199410②
さわやかな秋晴れの日、宮原は事務所で打ち合わせを行っていた。
相手の名は宮内涼。宮原の個人資産管理会社の運営を任せている人物であり、当年55歳。かつて鹿児島銀行から宮原がヘッドハンティングした人物である。
鹿児島銀行では営業から融資、本社部門を経験。税理士資格も所有しており、誠実な人柄とも会い重なり、鹿児島の経済界で豊富な人脈を持っている。宮原にとっては国内の経済活動における総合ブレーンとして信頼を置く人物である。
「では、県と市の承認は取れたんですね?」
「ええ。既に予算取りしてくれていたおかげです。元々12月の予定であったものが若干早まるだけという整理で、なんとか間に合いました」
選手でありながらフロント業務を行う宮原は極めて多忙であり、様々な実務対応を宮内に預けている。宮内には設立間近である運営法人にも常勤役員としてきてもらう予定であり、選手も兼務する予定である宮原と違い、現時点でかなりの業務を担っていた。
9月末に県サッカー協会を通してNFAより打診された飛び級制度の適用にあたり、法人設立等のスケジュール前倒しのため、宮原は関係各所と折衝を行っていた。
出資者の中でも行政は宮原の個人資産管理会社に次ぐ額の金額を占めている。行政の出資は判子一つで行われるものではなく、様々な部署との調整、手続きが必要となる。手続きが間に合うかということが最も懸念されていた問題であった。
問題が解決したという宮内の報告に、宮原は安堵の表情を浮かべ、感謝の念を述べる。
「ご尽力ありがとうごいました。では、運営法人の設立は10月末とすることとし、他のプロジェクトも進めていきましょう。箱ができればやりたいこと、やらないといけないことはてんこ盛りです。宮内さんにはさらにご苦労おかけしますがよろしくお願いします」
「私がオーナーのために働くのは当たり前のことですから。それに、こんなやりがいのある仕事は久々ですからね。一心一意努めます。ただし、オーナーはあまり無理しないでください。雑事は全て私に任せ、サッカーに集中してください。選手権は来週からでしたよね。全試合とは言えませんが、決勝は応援に行きます。しっかり勝ち進んでください」
宮内は法人設立に伴う各種手続きや調整、人員の確保等のため、これからさらに多忙なスケジュールをこなさなければならない。その多忙の中、あえて決勝の観戦予定を伝えることは、宮内なりの宮原への激励であった。
「もちろんです。最高のサッカーをお見せしますので、楽しみにしててください」
多忙極まる二人の男は、その疲れをいささかも見せることなく笑いあった。
5日間という過酷な短期決戦、全国社会人選手権。
SCKは宮原、赤碕、藤堂、新田を中心とした圧倒的な戦力で破竹の快進撃を続け、決勝を迎えていた。相手は北陸電力。この年の東北リーグ優勝チームであった。
選手達には選手権で優勝すれば全国地域サッカーリーグ決勝大会への参加資格が得られる旨は伝えてられていた。
結局宮原は早期昇格への挑戦を選んだ。
サッカーに絶対はない。来年ならば昇格できるという確約があるわけでもなく、今後二度と昇格のチャンスがないという可能性すらあるのだ。
リスクを恐れず、目の前にあるチャンスに挑戦することは実社会でもサッカーでも大切な姿勢である。
可能な限りのリスクヘッジは準備している。法人設立の前倒しもそうだが、選手へのセカンドキャリア対策にも着手した。それらの条件を提示しながら選手一人一人と面談を重ねている。
様々な想いが交錯する中、決勝は始まった。
試合は攻めるSCKと守る北陸電力という構図となった。
北陸電力も決勝まで勝ち上がった猛者である。その陣容は全国トップクラスであったが、快進撃を続けるSCKを警戒し。FW含め全体を完全に下げ、バイタルエリアをガチガチに固めてきた。
特にSCKのキーマンである宮原には随時マーカーがつき、宮原がボールを持った際には必ず二人がかりで対応することを徹底。
キーマンを封じこまれるのではないかという危惧は、ピッチで輝きを見せた藤堂が吹き払った。
SCKのフォーメーションは4-3-3、サイド攻撃が基本戦術として、ゲームメイクは主にボランチの宮原、トップ下の藤堂が行う。
宮原が封じられても、その状況を利用できるもう一人のゲームメイカ-がいることはSCKの大きな強みであった。
宮原が意図的に作ったスペースでは常にSCKが数的優位となり、そのスペースを藤堂が縦横無尽に動き回ってチャンスを演出。
前半25分に遠藤のスルーパスから赤崎が決めると、前半終了間際には藤堂がミドルシュートで追加点。
その後、後半は守備的な布陣でカウンタ-狙いに切り替え、後半15分にはマークの緩んだ宮原が持ち上がって中央を突破。試合を決定づける3点目を上げた。
鹿児島強しという強烈な印象を残し、SCKは初のタイトルを獲得。全国地域サッカーリーグ決勝大会への出場が決定した。
夢や期待、不安の渦巻く中、全国の猛者の集うステージへSCKは駆け上がる。
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