翌年に予定していたプロ化だが、NFL昇格の如何に関わらず実施することを伝え、アマチュア契約を希望する選手にはNFLの間はアマチュア契約も可とした。

 11月に実施予定であったセレクションが決勝大会後の12月にずれたため、プロ化の手続きは、現所属選手達も全員がセレクションに参加した上で行うこととしている。


 なお、宮原が加入を求めた河原勇は、現在所属しているサンフレックス広島が1stステージで優勝したことから、チャンピオンシップ終了後の合流となっている。

 正式な発表はシーズン終了後であるが、先方とは既に合意済であり、実質的には河原がプロ選手第一号である。


 選手の大半は概ね宮原の提示を好意的に受け入れ、プロを目指し、より練習に励んでいる。

 だが、もちろんそうでない者もいた。中心メンバーであり、戦力として期待されている男――CFを勤める赤崎である。


「やはり結論は変わらないか?」


 夜の練習場に佇む2人の男。夜風に冬の到来を感じつつ、宮原と赤崎は向かいあっていた。

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