【4】 幼馴染の少年騎士に姫が告白し返事を迫る

【シチュエーション】 

護衛の見習い騎士に告白する姫。


【舞台設定】

中性ファンタジー世界。姫の自室。


【二人の関係と親密度】

幼馴染。

まっすぐに告白してくる姫と、好意は抱きつつも身分の差から打ち明けられずにやきもきする少年騎士。


【個人データ】

・ハル──男、見習い騎士、10代。生真面目な性格。

・エチカ──女、姫、10代。強気な性格。


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『 幼馴染の少年騎士に姫が告白し返事を迫る 』





「言うこと聞きなさいって言ってるでしょ! 私(わたくし)は貴方の主人ですのよ!?」

「ですから……どうかお聞き分けください、姫」


 憤懣やるかたないといった様子のエチカを、先ほどからハルは必至になだめていた。

 事の発端は数分前──ハルがエチカより愛の告白を受けたことに始まる。


 エチカにとってそれは神聖な瞬間であった。

 己の想いを意中の男性に告げることの重大性も理解していたエチカは、この告白にこぎつけるまで実に数か月の時間と勇気を必要とした。


 それを経ての告白であったにもかかわらず、その結果たるや玉砕──件の想い人であるハルはあっさりとそれを否定したのである。


 最初はその返事の意味を受け入れ切れずに何故を繰り返したエチカではあったが、いよいよ以てハルがそれを受け入れないと理解するや、今度は強硬手段に打って出た。

 主従関係にある互いの立場を笠に着せては、ハルに告白の受諾を迫ったのである。


 一方で大いに困惑したのはハルだ。

 拒絶の理由はエチカのことが嫌いだからという訳ではない。むしろ好ましくすら思っている。しかしながら姫付きの護衛であるところのハルには、その身分の差ゆえからもエチカの告白を受けてしまう訳にはいかなかった。


 それを説明しエチカを納得させようとも試みるが、一向に彼女は頷こうとはしない。

 ゆえに二人のやり取りは平行線をたどり続けていた。


「はぁはぁはぁ………」


 ひとしきりわめき倒すとエチカは頭をうなだれて呼吸を整えた。

 その様子に傍らの水差しから水を一杯汲んでくるハル。受け取るやエチカもまた、腰に手を当てては一息にそれを煽った。


「ッ~……ぷはー。納得できません!」


 そうして喉が潤うや再開──今度はハルが喉の渇きを覚えた。


「身分というものをご理解ください。貴方の身は貴方だけのものではございません」


 そしてハルは王族の在り方というものを説く。

 一国の王と、そしてそれに准じる姫や貴族たる存在は「象徴」なのである。


 もはや『個人』という概念はそこに当てはまらず、かくいうエチカもまたこの国の象徴として威風堂々と立ち振る舞わなければならないのである。


 この場合、婚姻ひとつをとっても彼女の相手は名だたる国の盟主や代表がふさわしい。いわば国と国との『鎹(かすがい)』として、互いの繁栄に勤める役割がエチカにはある。

ゆえに彼女の生は国の為に使われ、そして終わるのだ。


そんな身分たるエチカがたかだか護衛付き程度の騎士に想いを寄せるなどということはあってはならない事であった。


 ──と、そう諭しつつもハルは彼女を哀れまずにはいられない。

 ハルもまたエチカに想いを寄せていた。


 二人の出会いは、互いがようやく立って歩くことを覚えた頃にまでさかのぼる。

 その頃からエチカの従者としてつけられたのがハルであった。


『従者』とは言っても分別の付かない子供であるから、幼年期の二人は実に分け隔てない友情を重ねた。

 幼くも美の素養を秘めたエチカにハルは想いを寄せ、そしてエチカもまたそんな自分を敬ってくれるハルの敬意を好ましく思った。


 しかしそんな二人の蜜月はエチカが15歳を迎えた頃に終わりを迎える。


 見目麗しく成長した彼女には当然の如く他国との縁談が持ち上がったのだった。

 そのことは二人も覚悟していた。


 エチカはエチカで自分の存在意義というものを理解しつつあったし、ハルもまたそれは仕方のないことであると思った。


 ならば自分は裏方から支える立場になろうと思い立ち、かねて父より誘われていた騎士団への入団を果たし騎士の道を歩み始める。


 しかしながら事件が起きた。


 事もあろうかエチカは、件の縁談をぶち壊したのである。


 彼女曰く相手の目つきが気に入らなかったということではあったが、ハルはその理由をなんとなく理解した。……そしてその原因が自分にあることも。

 そう思っていた矢先に呼び出された。


 そうして彼女の自室にて面会を果たすや──告白されて、今に至っているのである。


「だいたい、貴方の口のきき方も気に入りませんの!」


 そう言い放つやエチカは手にしていたグラスを傍らの猫足テーブルに打ち付けた。


「そのように申されましても……」

「それ! その他人行儀な態度も何なんですの!?」


 騎士の誓いを立て、正式に彼女の護衛に付く数か月前まではハルはため口でエチカと接していた。

 しかしながら主従の誓いを立てたあの日より、ハルはエチカへの態度を改めた。

 その一つが今も指摘にあった言葉遣いであり、エチカはそれが気に入らない。


「一つくらい言うことを聞きなさい! 私と二人きりの時は、今までのように振舞うこと!」

「…………」

「よろしくて!?」

「……勘弁してくれよ、エチカ」


 ついには観念して態度を軟化させるハルにこの日初めて──否、数日ぶりの明るい表情をエチカは見せた。


 次いで背を伸ばすや、万歳よろしくに両腕を伸ばしては掲げる。

 その意図もハルは理解している。斯様なエチカの脇に着けるや、彼女の背に右腕を添えた。

 途端に彼女は背後に倒れ込んでその腕に背を預けると、ハルも残りの左腕でエチカの両足をすくい上げ彼女を両腕に抱きかかえる。


 子供の頃よりエチカは他所へ移動する際にはこうしてハルに運ばせた。

 思えばハルの騎士として最初の任務とそして鍛錬は、斯様に彼女を抱えることであった。


「どこへ?」

「ベッド!」


 言われる通りに運びながらもその一歩一歩を踏み閉めながらハルはエチカを見下ろす。

 ハルの腕の中、上唇をとがらせては腕組みをするエチカ──こわばらせたまぶたを閉じて難しい顔をしていたエチカも見下ろしてくるハルの視線に気づいて方まぶたを上げる。

 そうして互いの視線が絡むや、


「姫になんて……生まれてこなきゃ良かった」


 依然として拗ねた表情は崩さぬまま、どこかしおらしくエチカは言った。

 その表情にハルも胸が締め付けられる。

 永らく共にあった仲だ。彼女の気持ちは手に取るようにわかる。


「そうは言ったって仕方ないだろ」


 慰めの言葉はエチカに向けたものか、それとも自分を納得させるものか分からなかった。

 ハルもまたエチカを愛しているのだ。そしてエチカもまたそれを理解しているからこそ告白してくれた。故に戸惑うのだ。


 ベッドについて、ガラス細工を取り扱うかのよう静かにエチカを下ろすと、


「分かりました。……諦めます」


 エチカはそう言った。

 思わぬタイミングでの返事に戸惑うハルをエチカは仰臥のまま、まっすぐに見つめた。


「ですが、思い出をください」


 そして求める。


「抱いてくださいまし。キスも、一生分ください」


 王族の姫君とは思えぬほどに直球で、そして俗物じみた言い回しにハルも当惑する。

 そして当然のごとくそれを拒否しようとするハルを予測していたかのようエチカも先んじる。

 右手の人差し指を立てるや、その爪の先を己の額に当てた。


「受け入れなければ、この顔を傷つけます」


 そんなエチカの脅迫にハルは心の底から戦慄を覚えた。

 透明で、淡い体温の色を宿したエチカの爪がどんな刃や鎚よりも恐ろしい物にハルには見えた。


 そしてそれ越しに見るエチカの瞳に、それがけっして単なる脅しではない決意もまた感じ取りなおさらに恐怖する。


 姫の……王族の顔に傷が残るという事態の深刻さは何よりも理解している。

ましてや一度目はこけたとは言え、他国の王族との婚姻が進められているこの事態において姫(エチカ)が傷物になるということは、相手方の面子もまた傷つける行為である。


そしてその結果として何が起こるのか……永らく互いの間に保たれていた和平は、麻の如くほつれては破られることだろう。


 戦火が上がる──瞬時にそこまでの皮算用がハルの脳裏をよぎった。


 そしてその苦悩を感じ取るエチカもどこか自嘲気味に微笑んで見せる。

 次いでドレスの襟に両手を掛けるや、シルク製の布地を引きちぎり自分の胸元を露わにする。


「…………さぁ、ハル」


 受け入れればそれは国を汚すこととなり、拒めばそれは国を傷つけることとなる……一介の騎士見習いは今、危急存亡の瀬戸際へと立たされていた。



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