【12】 敗戦国の女騎士が敵将の奴隷にされる
【シチュエーション】
敗戦国の女騎士が敵国の騎士に褒美で差し出される
【舞台設定】
ファンタジー世界。ハルの部屋。
【二人の関係と親密度】
敵国同士の女騎士と騎士。互いに好意を持つも立場上、自制している。
【個人データ】
・ハル──男、騎士、10代。一般的な性格。
・エチカ──女、騎士、10代。誇り高く責任感が強い。
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『 敗戦国の女騎士が敵将の奴隷にされる 』
捕虜として……否、もはや生涯変わることの無い『奴隷』としての一日目が終わった。
未だ目隠しが外されぬままに座らされた私は闇の中で今日を振り返る。
そもそもは先の大戦による敗北が全ての始まりだった。……いや、私にとっては『終わり』か?
それまでの長きにわたり繰り広げられていた隣国との戦争は、我が国の敗北によって幕を閉じた。
これにより領土のことごとくは隣国の占領下におかれ、一軍を率いていた私もまた相手の手に堕ちることとなった。
女の身でありながらも『騎士』の名誉を受け前線指揮を執っていった私が打ち破られたとあっては、後続の部隊もさぞ浮足立ったことだろう。
戦場においてはいくつもの通り名をつけられて常勝無敗を誇っていた私ではあったがしかし、とある好敵手の出現により戦況は一変した。
彼の騎士──ハルとの戦歴における初の敗北を私は忘れられない。連勝に次ぐ連勝によって築かれた私の増上慢は、完膚なきまで彼によって窘められた。
そしてそこから私の敗北の日々が……そしてこの国の斜陽が始まったのだ。
国や民衆といった味方とは現金なもので、少し前までは私を軍神と称えながら、敗戦が重なるやたちどころに『女がてらに軍を弄ぶからだ』と侮蔑しては嘲笑した。
その侮辱に歯ぎしりしては次戦への糧としたが、いかんせん現実は甘くない。挽回を狙い策を練る私をあざ笑うよう、ハルは私の考えの上を行った。
ハルは本物の軍人だった。
思い返すにその時までの私が得た勝利とは、狂い咲きの昌運と、そして元より備わっていた頑強な兵卒の膂力だけを頼りに勝ち進んでいたにすぎなかった。それに気付くまでに幾度もの敗戦を経験し、やがて私は年相応の小娘である等身大の自分を受け入れたのだった。
そしてその時に芽生えた感情は、以外にも彼・ハルへの敬意──私はまだ顔も知らない敵国の一将へと惹かれていった。
やがて私の軍人として最後の一戦となった戦いにおいて、私達は巡り会う。
玉砕を覚悟して残り少ない配下の者達と共に特攻を仕掛けたその先にハルがいた。
あの瞬間、私は完全に痺れて動けなくなってしまった。
周囲からはそんな私の異変に狼狽し、はたまた指示を仰ぐ怒号とが飛び交ったが……終ぞ私が再動することは無かった。
私はただ、ハルと見つめ合ったまま自由を失い、そして捉えられた。
それはハルもまた同じであったように思う。
因縁の二人、ましてや軍人同士が相まみえたのだ。習いに則るのであるならば互いの名乗りや、あるいは感情に任せた罵倒の一つでも交わすべきであったろうに……私達はただ、見つめ合ったまま終戦を迎えた。
後に聞いた話によれば、巷間ではこの一件を私がハルに恐怖したからだとか、あるいは戦歴の軍人同士の間には常人には計り知れないやり取りがあった、などと鹿爪らしく理由付けなどしていたというが、その予想はどれもが間違いである。
あの日、私が享受した感情それは──『愛』それであった。恥知らずにも「一目惚れ」であったのだ。これこそがとんだ笑い話である。
その後、戦勝国である相手方の軍事法廷に掛けられた私には処刑が申し渡された。
不思議と衝撃は受けなかった。そうなることは覚悟のうえであったし、納得もしていた。
しかしすべての手続きが恙なく進み、あとは執行を待つばかりとなったその時……思わぬことが起きた。
『彼女の身受けをしたい』──そうハルが申し出たのだ。
軍法会議のその場で臆面もなくそう要求したハルを皆が笑う中、私だけが目を皿のようにして彼を見つめた。何が起きているのかが理解できなかった。
さらに驚くべきことに、その申し出は通ってしまった。
先の大戦で彼が立てた武勲へ応えるべくに国は様々な恩賞を用意したが、ハルはそのどれも受け取らなかった。
ひとえに質素倹約を旨とするハルの性格が反映されての事態ではあったのだろうが、一方の国としてはそんな英雄の望みを叶えるまたと無い機会に喜んでは、私の『恩赦』を決めたのであった。
いよいよ以て身の安全が確保されたとあってもしかし、私は戸惑った。むしろ、生き残ってしまうことにこそ恐怖を覚えたほどだ。
私は数多くの戦いで先陣を切ってきた。その指揮のもとに死んでいった仲間達や、そして今も逃げ延びて再起を図る同胞達にどのような顔をすればよいというのだろう?
それを思い詰める私に対してハルはまたも突飛ない解決法を実行する。
それこそが私を『奴隷』として扱うことであった。
私の身受けを果たし連れ帰るや、彼は私に豪奢なドレスを着せた。しかし罪人よろしくに両手に手枷を填め目隠しをすると、その仕上げとばかりに鎖の繋がれた首輪を私に宛がった。
そして手に入れた玩具を見せびらかすかのよう、そんな私を連れて街中を練り歩いたのだ。
奴隷としたかつての敵将を犬のように扱うハルに自国民は笑いと侮蔑を、そして密かに身を潜めていた同胞達は歯ぎしりし涙した。
私にしてもこれ以上の屈辱もないのだろう。憤死して然るべきではあるがしかし──この時の私は、これ以上に無く救われた気分だった。
ハルの奴隷となった私を見る同胞達はもとより、新しい街の人間達も私に対して同情や憐憫の情を向けた。同時に、元の敵とはいえ斯様に非人道な扱いを捕虜に施すハルは敵や身内の境もなく様々なヘイトを一身に引き受けた。
身を挺し、私を守ったハルこそは内実共に正真正銘の騎士であった。
そんな彼の思い遣りを──彼なりの『愛』を私もまた感じた瞬間、涙が止まらなかった。そして咽び泣いては付き従う女の姿は、いっそうに私の立場と面子を守ることとなった。
そんな動乱の一日が終わり、私は今ハルの部屋にいる。
ベッドに腰かけて今日のパレードを思い返す私の前に何者かの影が落ちた。
それに反応して小さく顎を上げる私の目隠しを、その人物はそっと外す。視界の開けたその前には──ハルがいた。
誰でもないあのハルだ。
間近で見るハルの顔はずっと若くて幼いように見えた。しかしながらそれは私も同じなのだろう。
そんな子供が二人、戦争などという国のわがままに振り回されて互いに殺し合いを演じていたのだ。
それがおかしくなって私は不謹慎にも微笑んでしまった。
そしてそれを受け、ハルも笑った。
彼に引き取られてからというもの、まだ一言として言葉も交わしていないというのに、私達は互いの気持ちが手に取るように理解できた。
ゆえに彼が次に何を望むのかも私には分かっている……いや、私の望みをハルの方こそが察したのやもしれない。
しかしながらそんなことはどうでもいい。
私は今、心からの平穏と幸福で満たされている。
瞳をつむり、顎を突き出すようにして唇を差し出せば、やがてはそこにまたハルも重なった。
辿り着いたここは楽園か、はたまた新たなる地獄か──覆いつつあるハルの影に包まれて、私は今夜と明日へのこれからに様々な想いを馳せるのであった。
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