第40話 妹のいないシスコンを救い出すことはできますか?


 七罪に会いたい。


 そんな思いで目を開ける。


「.......知らない天井だ.......」


 これ一回言ってみたかったんだよな。

 実際に知らない天井ではあったけど、ここがどこかはすぐに分かった。

 ここはおそらく病院だ。

 俺は病室のベッドに横たわっていて、真っ白な汚れのないシーツを被っていた。

 カーテンで囲まれているのを見るに複数人いるタイプの病室だろう。

 外は明るい。昼時くらいか。

 俺はどれくらい眠ってたのだろうか。

 フィクションだとこういう時のお決まりのパターンとして目覚めた隣にヒロインがいたりする展開が良くある。

 カーテンの向こうに人影が見えた。

 もしかして、七罪がそこにいるのかもしれない。期待に胸を膨らませてその方向を見続ける。

 しゃーっ、とカーテンが開けられ、その向こうにいたのは─────


「おお、目を覚ましたか七宮」


「そんな気はしてたよチクショウ!」


 そこにいたのは千輝ちぎら先輩だった。

 患者服を着て、隣のベッドに座っている。

 察するにここは俺と千輝先輩が共に入院していた部屋なのだろう。

 覚醒して初めて会う人間がヒロインじゃないってどんだけテンプレじゃないんだよ.....。しかもこの先輩って。


「貴様、なんだその言い草は。一夜を共にした仲だと言うのに」


「言い方やめてくれませんかね!?」


 千輝先輩は女子のパンツを盗撮する部、通称『深淵を覗く部』の部長だからそっちの人ではないということは分かってはいるものの言い方が怖すぎた。

 しかもこの人俺にラブレター紛いの手紙渡してるんだよな.....。俺の処女失われてないよね.....?大丈夫だよね.......?


「七宮、大活躍だったんだってな。他の奴らから聞いたぞ」


「ええ、まぁそれなりに頑張りましたから」


「褒めてやろう。この俺直々に褒めてやることなんて滅多にないぞ、ハッハッハ」


「あ、ありがとうございます」


 この人も今は大きく口を開けて笑っているけど、その頭には包帯が巻かれていて、片腕にはギプスが付けられている。

 千輝先輩も最前線で戦った勇士だ。

 戦っている時間で言えば俺よりも賞賛されるべき存在だと思う。ちょっと癪だけど褒めておこう。


「千輝先輩も凄かっ─────」


「どーーーーーーん!!!!」


「うわあぁっ!!」


 突然、部屋の扉が大声と共に思いっきり開かれた。唐突な喪黒〇造みたいな大声に俺は冗談みたいにビックリしてしまった。

 その声の主は────


「ちょっ、ちょっと会長。しーーっです。病院ですからねここ」


「分かってるよトッキー。およ、ベルちゃーん起きてんじゃーん!!」


 そう言って立花たちばな会長は俺のベッドにルパンダイブより強烈な立花ダイブで俺に抱きついてきた。


「いたたたたたっ」


「ちょっと会長っ!」


 空閑くがが会長を制止させようとするが、自由奔放な会長相手には何も効かない。

 そして俺の頬に頬ずりする。ほんと見た目も中身も子どもっぽいなこの人。

 会長は頬ずりをやめて、俺の足の上に乗る。

 あの、一応怪我人なんですけど僕。


「ベルちゃん起きて良かったー。倒れた時は死んじゃったのかと思ったよね」


「まぁ、確かに七宮いきなり倒れましたもんね。倒れてる顔も悔いがないような死人みたいな顔してましたし」


「マジかよ.......」


 南々瀬ななせの台詞に呆然と相打ちを打つ。

 見ると、生徒会のメンバーが全員揃っていた。

 みんな私服で空閑なんかは凄い女の子っぽくて可愛かったけど、やっぱりあの人は違った。

 露出魔の風弥かざみ先輩は今日も今日とてピチッとした服を着ている。全身タイツのような紺色の水着だ。

 なんでこの人捕まらないんですかね.....。みんな慣れてしまっているのか誰もその姿にツッコミを入れない。俺は全く慣れていないので目のやりどころに非常に困る。


「それにしてもベルちゃんかっこよかったよね~」


「ほ、ほんとですか?」


 立花会長はいつの間にか俺の事をベルちゃんと呼んでいた。どこで下の名前を聞いたのだろうか。

 すると、風弥先輩が口を開いた。


「『これがシスコンの力だああああああ』とか言っちゃってましたよね。ウケる」


「なんだあんた喧嘩売ってんのか!?」


 風弥先輩がJKみたいな口調で煽ってきた。まぁこの人JKだけど。

 どっちかって言うとJK女子高生じゃなくてJK常識を知らない人だよな。


「そう言えばあの時風弥先輩って何をしてたんですか?あの場にいませんでしたけど」


「私は校舎内の怪物を掃討しました。目標を達成したのちにグラウンドに向かったタイミングでシスコンがシスコンしてましたね」


「なんですかその動詞は」


 この人はこの人で色々やってたんだな。ただのJKではないということか。


「まぁ、なんにせよお疲れ、七宮」


「おう」


 南々瀬は共に死線をくぐり抜けた戦友だ。

 彼がいなければ俺が竜にトドメに刺すことは不可能だっただろう。


「わ、私からもお疲れって言ってあげても良いんだからね!」


「お、おう.......?」


 空閑はテンプレみたいなツンデレで俺を褒賞した。空閑にも助けられた。あの場の誰一人欠けても、あの障壁を乗り越えることは出来なかっただろう。


 パシャ、パシャと妙な音がするので、隣のベッドを見ると、風弥先輩を写真に収める千輝先輩の姿が。


「千輝先輩は.....何やってんすか.....」


「ああ、これはいつものことだから気にしなくていいよ~」


 立花会長が間延びした声で答える。なんだこの人達やべぇだろ.......と思わざるを得ない。

 俺と視線のあった南々瀬が口を開いた。


「これ以上ここにいても迷惑でしょうし、そろそろおいとましましょうか、会長」


「え~~~嫌だ嫌だもっとここにいる~~」


 立花会長は子供みたいに駄々を捏ねた。

 しかも俺の上で。

 あの、動かれると痛いです。身体の傷がちょっと疼くんです。厨二病的な意味じゃなくて。


「なんだ蕾果らいか、そんなに俺と一緒にいたいのか。やれやれ、困ったやつだな」


「ちぇすとおおおお!!」


「ぐああああああああッ!!」


 立花会長のクロスチョップが千輝先輩の腹に命中。そのままベッドに倒れ込む。


「い、一応言っとくが俺怪我人だからな蕾果.......」


「知ってる。だから攻撃したんだよ」


「鬼畜かこいつ!?」


 初めてツッコミ側に回る千輝先輩を見たかもしれない。


「シスコンさん、お大事に」


 まず始めに風弥先輩が部屋から出て行った。それに着いていくように空閑、次に南々瀬が出ていく。


「またなっ、七宮〜」


「おう」


 そして部屋には俺と千輝先輩と立花会長が残され─────


「およ、みんないなくなっちゃった。じゃあ私達も行こっかな」


「そうだないででででで」


 立花会長が千輝先輩の首の後ろを掴んで引っ張っていく。

 忘れていたけど立花会長はとんでもない怪力で、ほぼ一人でドラゴンと戦ってんだよな。


「またね、ベルちゃん」


「はい、わざわざお見舞いに来てくれてありがとうございます」


「うん! また来るね」


「また会おう七宮って痛い痛い痛いから!!」


「は、はい」


 .....ご愁傷さま、千輝先輩。

 あなたのことは忘れません。

 ぴしゃりと扉が閉められ、部屋に静寂が訪れる。


「ふぅ.......」


 本当に騒がしい人達だな。

 でも、なんだかんだみんないい人で。

 七罪がいなかったら、彼らとは出会うこともなかっただろう。

 ふと、千輝先輩のいたベッドとは違う方を見ると机の上にラップのかかったリンゴと置き手紙があった。

 俺は手を伸ばして手紙を見る。


『私がこのリンゴ切ったんです。初めて切ったので少し不恰好かもしれませんけど、良かったら食べてくださいね。私は六華ちゃんとお見舞いのをいろいろ買いに行ってます。なつみより』


「かわいいかよ.....」


 なんかもう全てがかわいい。

 文字ですら可愛い。妹ってなんて可愛いんだ。

 普通の女の子じゃこの可愛さは出せない。妹ならではの可愛さだ。妹の切ったリンゴですらもはや可愛い。

 俺はこのまま脳内で妹の素晴らしさ《兄が弱々しい状態の妹編》について何十時間と語ることが出来るが、さすがに疲れるのでやめておこう。


 ラップを取り外して、妹の切ったリンゴを眺める。

 ウサギの形にしようと頑張ったのだろうが、奇妙な形になっている。

 これはウサギというより.......ウナギ?

 逆に凄いなこれ。

 俺はそれを一つ口に運ぶ。


「うまい.......」


 次のウナギ型のリンゴも口に運ぶ。

 美味しい。これが妹の味か。


 なんだか、これを食べているとここ最近あったことが頭に思い浮かんで────


「.......あ、あれ...........?」


 いつの間にか、俺の頬を涙が伝っていた。

 ぽろぽろと涙が目から零れ落ちる。

 俺はそれをお構い無しにリンゴを食べた。


「.....なん、だこれ.........」


 なんで、俺。

 涙を流してるんだ?

 一週間前まで俺は血も涙もないような。

 妬みと恨みで出来た人間だったのに。

 いつの間に俺はこんな─────


「.........っ」


 なんだか、胸に来るものがあって、心臓のあたりをぐっと右手で抑えた。

 心の中の何かが、溢れ出して止まらない。

 俺は何とかそれを胸の奥底にしまい込んだ。


 これ以上、涙は流せられない。

 袖で涙を拭い、空になった皿を机に戻す。

 お前のリンゴ、最高だったぜ、七罪。

 七罪の切ったリンゴに最大級の褒賞を送ったところで、部屋の扉がノックされた後、開けられた。


「あら、起きてたのね」


「ベルフェゴール、起きたのか」


 そこにいたのはノアと灰咲はいざきだった。


「よ、二人とも。さっき起きたばっかでさ。二人で一緒に来たのか?」


「いや、灰咲とは病院の入口でたまたま、な」


「ノアちゃん。灰咲、じゃなくて下の名前で呼んでいいのよ」


 灰咲がノアにキスするかってくらい顔を近づける。


「し、下の名前?.....い、いやでもそれはちょっと、その、烏滸おこがましいというか.........うぅ......」


「ほら、凪咲なぎさちゃん、っていってみて」


「な、な、なぎさ、ちゃん?」


「はぁぁぁぁ......」


 灰咲は嬉しさで昇天し、隣のベッドに倒れた。

 さようなら灰咲、君のことはキャラが強烈すぎて忘れたくても忘れられないだろう。


「ベルフェゴール、これ。見舞いの品だ」


 そう言って彼女が渡してきたのは漫画の単行本五冊。

 入院してる時は暇だから正直こういうのがかなり助かったりする。


「ありがとう、ノア」


「ああ。でもベルフェゴールが起きて良かったぞ。私はてっきり100年の眠りについたのかと」


「ブレスオブザワイルドか」


「ベルフェ、目を覚まして......」


「ちょっと言いずらそう」


「七宮ベルフェゴール、目を覚まして......」


「言いずらそうってレベルじゃねえな!」


「怠惰の使徒七宮ベルフェゴール、目を覚まして......」


「そのゼ〇ダ絶対ふざけてんだろ!」


 なんかこの感じ懐かしいな。

 ノアのボケは灰咲と違って清楚だからこちらとしても助かる。


「そうだ、ノア、あの時の礼させてくれ」


「えっと......あの時って?」


「ほら、俺が灰咲を背負ってた時に竜の尻尾の攻撃をビビって避けられなくて。その時にノアが膝カックンしてくれたおかげで俺達は命拾いしたやつだよ」


「あ、あぁ、あの時か」


「ありがとう、ノア。本当に感謝してる」


 俺はノアの顔をまっすぐ見て微笑んだ。

 彼女は頬を染めて、目を逸らす。そんなに照れなくてもお前が凄いやつってのは本当なのに。謙遜すんなよ。


「でもなんであの時、俺達の元に来てくれたんだ?ノアは隣の教室にいたんだろ?」


「そ、それは......」


 ノアは下を俯いてもじもじしながら小さな声で言う。


「.......ベ、ベルフェゴールと灰咲は、私の.....と、と.....友達だから......な、なんかあったらって思って......」


「え?何だって?」


「な、なんでもない!」


「まぁ、俺とノアはマブダチだもんな!」


「お前マジでその難聴芸やめろよお!!」


 俺は、ははっと笑いノアを見つめた。ノアは涙目になって俺の肩をぽんっと軽く叩いた。

 ノアをいじるのはこれくらいにしておこう。

 すると、灰咲がベッドに伏せた状態から立ち上がり、こっちを見て口を開いた。


「あら、七宮君。よく見たら夢〇してるじゃない」


「あんた何言ってんだ!?」


 いきなりお下品過ぎるぞこいつ!! それ女の子が言っていいセリフじゃないからね!!


「だって七宮君のシーツがいい感じの場所で濡れてるんですもの」


 灰咲が指を指したところを見ると、確かに俺のベッドのシーツがそれこそそんな感じの場所で濡れているが、これはさっき泣いたからここが濡れただけで......。

 でも、泣いたなんて彼女らに知られるのは俺のプライドが許さない。

 それなら夢〇したと思われる方がマシ......なわけねーだろ。


「........これは、まぁスルーしてくれ」


「やっぱり〇精したのね、この変態。去勢するわよ」


「引っ張るなよそのネタを! もういいだろ!」


「なるほど、おいなりさんと寿司ネタをかけたわけね.........死ねば?」


「お前の思考回路どうなってんだ!」


「シコシコ懐古? はぁ、死んでよほんと」


「耳腐ってんのか! あとシコシコ懐古ってなんだ!」


 灰咲は俺の顔を見て引きつった顔をしてドン引きしていた。


「お前が先に言ってんだよ!!」


「ちなみにシコシコ懐古は卒業アルバムをネタにしてシコシコすることを言うわ」


「もう黙れお前!!」


 ほんとこいつ.......。もうどうにかした方がいいと思う。

 .......えっ、というかこの人そんなことしてるの?してないよね。どうかしてないと言ってくれ。そもそも女子のそれはそういう言い方はしないのでは.......いややめよう思考が灰咲に汚染されてる。頭をリフレッシュしなくては。

 すると、ノアが純粋無垢な表情でこちらを見て、


「ベルフェゴール、夢〇ってなんだ?」


「おい灰咲お前ノアに変な知識与えんじゃねえ!」


 灰咲がノアの耳元に顔を近づける。


「ノアちゃん、〇精っていうのはね」


「やめろバカ!!」


 俺はベッドから飛び出してノアに要らない知識を与えようとする灰咲を押し退けて、ベッドに倒した。


「............」


「............」


 なんか俺が灰咲をベッドに押し倒したみたいになってるんですけど......。

 灰咲の長く黒い髪が白いシーツを色っぽく彩る。

 なんか二人で見つめ合って変なドキドキ感じてるんですけど.........。


「........優しく、してね.....」


「アホか!!」


 俺は立ち上がり、自分のベッドに座り直す。

 灰咲といると疲れるな、ほんと。やばいぞこいつ。

 そして、ノアがまたしてもピュアな顔でこちらを見つめた。


「なぁ、ベルフェゴール、シコシコってなんだ?」


「ノアお前わざとやってんだろ!!」


「ノアちゃん、シコシコってのはね」


「お前らもういい加減にしろおおおおおおおおお!!」


 そこで唐突に扉がガラッと開けられ、ナースさんが顔を覗かせた。


「ちょっとここ病院ですよ!! もう少し静かにしなさい!!」


「あ、す、すみません......」


 扉はぴしゃりと閉められる。


「七宮君、病院では静かするものよ。常識じゃないかしら」


「俺が大声出したのは誰かさんのおかげなんですけど......っ!?」


「あら、ありがとう」


「褒めてねぇよ!」


 やばい。ツッコミたくなくてもツッコんでしまう。

 この灰咲という下ネタボケ魔人ほんとキツイ。呼吸が持たないレベルでボケてきやがる。


「灰ざ......じゃなくて凪咲なぎさ。そろそろ私達も行こうか。ベルフェゴールも怪我人だし安静にした方がいい」


 ここに来てようやく俺の身を案じてくれる人が出てくれた。ありがとう、ノア。


「では、ベルフェゴール、また会おう」


「おう、またな」


 ノアはカッコよく部屋から出て行った。

 灰咲もそれを追うようにして俺に背を向けて、部屋から出ようとする。

 だが、彼女は扉の取っ手に手を伸ばしたところで動きを止めた。


「な、七宮君......」


「どした?」


「あの......その、あの時の.......ある.....じゃない?」


 灰咲は振り返って、俺の方を見た。

 その顔は日に照らされて、何故だかそれがとても美しく、輝いて見えて────


「あの時って?」


「.........教室が竜に襲われた時の、ことよ」


「ああ、あれね。そりゃあれくらい当然だろ」


「だから.....ね、その......あ......あ、........えっと......」


「ん?」


「あ.........あ.........その......あり、あり..........あり......」


「あり?」


「アリーヴェデルチ!(さよならだ)」


「なんでブチャラティ!?」


 灰咲はその言葉と共に部屋を去っていた。

 なんだ、あいつ。何がしたかったんだ。

 そう言えば、灰咲、俺の頭に包帯巻いてあげるとかなんとかあの時言ってたような、言ってなかったような。

 俺は手で頭に触れ、そこに確かに包帯が巻かれているのを確認した。ま、さすがにこれは医者がやったんだろうな、うん。

 というか、さっきの灰咲もしかして、ありがとうって言おうとしたのか......?

 いやいやあいつに限ってそんなシンプルなこと言わないか。


 部屋に静寂が訪れると、なんだかどっと疲れが身体の奥から湧いてきた。

 やかましい連中が来て、喋りっぱなしだったせいだ。

 ああ、ほんと疲れる奴らだよ。マジで。




 .........。




「............はぁ......」


 相変わらず素直じゃないな、俺。

 俺の方がみんなに感謝しなきゃいけないのに。もっと俺が伝えるべきなのに。


 一つため息を着いたら、眠気が急に襲ってきて、俺は目を瞑った。




      ◇◇◇




 目を開ける。

 ちょっと目を閉じるだけのつもりだったが、ぐっすりと眠っていたらしい。

 病室は斜陽によって橙色に染められていた。


「すーっ.........すーっ......」


 と小さく可愛い寝息が聞こえた。

 身体を起こして、寝息の主を見る。

 俺の足元には俺の可愛い妹の七罪が椅子に座りながら寝ていた。

 寝顔も最高にかわいい。

 俺は七罪の頭を撫でた。

 さらさらと流れる髪はまるで絹糸のようだった。頭を撫でる度に七罪の淡い髪の香りがそっと鼻を打つ。


 俺は七罪の頭を撫でるのをやめて、特に意味もなく窓の外を見た。

 夕陽が赤く燃え、日没を知らせている。


「んぅ......」


 絞り出されたような声のする方を見ると七罪が目をこすりながら、こっちを見た。


「.....お兄さん、起きたんですね」


 とろんとした、まだ夢の中に居るような声で七罪が話す。


「ああ、おかげさまでな。リンゴ美味しかったぞ」


「ほんとですか? 良かったです。あの、良かったらメロン買ってきたので食べてください」


「うわっ、マジじゃん。六華ちゃんと買いに行ってたのってこれ?」


「ま、まぁそれ、です」


「よっしゃ、二人で食べようぜ」


「私もいいんですか?」


「いいに決まってんだろ、ほら」


 俺は切り分けられたメロンをひとつ七罪に手渡した。

 七罪はそれを受け取って、口にする。


「......美味しいです」


「そうだろ」


「......すっごく美味しいです」


「そうだろそうだろ」


 俺もそれを口にして、感想をこぼした。


「ほんと美味しいな」


「はいっ」


 七罪のその笑顔を見たら、全部吹っ飛んでしまうような気持ちになって────


「いろいろあったよな、この一週間」


「ほんと、ですね.....」


「最初に女神の七罪が現れたところから始まったんだよな」


「そうですね」


「そこから、一緒に学校に行って」


 七罪との投稿風景が脳裏に思い描かれる。


「一緒に家に帰って」


「家への入り方が独特すぎましたよね」


「ははっ。今思うとヤバイよな、あれ」


 七罪と笑い合う。

 彼女の笑顔はいつも通り女神みたいに綺麗で天使みたいに可愛い。


「その帰りに猫撫でたりしたよな」


「しましたね〜。可愛かったなぁ〜」


 七罪はあの時と同じような幸せそうな顔をする。


「一緒にトイレに入ったりもしたよな」


「そ、それはあんまり思い出さないでくださいっ」


 彼女は顔を真っ赤にして腕を振る。


「それで、一緒に部活を作って」


「灰咲先輩も永淵先輩もみんないい人で、安心したのを覚えてます」


「ああ、みんななんだかんだ良い奴だよな。ノアも灰咲も」


「ですね」


 七罪は優しく、柔らかい笑顔で微笑む。


「一緒にお風呂にも入ったよな」


「入りましたね~」


 七罪が遠くを見つめるように視線を逸らした。


「七罪を勝手にスク水にしちゃったよな、あの時」


「もう、まだ怒ってるんですからね、私」


「ごめんって」


 七罪は頬を膨らませて、怒る姿勢をとるが可愛すぎて全然起こってる風には見えない。


「それで、一緒に怪物たちを倒してさ」


「まさかあんなことまで一緒にするなんて思いませんでしたよ」


「ほんとだよな。.........今思い返すと、本当に色々あったなぁ」


 今までの生活が空虚に思えるほど、この一週間の内容は濃すぎた。

 俺が窓の外を見ていると、ふと七罪が言葉を漏らした。


「お兄さん、私」


 俺は七罪の方に顔を向ける。

 彼女は頬を赤らめて、言葉を紡いだ。



「お兄さんが好きです」



 その言葉を聞いた瞬間、心臓がどくんと高鳴るのを感じた。



「.......でもそれって俺を幸せにするための、likeの方の好きだろ?」


「違います」


 七罪はきっぱりと言い切る。


「確かに、初めのうちはお兄さんを喜ばせるべく色々尽くして、好きとか、そういうことを積極的に言ってました。私の中でも本心ではないと自分に言い聞かせてました。────でも」


 下を向いて自分の胸に手を置く。


「お兄さんに可愛いと言われるたびに胸がドキドキしました。好きだと言われるたびに心がぽかぽかしました。この気持ちはなんだろうとずっと思ってたんです」


 彼女はその宝石みたいな双眸で俺を見つめた。


「そして、あの時、生贄を選ぶってなった時に、私を庇って引っ張ってくれたその瞬間に私、心臓が張り裂けそうな思いになったんです」


 七罪は俺の方をただしっかりと見て、


「それに、ドラゴンを倒した後もお兄さんはパタリと倒れてしまって、いつもいつも私にハラハラさせて」


 七罪は俺が気絶した時めちゃくちゃ泣いてたよな。

 その姿は想像も出来ないけど、声だけは聞こえていて────


「でも、お兄さんが無事だった時に心の底から安堵しました。それで気付いたんです」





「これが、この気持ちが、恋なのだと」





 胸が、張り裂けそうだった。

 目の奥に熱いものがこみ上げてきて────



「私はお兄さんに、恋をしてしまったのかもしれません」



 七罪は今までで一番綺麗な顔で笑った。



 その顔を見て、



 俺は彼女に、



 自分の妹に、



 七罪という少女に、



 恋をしていることに気が付いた。



「いえ、そのずっと前から私は、お兄さんに恋をしていたのかもしれないですね」



 妹だから好きなんじゃない。


 可愛いから好きなんじゃない。


 七罪だから好きなんだ。


 俺は、七罪に恋をしていたんだ。


 彼女は優しく微笑む。



「だから、もう一度言わせてください。お兄さん───」



 七罪は潤む目を輝かせて、震える声でその言葉を口にする。





「大好きです」





 そして、俺の頬にそっと口づけした。


 一瞬何が起きたのか頭が理解出来なくて、理解出来た瞬間には頭がパンクしていて────


 バタン、と俺は後ろに倒れた。

 薄れゆく意識の中で、七罪の最高に可愛い声だけが俺の脳裏を彩り続けていた。

 七罪、かわい過ぎる.......。


 俺、マジか.........。

 頬をキスされただけでぶっ倒れるとか.......。


 ああ、やっぱり、


 妹のいないシスコンは、救いようがないみたいだ。












 妹のいないシスコンを救い出すことはできますか?(完)



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