第39話 All You Need Is Sister



 俺は黒い靄に身を投げ出し───


「いてッ」


 床にそのまま転がった。


「なな……みや……?」


 南々瀬が呆けたような虚ろな瞳でこちらを見ている。

 壱定いちじょう先輩は笑顔で語る。


「いやぁ良いものを見せてもらったよ。最高だったね」


 ここは────さっきと同じ部室の中だ。

 黒い霧は俺が飛び込むと同時に消え去っていた。


 な、なんだこれ。頭が追いつかない。


 後ろを振り向くと俺と同じように唖然とした様子のみんなの姿が見えた。

 神志那が手を強く握り締めながら、声を振り絞った。


「お、おい……これって……」


「ああ、安心して。さっき言った悪魔の話はだよ」


 壱定先輩がそういうやいなや、神志那が壱定先輩の顔を思いっきりぶん殴った。その勢いで壱定先輩は地面に叩きつけられる。

 倒れる壱定先輩の胸ぐらを掴む神志那。

 顔が真っ赤に腫れているにも関わらず、壱定先輩は笑顔を保ったままだ。

 神志那は怒りでわなわなと身を震わせた。


「オレ達の覚悟は……ッ! あいつの覚悟は……っ!! ………全部無駄だったって言うのかよっ……なぁ……ッ!?」


「無駄なんかじゃないさ」


 壱定先輩はへらへらと口角を上げながら語る。


「人の本質は絶望的状況でこそ発揮される。おれはキミ達を試したのさ。結果は大成功。キミ達は良かった。凄い良かった。いやぁやって良かったなぁ。あっ、おれのこと殺してくれてもいいよ。良いものが見れたからね、ははっ」


「…………」


 俺は無言で立ち上がって七罪の元へ歩き出し、彼女を精一杯抱いた。

 七罪も俺に腕を回してくれた。お互いに体温を交換し合う。



 温かい。



 生きてる。



 生きてるんだ。



 俺も、七罪も。



「いいね。これだからやめられない」


「あんた、もう………黙れよ」


 南々瀬が小さく呟く。


「ごめん、でももう少し語らせてくれ。おれがついた嘘は悪魔の生贄についてだけなんだ。怪物たちの出現を抑えたのはおれのおかげだよ?」


「質問するので、端的に正直に答えてください」


 俺は七罪の手を握ったまま、壱定先輩に向かって問う。


「まず、この怪物たちは壱定先輩が動かしていたんですか?」


「その質問の答えは────────」


 壱定先輩は俺の方を見て、にやりと笑った。


「ノーだ。これらの模型を造ったのはおれだが、動かしていたのは別の誰かなんだ。おれではない。信じて欲しい」


 信じろと言われて信じられるような信頼が壱定先輩にはないことがここにいる全員分かっていた。あくまで参考程度に聞いているだけだ。


「俺の所持してる大切な制作品が勝手に動き出したから本当に困ったよ」


「だったら、さっきの黒い靄はなんだったんです?」


「あれはおれの〈神技スキル〉、《異扉オスティア》さ。異世界との扉を開けることが出来るんだ」


 異世界との扉ってなんだよそれ、なんてナンセンスな質問はしない。異能力の存在証明が出来ている以上これ以上何を驚くことがあるのか。


「要領を得てないよ。あんたは自分の〈神技スキル〉からモンスターが出てきてそれを自分のせいじゃないって言っているんだよ。これっておかしな話だと思わない?」


「ごめん。そう思われても仕方ないよね。信じてもらえるか分からないけど、おれさ、この能力を制御仕切れてないんだ。さっきは自分の意思で能力を解除出来ない状態にあったのさ」


「でもさっきは七宮がそれに入った瞬間に消えたじゃないか。それってあんたが操作してるからじゃないのか?」


「いいや、違うよ」


 壱定先輩は腫れた顔で笑いながら話す。


「この《異扉オスティア》はおれ以外の侵入を固く拒むんだ。だからおれ以外の人間がこれに入ろうとすると強制的に能力が解除される」


「だったら、初めから有無を言わせずに誰かをその中に入れれば良かったんじゃねぇのかよ」


「なんで? こんな機会チャンスまたとないのに、それだとつまらないでしょ?」


 要するにこの人は、勝手に自分の能力から湧き出るモンスターを止められずに、誰かがここに来て自分の能力が解除されるのをただ待ってたってわけか。

 それを聞いた神志那が再び拳を振り上げる。

 そして、拳は振り下ろされて壱定先輩の頬へと向けられた。

 しかし、その拳が壱定先輩を殴るには至らなかった。

 その手をが優しく握ったのだ。


「セル、カ……?」


 神志那が彼女を見て、そう呟く。

 彼女はさっきまで倒れていた、神志那が守り抜いた少女だった。


「……だ、だめだよ。……人を傷つけるのは、良くない……から」


「だってこいつは、オレらの生を弄んでたんだぞ……それも、こいつの一存だけで……っ。そんなの………そんなの、許せるかよ……ッ!」


「でも………駄目。…………玲恩れおんくんが傷つけたら、玲恩くんもつらいし……き、傷つくことになる………でしょ?」


 神志那は立ち上がり、壱定先輩に背を向けた。

 セルカは毅然とした眼差しで壱定先輩を見る。


「……その、あなたが何をしたのかは……わ、私は分かりません。分かりたくありません。で……ですから、謝ってください。ここにいる皆さんと……被害をこうむった他の皆さんに………」


「……ああ、謝るよ。すまない。キミらを愚弄したつもりはなくても、結果的にそうなってしまったのは確かだ。待つのではなく、誰か人を呼べば犠牲者は少なく済んだのかもしれない。全ての責任は俺の未知への探究心を追い求めるエゴにある。本当に悪いと思ってるよ」


 目の前にいるこの壱定という男は、正真正銘悪人だ。

 でも、その高邁な語り方と精悍な顔つきは何処か憎めなかった。憎みたいのに、どうしてか憎むことが出来なかったんだ。



 ─────ズドンッッッッッッ。



 突然の地鳴り。

 俺達は反射的にその音のした方へと視線を向けていた。

 一難去ってまた一難といったところだろうか。完全に油断していた。

 モンスターの湧き出る出現地点は封じたもののまだドラゴンやその他の残党は倒せていないんだ。


 校庭での生徒会とドラゴンの勝負、さっきまでとは打って変わって会長側が劣勢になっている。

 まさか、あんなに滅多打ちにされていたのに、あのドラゴンがまだやられていなかったなんて。


「……千輝先輩………」


 空閑が呟く。

 千輝先輩は地面に伏すように倒れていて、命は落としていないにしても瀕死状態には違いなかった。

 生徒会長からさっきまでの身軽な身のこなしは無くなっていて、今にも倒れそうなほど疲れ果てているのが分かった。


「壱定先輩、あの竜を倒す方法は何か分かりませんか?」


「あの模型を造ったのは俺だけどあんなに縦横無尽に動かしてるのは俺じゃないからなんとも……。あっ、でも劇中の竜には弱点があるんだ」


「………それってもしかして」


 俺が答えを口にしようとすると、七罪が口を開いた。


「───頭の後ろ、後頭部ですよね」


 そう、以前部活動見学をした時に壱定先輩が口にしていたその弱点。特に内容の無い会話だったけれどそこだけ妙に印象的で頭に残っていた。


「ああ、そうだよ。劇の中であの竜は勇者に首の後ろを剣で突き刺されて絶命するんだ」


「だったらあのクソ竜の弱点も後頭部ってことになるんじゃねぇか?」


「確信は出来ないけど………可能性は、うん、あると思う」


 壱定先輩は確かに頷いた。


「今は生徒会長が何とか食い止めてくれてるけど、彼女や千輝先輩を助ける意味でも早くあの竜を倒さなきゃいけない」


「その弱点ってやつを狙ってみるのね」


「ああ。可能性があるなら、それに賭けてみる価値はあるだろ?」


「確かに今はそれに託すしかない、かも」


「なぁ、時間もそんなねぇし下に降りながら話さね?」


「それもそうですね」


 俺達は神志那の提案に従って三階の転生部部室から下の階へと降りていった。

 未だ、怪物たちの残骸はそこらじゅうに転がっているが、旧校舎文化部棟の怪物はあらかた全滅させたようだ。


「俺の作戦を言うぞ」


 柄にもなく、俺は集団の中心になって考えを伝えた。

 これも以前の俺じゃ絶対にありえない事だ。


「まずドラゴンが頭を下ろしてる状態の時、南々瀬の《時極クロノス》でヤツの動きを止めて欲しい。出来るか?」


「ああ、もちろん。だけど俺の《時極クロノス》は対象が大きいほど一度に止められる時間が短くなるんだ。あの竜の大きさだと持って10秒近くだと思う」


「十分だ。次にドラゴンの首の後ろに剣を突き刺す役だけど」


「それ、私がやります」


「言うと思った」


 七罪が手を挙げた。

 この役はこの中では彼女が一番の適任であることは確かだ。七罪がドラゴンの後頭部を狙える場所に辿り着いた瞬間に俺が《創妹ソロル》で七罪の手に剣を創り出す。

 それが最適解であることは重々承知している。


「でもダメだ、危険すぎる。七罪にそんなことはさせられない」


「私も、お兄さんなら却下すると思ってましたよ」


「だいぶ俺の事が分かってきたみたいだな、七罪」


「そりゃいつも一緒にいますしね」


「おっしゃ! じゃあ、オレがそれやっていいか? ドラゴンキラーとか超カッコイイじゃねぇか!!」


 今度は神志那が手を挙げた。


「あんたはダメ」


 すると、空閑が神志那の提案を即却下した。次にセルカと呼ばれる少女が口を開いた。


「そうだよ、そんなに身体中傷だらけなのに。良く今も立ってられるね……」


「…………誰のせいでこんな傷だらけになったと思ってやがる」


「え、なんて」


「な、なんでもねぇよヴァーカヴァーカ!」


「なっ……!?」


「はいはい喧嘩しない喧嘩しない。今はそんな場合じゃないでしょ」


「そうだぞ~、二人とも」


「えっと、じゃあおれがその役引き受けようか?」


 壱定先輩が遠慮がちに手を挙げる。

 しかし、「いや、あんたにこの重要な役は任せられないな。失敗はできないんだからさ」と南々瀬に却下されてしまう。


「そ、そうだよね。ごめん」


 壱定先輩は先輩なのにそんな威厳も見せずにすごすごと引き下がった。

 さっきまでの余裕な表情は何処にもなく、人が変わったみたいだった。


「てなわけで俺がドラゴンに剣を刺すよ」


 そうして、最終的に俺が竜に留めを刺す役を引き受けた。俺が提案した作戦だ。俺がこの危険な役を引き受けるのも当然だろう。


 肝心なのはドラゴンが頭を下げている時に南々瀬が上手く《時極クロノス》を発動出来るか、ということのみだ。


 そもそも劇中の竜の弱点だから効かない、とかだったら元も子もないのでそれについては考えないようにする。

 俺達は旧校舎から出てドラゴンのいる校庭へと向かう。

 ────にしても相変わらずデカイな、あれ。

 改めて思うとよく壱定先輩あんなの作れたよな。


 俺は《創妹ソロル》で片手で持てる大きさの直剣を創り出した。


「どうぞ」


 七罪の手にずしりと乗っかっているそれを俺は確かに手に取った。腰に鞘を付け、鞘に剣をカシャリと入れる。

 足の震えを何とか抑えて、目的地点へと思いを馳せる。

 すると、背後から七罪の声がかかって、


「無理はしないでくださいね」


「分かってる」


「駄目だと思ったらすぐこっちに来るんですよ?」


「ああ」


「やっぱり私が行きましょうか?」


「いやダメだって。俺が行くから」


「ちゃんと剣は持ちましたか?」


「持ったよ。さっき渡されただろ?」


「行ってきますのチュー、しますか?」


「嫁か! 外出前の夫に対する良妻か!」


「妹ですけど」


「冷静にツッコむなよ!」


「いちゃいちゃしてるところ申し訳ないけど、もう時間がない」


「あ、ああごめんごめん」


 南々瀬が困った顔で俺と七罪のやり取りを遮る。七罪とのキスはしばらくお預けだ。

 最後に七罪は優しく微笑んだ。

 俺もそれに答えるように微笑み返す。


「行くぞ、七宮」


「おう!」


 俺が頷くと共に作戦が始まる。

 俺と南々瀬は同時に走り出し、南々瀬はドラゴンの足元、俺はドラゴンの真正面に位置するように移動した。


「……トッキー!! ………それに七宮、君っ!?」


 会長はこちらに気付いたのか声を上げた。

 彼女は息も絶え絶えで肩で息をしている。

 ドラゴンの攻撃を何とか躱しているが、もう会長側から攻撃はしていない。

 動く模型のドラゴンのスタミナは無尽蔵のようだ。

 ドラゴンはこちらに気付くと、振り向いてその巨大な腕を振り上げて、爪で切り裂こうとしてきた。

 俺は後ろに飛び退けてなんとか、それを回避する。南々瀬も上手く伏せて避けたようだ。


(し、死ぬかと思ったあああああああああ)


 心臓がバクバク言ってる。やばい死ぬ死ぬ。

 見栄張って「俺が行くよ(キリッ」みたいに言うじゃなかったああああああああ。妹の前だからカッコつけたけど、七罪がいなかったら空閑か壱定先輩あたりにこの役押し付けてたわ俺。

 くっそ、やばい。

 え? マジ?

 おいおいおいおいおい。

 今度は反対の腕で攻撃すんのかよ! 待ってくれ死ぬ!!



「………つぁっッ!!」



 あ、危ねぇ!!

 奇跡的に避けられた!! なんだこれ死にゲーかよ!!

 死んでもこちとらリスポーンしないんだよクソ!!

 シスコンなだけの常人なんだよこっちは!!!


「はぁッ……はぁッ……」


 自ずと呼吸が荒くなり、心の中で叫びまくる。

 死ねるわこれ。軽く百回は死ねる。

 よく会長こんなバケモンと戦ってたな。素直に尊敬する。


 だが、俺は。

 こんなところでは死ねない。

 死ぬ訳にはいかない。


 俺には妹がいる。

 愛すべき妹がいるんだ。


 彼女の為にも。

 彼女に、七罪にもう一度会う為にも。



 死ぬ訳にはいかないんだ。



 南々瀬早くこいつを止めてくれ頼む!!

 俺が心でそう願うと共にドラゴンは俺に喰らい付こうと頭を伸ばしてくる。


 好機チャンスだ。


「南々瀬えええええええ!!!!」


「しゃああああああアアアアアアッッッ!!!!!」


 南々瀬が声を張り上げて、ドラゴンの後ろ足に触れて《時極クロノス》を発動させる。

 途端にドラゴンは時が止まったように────いや、本当に時が止まり、ピタリと動かなくなる。




「これが────」




 俺はすかさずドラゴンの方へ駆け出して、





「これこそが────」





 直剣を腰の鞘から引き抜き、






「妹を愛するッッ────」






 真紅のドラゴンの頭の上に跳び乗り、






妹のいる兄シスコンの力だあああああああああああああああああアアアアアアアアアッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!」






 その後頭部に、剣を力強く突き刺した。







 その瞬間、操り人形の糸がぷつりと切れたように、ドラゴンが横に倒れる。


「や、やった……のか?」


 南々瀬、それフラグだから言わない方がいい台詞だわ、なんてツッコむ気力も俺にはなくって。

 安心しきった次の瞬間に俺はドラゴンを背にして倒れた。


 ……や、ばいなこれ、動けない。


 今頃頭からの出血が響いてきたらしい。


 突然、目の前が真っ暗になった。


 手持ちのポケモンが全滅したのか、それとも紐切りで首の視神経を切られたのか。

 そんな冗談が思いつくなら、大丈夫そうだな、俺。



 南々瀬の声がする。

 立花会長の声もする。

 空閑の声も、神志那の声もした。

 留萌先生の声が、濃野の声がする。


 灰咲の声。


 ノアの声。




 そして、七罪の声がした。




 声まで最高に可愛いとか最高かよ。


 七罪が泣きじゃくる声が聞こえる。


 泣かないでくれ。


 七罪のことだろうから泣いた顔も可愛いんだろうな、見えないけど。


 可愛い顔が台無しだぜ、ってよくあるキザな台詞、俺は嫌いだ。


 泣いても可愛いだろ。


 妹はどんな姿だって可愛いもんだ。


 でもそれじゃ泣き止まないよな。


 ああ、やばい、そろそろ意識が──────


 俺は意識が消えるその前に、目の前が見えないにも関わらず、にっと笑った。


 不思議と、そこにいる七罪が笑ったような、そんな気がした。

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