199410①

 10月、宮原が加入したSCKは快進撃を見せていた。


 W杯アジア最終予選で負った大怪我以来の実戦復帰となった宮原であったが、リハビリ中に鍛え上げたフィジカルという新たな武器をひっさげ、九州リーグという下位カテゴリーで国内最高レベルのパフォーマンスを存分に見せつけていた。

 九州リーグは惜しくも加入以前についていた勝ち点差を逆転することができずに準優勝となったが、加入後無傷の4連勝。

 九州社会人サッカー選手権でも順調に勝ち星を重ね、全国社会人サッカー選手権への出場を勝ち取っていた。


 SCKの中心選手は3トップ中央の赤崎大吾、トップ下の藤堂拓海、GK新田博之である。


 赤崎は宮原の中学時代のチームメイトである。

 たゆまぬ向上心と生粋の負けず嫌いから、宮原と共にプレイするのではなく競うことを望み、高校は強豪鹿児島商業に進学。県大会では何度も宮原を苦しめた。鹿屋体育大学を経て、現在は教職につきながらSCKでプレイしている。

 178cmとそれほど上背はなく、スピード、足元の技術も平均レベルである。唯一武器と呼べるのは常にゴールを意識したポジショニングのみ。

 だが、その唯一の武器を研ぎ澄まし、九州を代表するボックスストライカーとしてゴールを量産してきた男だった。


 藤堂、新田は90年の鹿児島実践準優勝時のメンバーであり、現在横浜フェルプスで主軸としてプレイする中園真清と共に選手権でその名を轟かせた逸材達である。


 藤堂は高校卒業後、周囲の勧めで鹿屋体育大学へ進学。Nリーグ発足時にプロ入りも検討したが、その際は家族の反対もあり断念した過去を持つ。

 ユニバーシアード代表にも選出され、大学サッカー界でそれなりの活躍を見せていた逸材を、宮原が口説き落として同時入団となった。

 SCKでは『宮原に見込まれた男』として注目、プレッシャーが集まったが、それらを裏切らない高い技術と天才的なセンスを見せつけており、攻撃の大黒柱として盤石な地位を築きつつある。

 藤堂は3人兄弟の長男で、次男の明弘は今年横浜マリスに入団、三男泰仁はまだ中学生であるがその才能を高く評価されており、藤堂3兄弟は鹿児島サッカー界では最も著名な兄弟である。


 新田は九州対決となった国見との選手権決勝で再三再四のファインセーブを見せて男を上げたGK。惜しくも逃した優勝の悔しさをバネに、鹿屋体育大学でプロを目指し自らを鍛え続ける努力家であった。

 実戦経験を求めるため、鹿屋体育大学に所属しながらこれまでも都合のつく際にはSCKでもプレイしていたのだが、宮原の加入を機にSCKに本腰を入れることとなった。安定したゴールキーピングとPKでの勝負強さに定評がある守護神である。


 宮原を含めた4人のレベルは地域リーグを遥かに凌駕しており、破竹の連勝は当然の結果と言えたが、その強さが想定外の問題を引き起こすこととなるのであった。





 日本サッカー界はピラミッド上の組織図になっている。下のカテゴリーから都道府県リーグ、地域リーグ、NFL(Nippon Football League)、Nリーグ(Nippon Soccer League)とつながっており、Nリーグに昇格するには『Nリーグ準加盟クラブとしての認定』に合わせて『原則NFLで2位以内』に入る必要がある。

 つまりNFLはNリーグに参加するための登竜門であり、そのNFLへ昇格するには『全国地域サッカーリーグ決勝大会で2位以内に入ること』が必要となる。

 この大会の出場枠は地域リーグ優勝チームに与えられるが、94年時点では抜け道が存在した。


 その抜け道とは『日本サッカー協会優遇制度』、いわゆる飛び級制度というものである。NFL昇格を希望し、十分な実力を認められた場合、出場権が与えられるのである。

 9月末、SCKはNFA(Nippon Football Association)よりこの飛び級制度の打診を受けた。宮原の知名度、飛びぬけた資金力、九州リーグ後半における快進撃を評価されたものであったが、制度適用にあたり一つの条件がつけられた。


 10月に開催される全国社会人サッカー選手権での優勝である。





 経営者の視点で考えると、早期昇格は非常に魅力的であった。地域リーグとNFLでは注目度が大きく異なる。昇格はブランド価値を向上させ、集客力やスポンサー料の増収につながる。所属選手やサポーターの満足度向上にもつながっていく。


 そもそも上を目指しても上に上がることのできないクラブの方が多い。地域リーグに居続ければ、いずれは市民、県民の情熱が冷める。その動きに合わせてスポンサーも離れ、その結果選手、スタッフへの給料未払いといった問題すら発生する可能性もある。

 支援者であるはずの地元マスコミから糾弾され、ダーティなイメージを引きずったままNリーグ参入の夢を断念。クラブそのものが消滅という結果すらありえるだろう。


 選手の視点としても、限られた現役時代を極めて不安定な立場の中、劣悪な環境で過ごすことは辛い。地域リーグというカテゴリーでは、いわゆる「プロ契約」の選手であってもその収入は驚くほど低く、それは元Nリーガーでも、元代表選手でも同様である。


 早期昇格は明らかにメリットが多いが、だからといって二つ返事で目指せない理由もあった。


 宮原は来年度の九州リーグ優勝、NFL昇格を目標に掲げて運営法人の設立等のスケジュールを進めている。

 仮に今年度昇格した場合、スケジュールは大幅に歪み、組織や環境が不十分な状態で『Nリーグへの登竜門』に挑まなければならない。

 早期昇格を果たしても1年で降格してしまえばなんの意味もないと宮原は考えている。


 また、選手の待遇という問題もあった。SCKの選手の大半はアマチュアであり、SCKは早期昇格を内外にアピールするために選手全員のプロ化を計画していた。

 アマチュアを希望する選手のための受け皿クラブの用意も進めていたが、11月に行うセレクション後に計画を発表し、来年度を通して段階的に移行する予定であったのだ。

 仮にこの動きを早めた場合、移行作業はかなり強引なものとなり、選手によってはその将来に大きな影響を与えてしまうことが想定された。


 華やかなイメージのある『プロサッカー選手』であるが、現実的に高額の報酬を受けとることができるのは一部の選手だけである。

 基本的に選手は個人事業主であり、実力が足りなければクビ。将来への不安もつきまとっている。

 地域リーグという下部テゴリーで戦う全ての選手がプロを望んでいるわけではなく、それぞれに生活があり、未来予想図がある。


 万全を期すか流れに任せるか、経営者と選手いずれの視点を重視するか、正解などないにも関わらず、悩む時間はそれほど残されていなかった。


 宮原は重大な選択を迫られていた。

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