199407②

 7月中旬、鹿児島随一の繁華街――天文館にある喫茶店で宮原は一人の女性と会っていた。

 細身のスーツを纏い、長い黒髪が一つにまとめられている。瞳に浮かぶ知的な光が強い印象を与える鼻筋通った南国風美人の名は鈴木恵美。

 宮原の中学時代からの同級生であり、清水中サッカー部でマネージャーを務めていた女性である。


 マネージャーとして選手を支えただけではなく、豊富なサッカー知識を生かし、対戦相手の分析や練習内容の改善といった面でも貢献。全中優勝の陰の立役者とも呼ばれた女性である。

 中学卒業後は県下有数の進学校である鶴丸高校を経て東京外大へと進学。現在は鹿児島の有力紙南九州新聞に勤務している。

 豊富な知識と高い語学力を生かして活躍中の新進気鋭の新聞記者でああり、宮原にとっては連載中の月1コラムの担当者でもあり、中学からの友人でもある公私ともに関わりの深い人物であった。


「恵美、今日は2つ話がある。1つは情報提供。もう1つはお願い。どっちから聞きたい?」


 自身が席に着くやいなや本題を口にする宮原を、鈴木は珍しいと感じていた。現況報告という名の雑談を交わしてから本題に入るのが常であったからだ。

 サッカーという共通の話題、思い出を持つ二人である。本題よりも雑談の方が長くなることも多々あった。

 その宮原が単刀直入に本題に入った。その表情はおどけているようにも見えるが、付き合いの長い鈴木はそこに浮かぶわずかな緊張を見逃さなかった。


 中学時代から今に至るまで、この男の緊張している姿なんてほとんど見たことがない。珍しいこともあるものだと思いながら口を開く。


「あんたが緊張してるなんて珍しいわね」

「そうか? ま、色々あんだよ」

「そうなんだ。お願いも気になるけど、まずはスクープネタから教えて」


 宮原は語った。

 鹿児島にNクラブを作る、と。クラブの必要性、その意義、展望を語り、ここ最近の動きで地元有力者からの支援もほぼ抑え、概ね形ができあがった、と。この動き自体は鈴木も知っていることであった。

 だから、彼女は聞いた。この動きの起爆剤となりうる核心の情報を。


「俺は新しいクラブでプレイする。そのためにシャルケを退団した」


 宮原の本気が伝わる言葉であった。Nクラブ設立、運営に関わる段取りを聞く限り、この話は思いつきで始まったものではないことが実感できた。

 少なくとも宮原ははるか以前からNクラブ設立のために様々な布石を行ってきたのだ、と理解せざるをえない内容であった。

 この姿勢、意気込みに、協力を約束した人間達は魅了されたのだろう。自身が感じた印象を踏まえ、そう判断した彼女は同時に宮原が自身に求めているものも理解した。


「詳細に教えてくれるってことは発表も間近ってわけね?」

「ああ、明後日には発表するつもりだ」

「つまり?」

「明日の朝刊にはまだ間に合うよな? 一面期待してるよ」

「ま、持ちつ持たれつだしね。今回は都合よく利用されてあげるわ。で、もう一つの話もこれ関係かしら?」


 鈴木の視線を受け、宮原は背筋を伸ばして身を正した。


「突然で悪い……お前と勇の人生を俺に預けてくれないか?」

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