第42話 それが、いざといふ間際に、急にシスコンに変わるんだから恐ろしいのです。



「なお……ってる」


 学校の前に立ち尽くして、初めて口から零れたのはそんな言葉だった。


「あんなになってたのにどうして………」


 怪物たちに壊された校舎は完璧なほどに修復され、もとの様相を保っていた。


「遅刻するとあれだし……とりあえず行くか」


「そう、ですね」


 戸惑いながらも俺らは学校へと入っていく。周りを見ると、生徒たちが互いに談笑しながら個々の教室に入っていくのが見えた。

 あんな悲惨なことがあったのに、どこか変だ。まるで俺たちだけが違うところに取り残されたみたいな───

 なんて考えていたらいつの間にか七罪の教室の前にたどり着いていた。


「七罪、なんかあったらすぐお兄ちゃんのとこ来るんだぞ」


「はいはい。そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。これでも私はつよい子ですから」


 七罪は微笑んでみせた。俺は小さく頷いてからその場を離れた。一人廊下を歩いていく。


「七宮っちおひさー! っておひさっていうほどでもないか! あはは」


 後ろからくっそテンション高めなやつが肩を叩いて挨拶をしてきた。

 こいつは谷村。濃野の友達だ。ひとつ言っておくと、俺の友達ではないのであしからず。


「お前相変わらずだなぁ……」


 俺が小さくぼそっと言うと谷村はそれをスルーすることなく口を開いた。


「まぁねぇ。このテンションだけは俺の唯一の取り柄みたいな? そんな感じだし?」


 谷村はにへらと笑いながら言う。


「というかお前らあんなことあったのによく笑ってられるよな」


「あんなこと?」


「いや竜とかゴブリンとか。学校もぶっ壊されただろ」


「んぁ?」


 谷村はめちゃくちゃ間抜けな顔をしてみせた。そして哀れむような視線を俺に向けて、


「………もしかして七宮っち、シスコンこじらせすぎて頭おかしくなっちゃった? さすがに俺も引くレベルなんだけど」


「………は?」


 俺は馬鹿にされたことに対する怒りとかそんな陳腐な感情よりも先に、頭の中を混乱と混沌が支配した。


「もしかして……全部覚えてないのか?」


「えっ、何が?」


 マジ、……かよ。どうしてだ。分からない。

 最後にもう一つだけ質問をする。


「馬場セン、死んだの見たよな?」


「馬場セン……? それ誰よ。俺知らんけど」


 谷村はキョトンとした顔で首をかしげた。

 こいつは、マジモンだ。何がマジモンかというとこいつの話し方にはなんら違和感はない。あれを冗談として笑い飛ばせるやつがいたとしたら、頭がおかしいとしか思えない。少なくともこいつはいわゆる一般人だとは思う。

 つまり、この反応は嘘でもなんでもない。

 知らないのだ。学校が壊されたことも、人が何人も殺されたことも、あの血の臭いも。

 全てを忘れてしまっているのだ。周りを見る。どいつもこいつも笑ってる。誰も覚えていない、ということか。

 同じクラスのやつも何人も殺されたって言うのに。くそ。なんだこれ。なにが起きてるんだ。


「………悪い。シスコンこじらせすぎたわ」


 俺は谷村の横を通って自分の教室へと入っていった。

 誰も彼もが笑顔だ。本当にみんな、あのことを忘れているのか。こんなの、変だ。おかしい。


「「「「「「あ」」」」」」


 ………………………ん?

 クラスのほぼ全員が同時にこちらを見た。

 何かやばいものを見るような目だ。俺を横目にしながら次にひそひそと囁きあっているのが分かった。

 俺はその視線を避けるように自分の席へと向かう、とその途中で予想もしてない人物が俺の席の隣に座っているのが分かった。


「ノア……?」


「…………っ」


 そこにいたのは俺の魂の盟友ソウルメイト永淵ながふち路愛のあだった。


「ノアの教室向こうだろ?」


「……そのはずなんだけど…………」


 ノアは俺にも聞こえないくらい小さな声で呟いた。

 俺がそれを聞き直そうとするよりも前に、彼女が教室に入ってきた。


「おいてめーらはよ座れー。ホームルーム始めんぞー」


 あのガラの悪さと乱暴な言い方はどっからどう見ても留萌るもい先生だ。

 どうして留萌先生が2年5組の教室に入ってきてんだ……? ここの担任は馬場センじゃ……?


「───………………あ」


 俺はノアにも負けないくらい小さな声を漏らした。

 あの時、馬場センは竜に食われて、確かに死んだ。あれは夢でも幻でもなんでもない。だが、みんなの記憶にはない。ということは………───。


「世界が改竄かいざんされているのか………!?」


 周りを見ても、誰も留萌先生に対して違和感を感じていない。

 馬場センが死んだこともなかったことになっていて、そもそも馬場センという存在がなくなっている。ダメだ。頭がおかしくなりそうだ。

 俺は頭を抑えながら、自分の席に腰をかけた。

 ちらりとノアの方を見る。目が合ってしまった。お互い、はっと目をみはり、すぐに目をそらす。

 これがコミュ障コミュニケーションだ。

 俺は机に伏せて思考を巡らす。

 ノアがこの教室にいるのも、クラスの生徒が極端に減ってしまったために、それで抜けてしまった穴を埋めるようにこうして他の教室から移動してきたからなのだろう。

 都合が良いように世界が塗り替えられているんだ。

 あんなおかしな事があった直後にこれだ。何もかもが分からないが、どれも納得しようと思えば納得できる。

 だが、ひとつだけ明らかにおかしいとも思える疑問点が頭を支配していた。


「…………どうして、俺は覚えてるんだ……?」



          ◇◇◇



 そんなこんなで俺が悩んでいても、世界の流れは止まっちゃくれない。

 いつの間にか四限まで授業は進んでいた。


 途中、七罪と会って話してみたが、七罪も俺と同じ状況に陥っているようだ。


『あの出来事のことを誰も覚えていない』

『あの出来事で死んだ人間の存在がなかったことになっている』

『死んだ人間を補うように世界が塗り替えられている』


 この3つが今の現状だ。

 誰にも聞こえないようにため息を吐く。

 何が起きても驚かないとは思っていたが、さすがにこれは驚かない方がおかしい。目線を前へと向ける。

 灰咲はいざきの席には彼女の姿はない。どうしてか分からないが今日は欠席しているようだ。

 濃野はちゃんと出席している。途中の休み時間にあいつに話しかけようとしたが、毎回のように目を離した瞬間にどこかへと行ってしまい、声をかけることすらできなかった。

 そうなると、この教室で知り合いはノアだけということになるが───


「………っ」


 何回目になるでしょうか。ノアさんと目を合わせると、すぐにノアさんが目を背けてしまうんです。

 理由は分からないが、俺のことを避けているようだ。昼休みになったらノアにちゃんと話聞いた方がいいよな、さすがに。


 俺がうなだれるように前を向くと、現文の留萌先生と目が合ってしまった。


「よーし、じゃあシスコ……じゃなくて七宮。今言ったところ読んでくれ」


「今一瞬シスコンって言いそうになってませんでした……?」


「いやーだってお前なー」


 留萌先生は口角を上げて悪い笑顔になった。なぜか、くすくすとクラスの他のやつも小さく笑っているのが見て取れた。

 ………え? なんで? 俺、なにかしましたか?


「あんな校庭のど真ん中で『妹大好きだぁあぁああああああ!!!』なんて叫んだら、なぁ」


「変な方向に歴史が改変されてる!?」


「歴史が改変だぁ? お前シスコンこじらせすぎて頭いかれたのか?」


「……ぐ………」


 くそぉ。何を言っても納得してもらえないだろうからなにも反論できない。俺になんの恨みがあるんだよ、この世界改変システム……。

 ていうかさっきから気になってたけどシスコンこじらせるってなに? 俺も使っちゃったけど、流行ってるのなんかむかつくんだけど。


「ま、いいや。シスコンは放っておいて、その隣の永淵、56ページの最初から読んでくれ」


 もはや七宮と呼ばれなくなってる!?

 くそ、なんか屈辱だ。シスコンは罵倒のセリフじゃないはずなのに。むしろ褒め言葉なのに。

 指名された隣の席のノアが教科書を持ってがたりと立ち上がる。


「…………………………………………………………………………………………………………」


 そしてノアが座る。


「…………え?」


 留萌先生が呆けた顔をする。


「永淵お前、読んでから座れよ。なにひと仕事終えたみたいな顔してんだ」


「………っ!?」


 ノアはびくっと震えて驚いてみせた。去年同じクラスだったから分かるが、ノアはこういう場ではめっっちゃくちゃに声が小さくなる。もはや隣に座ってる俺ですら聞き取れないレベルだ。

 俺は粗暴な態度の留萌先生にちょっとイラッときたので口を開いた。


「留萌先生、今の聞こえなかったんですか? ちゃんと永淵さん言ってたじゃないですか」


「え? まじ?」


「マジですよ。なぁ、谷村。聞こえてたよな?」


 谷村はこちらに振り返って「えぇーっ!? 俺に振るのぉ!?」という顔をした。そして留萌先生の方へと向き直ってから、


「き、聞こえてましたよあははぁ。やだなー留萌先生、耳におつまみでも詰まってるんじゃないですかぁ?」


 誰がそこまで言えと言った!?


「なるほどー。私の耳にさかなが詰まってただけかー。おっけわかった。じゃあ小林、永淵の読んだ次から読んでくれ」


 留萌先生はにこにことした笑顔で言った。

 そして、その不気味な笑顔を保ったままこちらを見た。


「谷村と七宮はあとでこっちこいよ」


 ………なんか、殺されそうです。

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