☆最後は磔刑にでもしてください

 この世界は私に甘すぎる。そんな風に思っていた。あるいは私は運が良すぎるとか、恵まれすぎているだとか。子供の頃から何もかも与えられて、何不自由ない暮らし。整備された道を歩くだけで、よく出来ましたと褒められる。

 そうして私は、世間一般的に通るとされている茨の道を綺麗に避けてきた。圧倒的な経験不足を感じ始めたのは大学院にまで行った頃だろうか。


 その頃ようやくというか親元を離れ、一人で暮らしていた。研究に明け暮れては気付いたら朝というような生活で、体力は限界だったがやり甲斐はあった。

 しかしやり甲斐だけで生きていけるわけではないのも確かで、ある時ひどく体調を崩した。研究室を離れて何とか自動販売機で飲み物を買い、しかしそれを開けることもできずにうずくまるような始末だったのだ。


『大丈夫?』


 その声が優しかった。それだけだったと思う。


 そもそも私は、概ねどこのコミュニティでも鼻つまみものだった。可愛げがなく無機質で、成績はいいが上の立場の人間にも億さず意見する。私の属するコミュニティはそこはかとなく殺伐とした。いつもそんな仲間たちを見ながら『彼らも、もっと和気藹々やりたかっただろうにな』と申し訳なく思ったものだった。いわゆるサークルクラッシャーというやつだったのだろう。それはもう、物心ついた頃からだったと思う。友人などいなかった。

 可愛げがない。そう、私に対する周囲の評価は概ねこれに集束された。あとは、“面白みに欠ける”と言われたこともある。当然と言えば当然である。どちらも必要性を感じなかった。


 大学教授といえば大抵横柄で、そりが合わなかった。厳しい教授もいた。学生に関心のない教授もいた。その中で“彼”は、教授にしては若く親しみやすく優しかった。それだけ。それだけで私は元より彼にいい印象を持っていたし、その日車で家まで送ってもらったのだった。


 その日を境に彼の態度は微妙に変化したと思う。

 今思えばというか、見る人が見ればそれは下心だとわかっただろう。しかし私には善意と下心の区別はつかなかった。彼は若いといっても教授になるだけの経験を重ねており、妻も子も持つ人だったのだ。

 ただそれは結果的に言えばどちらでもいいことで、私の方にも“彼がその気ならそれでもいい”という思いはあった。

 そうして予定調和のように、私は彼と交際を始めた。妻子に対する罪悪感は私にはなかったし、私自身に彼を独り占めしたいという気持ちもなかった。それが“恋愛関係”であるかというのも甚だ疑問ではあったが、しかし私は彼といると心が安らぐと感じていた。


 ただ、こんなことをしているだなんて両親が知ったらどんな顔をするだろうとは思った。彼はちょうど、父ほど歳の離れた教授だった。


 妊娠した。その時すでに私は院生ではなく研究者であり、子が出来たということに何ら不安はなかった。避妊をしていてもそれが絶対ではないと知っていたので、驚きもしなかった。それを聞かされてうろたえている彼を見た時の方が驚いたし、幻滅したと言ってもいい。

 子どもが出来てほしくなかったのなら、行為に及ばなければよかったのだ。それだけの話を、ふた回りも歳の離れた男が、しかも教授であるところの彼がわかっていなかったなんて驚きだった。


 彼はいつもの優しい声で『嘘だろう』と言った。それから『お金なら出すよ』と。

『君も、母親になんかなりたくないだろう?』

 そう言われて、“ああこの人は本当に私のことをわかっていないんだな”と思った。

 残念ながら私は、母親になりたかったのだ。


 彼と関係を断ち、私は事の次第を両親に報告した。


 その時の両親の顔、特に母の顔といったら凄かった。そうだ、私は幼い頃に『ママとパパは私が大人になったら何をやってほしい』と聞いたことがある。母はこう言ったのだ。『あなたはいいところにお嫁に行って、幸せになるのよ』と。

 その母が、可哀想なくらいにわなわなと震えて私の頬を叩いた。そうよね、と私は思ったが口には出さなかった。両親から手を上げられたのは初めてだったが、その時のそれはとても真っ当なものに思えた。


 母は私を、嫌いだったと思う。いつからかわからないけれど、どこかで私を嫌悪していた。その理由はやはり『可愛げがない』というものに集束されるということも、私は薄々感じ取っていた。

 ああ、それでも母親というものは凄いなと私は感心する。「どうして」と泣いた彼女の目は確かに私を愛していたのだ。手塩にかけて育てた娘が道を踏み外し、本当に心の底から悲しんでいた。


 そして父の方はというと、すぐにいつもと同じ醒めた目になり私を叱った。不倫という行為がどれほど愚かで、社会通念上許されないことなのかを懇々と諭し、その上で「しかし相手のご家族は君の存在を知らないんだろう」「君もまだ若い。やり直せる」と話した。


「産みたいの。この子を」


 そう、私は言った。父も母も絶句して、「なぜ?」と問うた。私は思う。“どうやって”ならまだしも“なぜか”と問うことになんの意味があるのだろうと。

「命だから。もう、私のお腹にいる時点で命だから産みたいの」

 ぴくりと父の眉根が上がった。「お前が」と吐息混じりの声を出す。

「お前の立場で、倫理を語るんじゃない」

 穏やかで無機質。だけれど多分に冷ややかさを含んでいた。

 父から『お前』と呼ばれたのはいつぶりだろうかと考える。父は昔から私のことを、娘ではなく一人の人間として扱ってきた。


「百歩譲って、お前が妻子ある男と関係を持ったのは自己責任としよう。しかし、子を産んだからにはお前は親だ。親には子どもを幸せにする義務がある。ままごとではないんだ」


 子育てがままごとではないのだとご存知だったのね、と私はいたく感動する。もしかしたら口に出していたのかもしれなかった。父の顔色が変わる。

 思えば、父と母の人生において私は小道具もいいところだった。小道具にしては愛された方だとしても、である。


「私の人生の主役は、私ではなくこの子だと思うの」


 自分の腹を撫でながら呟く。この小さな命が宿ったことを知った時に走った直感。確信。“そのためにここまでやってきたのだ”という得も言われぬ感動。恐らくそれらを知ることのなかった私の両親が、奇妙なものを見る目で私を見ていた。


「頭を冷やしなさい。中絶に必要な金は後で振り込んでおこう」

 もうほとんど興味を失くした様子の父がそう言った。私はできる限りやわらかく微笑んで「要りません」と言う。


「パパ、ママ、さようなら。今までお世話になりました」


 目を伏せる。自分がこんなにも自然に笑えるのだとは思いもしなかった。

 嫌な女。本当に呆れるくらい、嫌な女。


「たくさん愛してくれてありがとう」

 そのすべてが、私には不要でした。

 上手くいかないものですね。あなた方の与えるものを、全て素直に受け取れる子が、あなた方のところに生まれればよかったのに。


 母はひどい顔をしていたが、父は驚きもしていないようだった。

 ただ彼にしては珍しく、少し考えこむ素振りでこう問いかけてきた。

「僕は何か、間違えていたのかな」

 だから私は緩く頭を振って、「いいえ」と答える。

「いいえ、パパ。あなたが間違っていたことなんて一度もなかった」

 それでも私は間違えたのだ。正しいことしか言わない、やらない父。可愛げのない娘の存在を許容してくれた慈悲深い母。そんな両親に導かれても私は道を踏み外したのだ。誰が悪いと言ったら、私が悪いに決まっていた。


 父はしばらく私の目を見ていた。手に力が入ったように見える。それでも瞬きを一つして、「好きにしなさい」と口を開いた。

「僕は僕の意見を述べ、君もそうした。それだけの話だ。お互いに、これ以上無駄にする時間はないだろう」


 私は頷いて、部屋を出ようとする。

 思い出す限り父は私に関心がなかったが、それでも私のことをよく理解していたように思う。なぜなら私は父親似だったからだ。

 その目が苦手だった。私がどんなに正しいと思い意見しても、それを上回る正しさで冷ややかに釘をさす。幼い頃からそうだ。父の前で私は緊張して、ろくに喋ることができなかった。だけれど憧れは、私がなりたいと願ったのは、父のような姿だったのも確かだ。


(ねえ、パパ。大嫌いで大好きなパパ。いつかあなたを言い負かしてやりたかった)


 ドアを閉める。廊下を歩く。外に出る。

 幼い頃から私を見てくれていたお手伝いさんが声をかけてくれた。そういえば、私が大きくなり自立していくにつれお手伝いさんは随分少なくなったものだった。私の存在により、そんなところまで両親に出資させていたのかと落ち込んだりしたことも覚えている。

「お父さまとお母さまは、お嬢さんのことを本当に大切にお思いですよ」

「ええ。わかっていますよ。わたし、とっても愛されていた」

「……しばらくしたら、お母さまからご連絡があるでしょう。意地もほとぼりも冷めたころ。どうぞその時は、お戻りください」

「でも、父からはないでしょうね。あの人は私のことをよく知っているから」

 お嬢さん、と彼女は私の腕を掴んだ。「忘れないで。お父さまとお母さまは本当に貴女を愛していたのです。ただ、愛し方がわからなかっただけなのです」と懸命に訴える。

「この進藤も、あなたを実の娘のように愛しています。つらいことがあったら戻っていらっしゃい。ご両親と何があったにせよ、私がおります。あなたの子であれば私どもからすれば孫のようなもの。きっと可愛いでしょうから」


 これを。

 これを言ったのがどうして彼女だったのだろうと思う。


 私はうつむいて、「ありがとう進藤さん。子どものころから、ずっとずっと。今まで本当に、ありがとう。わたし、あなたのようなお母さんになるわ。あなたのようになる」と何度も繰り返した。

 それから私は彼女に別れを告げ、往来を歩く。


 進藤さんの言うとおり、数か月もすれば母から何らかの接触があるだろう。電話番号を変えようかと思った。余裕のあるうちに、引っ越しもしよう。なぜそこまで、と我ながら思うがきっと私はそうするだろうと思う。


 歩きながら、私はお腹を撫でた。深呼吸をし、両手で顔を覆う。

 ――――顔がほころぶのを止められなかった。


(おんなのこかしら、おとこのこかしら)


 笑いながら、私は軽やかに歩く。叩かれた頬が今更に熱かったが、そんなことはどうでもよかった。私は娘であることをやめて、今日からこの子の母親になるのだ。


(おんなのこでも、おとこのこでもいい。この子のためなら何だってできる)


 ああ、パパ、ママ。私を生んでくれてありがとう。今日まで生きてきて、本当に良かった。

 冬を過ぎたころに生まれるこの子は、どんな風に私を呼ぶだろう。きっとその瞬間に、私のこれまでは救われる。


(はやく、会いたい)


 世界が輝いて見えた。私はこらえきれずくすくす笑って、踊るように歩く。もう両親との決別など、覚えてもいなかった。

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