第2話 マッスルこけら落とし
男は、ゆっくりと村から出た。100メートルほど先に、髪を紅く染めた、がらの悪そうな男達が横に並んでおり、その中央に、
「あれが、
男は、その紅い巨漢に向かって歩いていった。
「ボス! あいつ、こっちに来ますぜ」
その突き出た鼻から、ふん、と息を
「おめえみてえなやつが居るから、クリムゾンが舐められちまうんだよぉ」
そう言って、
「あの男に、ちょっとした挨拶をくれてやろう」
村の中で、その光景を見ていた人々が、口々に言い合った。
「見ろ。人間を、あんなふうに軽々と投げ飛ばしちまうんだぞ」
「あんな化物相手に逆らうこと自体、間違ってるんだ」
「あの男、死ぬぞ」
自分の足元に転がるモヒカンを見て、男は言った。
「おや、昨日の2人組の片割れではないですか」
モヒカンは、まだ息があり、震える左手を、男のほうへと伸ばして言った。
「た、助け……」
男は右手を伸ばし、差し出されたモヒカンの左手を握って言った。
「助かるかどうかは、あなたの運次第ですね」
男は、モヒカンの
モヒカンは、再度、ぐるぐると回転しながら飛んでいき、巨漢にぶつかる直前に、その巨大な左手で払いのけられた。
村の中の人々の間に、今までとは違う感情が芽生えた。
「あ、あの男もすごいぞ」
「ひょっとしたら、
「バカ野郎。
村人は、希望を持つことを恐れていた。その希望を失ったときのショックが大きすぎるからだ。
「ほう。あの男、なかなかやるようじゃねえかぁ」
男は、
「あなたが、
「いかにも。おれ様が
「
「へっ。そいつぁ、すまなかったな。ちょっと女をさらおうと思っただけなんだがね、あんたに、なんか迷惑かけたかい?」
「ええ。非常に不愉快な思いをしました」
「それで、どうする?」
「ここは、男らしく、力比べといきませんか。私も、筋肉には少々自信がありまして」
「
男は、少し間をおいてから答えた。
「クリムゾンを解散し、二度と悪事を働かないと約束してください」
「ああ、いいぜ。ただし、俺が勝ったら、その場でお前を殺して、村の連中も皆殺しだ。それでいいか?」
「構いません」
クリムゾンの集団の中から、嘲笑が
「ボスと力比べだあ?」
「おいおい。本気かよあいつ」
「おいおい。力比べったって、このサイズ差じゃなあ。まともに手を組むこともできねえじゃねえか」
身長190センチほどの男に対して、
「では、わたくしは、あなたの手の平に、手を当てさせていただくとしましょう」
そう言って、男は、両腕を、真横に水平に上げて、
「さあ、はじめましょう」
「貴様! どういうつもりだ。そんな態勢では、力は入れられねえだろう」
「あなたごとき、これで充分です」
頭にきた
しかし、男はびくともしない。
「な、なに……」
クリムゾンの内部に動揺が広がる。
「おいおい。嘘だろ」
「ボス、ふざけてるだけだよな」
「どうなってんだよ」
男は、目を細めて言った。
「おや、どうされましたか。わたくしは、力が入らない態勢なのではなかったですか」
「く、くそが……」
ここで、男が、めいっぱい開いていた両手の指を閉じて、握り
すると、
「がああああ! き、貴様!」
男は無表情のまま言った。
「申し訳ございません。あなたの手の平が、こんなにやわだとは存じませんでしたので。厚いのは、
「く、くそが」
しかし、男は、左手でその蹴りを軽々と受け止める。
「力比べは、わたくしの勝ち、ということでよろしいでしょうか。でしたら、今すぐに、クリムゾンなどという薄汚い集団を解散して、ここから消えていただきたいのですが」
「この男を殺せー!」
目の前で、ボスの
「どうした! てめえら! 今、動かねえやつは、俺が殺すぞ!」
恐怖に駆られた数人が走り出すと、それに引きずられるように、ほぼ全員が、男目がけて駆け出した。何人かは、後方へと逃げていった。
「まったく、
男は、
そのあり得ない光景は、クリムゾンの連中を、一瞬、
クリムゾンは、男の周りを囲むようにして迫ってきていた。
男が、右手に掴んだままの
「これは使い勝手がよろしい。肉のメイスといったところですか」
男が、
「あ、うう、ああ……」
かろうじて意識の残っていた
「おや、これは申し訳ございません。あなたの中指が、こんなに貧弱であることも、存じ上げませんでした」
「うう、ああ……」
男は、
「これで、クリムゾンは解散し、この村に二度と手を出さないと、約束してくれますか?」
「ああ……ああ……」
「大変、安心いたしました。では、あなたが、約束を守れるよう、少々、お手伝いをして差し上げましょう」
そう言って、男は、優しい笑みを浮かべながら、横たわっている
「あなたは、生きていれば約束を破ってしまうでしょう。ですので、約束を守っていただくためには、こうするほかありません」
言いながら、男は、両手で
「さて」
男が周囲に目を向けると、腰を抜かしてへたりこんでいるクリムゾンの残党どもが、情けない声を上げた。
「ひっ……」
「た、たすけてくれ」
「ばけ、ばけ、ばけも、の」
「あなたがたには、一旦、生かしておいて差し上げます。これを機に、心を入れ替え、その筋肉を、弱き者のためにお使いなさい」
残党どもは、震えながら、ガクガクと頭を縦に振った。
「もし、この言いつけが守られていないと、わたくしが判断したときには、即座に、殺します。よろしいですね」
「わ、わ、わかった……。わかった」
残党に背を向け、村に向けて歩き出した男に、ある者が言った。
「何者なんだ……あんた?」
ひたと足を止め、男は、右手の指で、自慢の口ひげを撫でながら言った。
「わたくしは、通りすがりの、筋肉紳士でございます」
筋肉紳士 ~剣と魔法の世界に筋肉で挑む~ 鏡水 敬尋 @Yukihiro_K
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