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 九州リーグは地域リーグであり、本来自前の練習場など持っているはずのないカテゴリーであるが、SCKは恵まれた練習施設を保有している。これは宮原の地域貢献活動の一環によるものである。


 90年代前半、スポーツを取り巻く環境はまだまだ未整備の時代であった。この環境を少しでも改善し、老若男女、様々なスポーツを楽しむ人達によりよい環境を提供したいという思いから作られたのが財団法人SCK(Sports Clab Kagoshima)である。

 鹿児島県内の数か所に、総合スポーツクラブとして活動可能な施設を複数保有しており、宮原が理事長を務めている。


 その中心施設が鹿児島駅周辺の浜町にあった旧国鉄用地に建てられた『総合スポーツ施設SCK鹿児島』であり、天然芝のピッチ4面を保有している。

 宮原の掲げた理念に賛同したスタッフを中心に、小中学生向けのサッカースクールを運営しつつ、様々な年齢層に芝のピッチでプレイできる機会を提供している。

 鹿児島駅から徒歩5分という好立地や若くて意欲的な指導者陣の評判もあり、鹿児島のサッカー文化の向上の一助を担っている。


 鹿児島駅はかつて鹿児島市の中心地として栄えた駅であり、眼前に桜島を望み、JR、市電、バス、フェリーなどが近接する公共交通機能の集積地である。

 もっとも鹿児島市の中心地というポジションは西鹿児島駅(後の鹿児島中央駅)に譲って久しい。周辺地域の活力低下、バブル時代に推進されながらも頓挫したままの埋立地の利用問題等、行政にとって頭の痛い問題を複数抱える地であった。

 しかし、宮原という鹿児島に積極的に投資してくれる存在によってこの地は大きく生まれ変わりつつあった。先日の会見では鹿児島市の鹿児島港港湾計画と合わせてウォーターフロントに大型ショッピングモールとサッカースタジアムを建設することが発表されている。


 鹿児島の振興は着実に進みつつあった。





 施設面に関してはNリーグクラブと比較しても極めて恵まれた環境のSCKであるが、宮原は人材面に関しても最高の人材を求めるために活発に動き出していた。記者会見から1週間も経たない内に、監督として宮原の所属していたシャルケよりクリストフ・スキベの招聘が発表された。


 スキベは元々選手として将来を嘱望されていた人物であったが、膝のケガにより若くして引退。その後ユース部門で監督・育成部門責任者を務め、若干30歳ながら高い評価を得ている新進気鋭のサッカー指導者である。

 宮原は練習魔であり教え魔でもあるため、頻繁にユースの練習に参加していた。その際に結んだ親交が今回の招聘へとつながったのだ。


 スキベは普段はきさくな人物だが、その内に熱い情熱を秘めた好人物である。サッカー後進国日本に新しい文化、歴史を作るというミッションに心を燃え上がらせている。

 コーチ陣も宮原のドイツサッカー界で培った人脈を通じて陣容が固まりつつあったが、スキベが来日前に一ヶ月間のスペインへの短期研修へ渡っているため、本格的な始動は今しばらく時間がかかりそうな状況であった。

 この短期研修の費用を持つことが契約に組み込まれており、共に夢の実現を目指す仲間への宮原なりのプレゼントであった。





 クラブ設立に向けた各関係者への折衝も概ね良好である。


 行政に対しては鹿児島への投資活動で作った人的関係を活用し、運営法人への出資や施設使用料の免除といった各案件に対して明確な成果をあげつつあった。

 行政としても懸案だった鹿児島駅周辺の再開発問題が片付いただけでなく、今回のクラブ設立に伴って全国ニュースでも鹿児島の露出が大きく増え、鹿児島の観光資源や名産品の知名度向上といったブランド戦略の推進、郷土愛の向上といった様々な官民共同プロジェクトが新たに立ち上げられている。

 これらに対して行政側もより本腰を入れて支援していくために、県と市それぞれから1名ずつの職員の出向も既に決まっていた。


 運営法人は既に具体的な形が固まりつつあり、法人設立に集まった出資金額は30億。これはこの翌年に発足するバモス福岡に匹敵するものであり、鹿児島の底力と将来性を見せつける結果となった。

 内訳は、51%を宮原個人が出資し、20を地元行政、残りを地元有力企業が出資している。

 宮原が過半数の株式を保有したのには二つの理由がある。一つはクラブ経営がうまくいかなかった場合は自分の私財を投じるという覚悟を示すこと、もう一つは決定権を握り、フリーハンドを得たいという考えからのものである。

 もちろん、県知事や市長、松下ら県サッカー関係者には特別顧問として役職を用意し、チーム鹿児島をアピールすることは忘れていない。


 Nリーグ参入にあたって必要となる下部組織に関しては、宮原の保有する学校法人『維新館学園中等部・高等部』のサッカー部の組織を分離独立させることを検討している。

 学校法人維新館学園は鹿児島市北部と隣接する姶良郡姶良町にあり、1986年に募集停止した女子大学を宮原が買収し、その後スポーツ及び学術分野のエリート教育を目的として1992年に全寮制の中高一貫校として開校された学校法人である。

 SCKの練習場のある鹿児島駅周辺より車で30分程度の距離にあり、学園用に買い上げた広大な敷地の一部にSCKの若手選手向けの選手寮も建設される予定である。

 セレクションは全国に門戸を開いて行い、合格した選手には寮費や学費をクラブ負担とし、経済的な問題で才能が埋もれないためのスキームも準備している。

 下部組織発足に合わせ、地域貢献活動として各地でのスクール活動も事業計画に組み込まれているが、県サッカー協会と協力し、各地のサッカー指導者向けの研修も精力的に開催していくことを予定していた。


 着実にクラブ設立は進みつつあった。だが、思いがけない形で問題は発生することとなる。

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