第36話 シスコンスレイヤー



「七罪!!」


 七罪は俺を救けたあとも周りの怪物たちをその刀で斬り伏せていった。

 その姿はまさに戦況を打開すべく天より現れた戦乙女───いや、戦女神のようだった。

 あっという間に周りにいた怪物は駆逐され、全滅した。

 怪物たちは刃物に弱いらしく首に一太刀当たるだけで動かなくなっていった。

 その断面を見るとやはりと言ったところか、肉面があるわけではなく空洞になっていた。


「大丈夫でしたか?皆さん」


「………ええ」


「……七罪、その佩刀は一体………?」


 ノアは呆然とした瞳で問う。


「あとでお答えするので、皆さんは避難してください。まだ残党がいるので」


「そうだな、竜もいるし一旦避難しよう」


 俺は唖然とするノアと灰咲の手を取って体育館へと向かった。

 その途中でまたしても最初と同じような地響きが鳴った。

 校庭の方だ。

 見るとさっきまで校舎にくっついていたドラゴンが仰向けで校庭に倒れていた。

 何があったんだ。


 次の瞬間、小さい人影がドラゴンを蹴り上げた。

 ドラゴンは宙を二回転し、またしても地面に叩き落される。


 あの小さい人影は──────


「生徒会長!?」


 そう、先日会ったあのロリ高校生の立花たちばな蕾果らいかがドラゴンと素手で戦っていたのだ。

 流石にこれには驚きを隠せない。

 あの生徒会長にあんな力があったなんて。

 もしかして、いやもしかしなくても─────


 〈神技スキル〉を所持しているのは俺だけじゃない……?


 喫驚しながらもなんとか体育館にたどり着く。

 体育館では生徒会の空閑や南々瀬、風紀委員会の人達が率先して声をかけていた。

 体育館内には怪物たちはもちろんいない。


「俺は戻るから、お前らはここにいてくれ」


「戻るってどこに……!?」


 ノアが呆然とした様子で俺に尋ねた。


「七罪のところだ」


「危険すぎる……っ! 人が何人も死んでるんだぞ……!?」


「………それでも俺は行かなくちゃ行けない」


 ノアの肩に手を置いた。


「妹がまだあそこにいるんだ」


 俺はノアの制止を振り切って体育館の外へと駆け出す。


「あれ七宮!? どこ行くんだお前!!」


 途中で南々瀬の声が聞こえたが、それを無視して俺は駆ける。

 どこの世界に妹を置いて逃げる兄がいるんだ。


 妹のいる兄がやるべき事はなんだ。

 妹を救けることだろ。

 今度は俺が七罪を、救ける番だ────


「七罪っ!!!」


「お兄さんっ!?」


 七罪は未だ刀を振るい続けて怪物たちを斬り伏せていた。


「なんで戻ってきたんですか!?」


「俺が、兄だからだ!!」


 七罪は俺の方を見て油断した瞬間、ゴブリンに押し倒され、数に押される。


「きゃっ……!」


「七罪、刀を渡せ!!」


 俺が叫ぶと七罪が刀を床に滑らせる。

 俺はその刀を走りながらキャッチして持ち上げる。

 なんだこれ、おっも!!

 こんなの振るい続けてたのか、七罪は。

 俺はなんとかそれを腰まで持ち上げて、


「おらぁッッッッッッッッッ!!!」


 横一文字にゴブリンたちに向けて刀を振る。

 豆腐を斬るようにその身体をすり抜けて両断する。

 そして、奴らは糸が切れたように気力を失い動かなくなった。やはりこいつらは────


「七罪、大丈夫か?」


「は、はい。なんとか、大丈夫です」


 俺は七罪の手を引っ張って持ち上げた。


「ありがとうございます」


 七罪は気恥きはずかしそうに頬を染めた。


「この刀どうしたんだ?」


「襲われそうになった時に急に手に現れて……ってお兄さんが渡してくれたんじゃないんですか?」


「そんなことは……」


 いや待てよ。

 確かに刀とか剣がないとドラゴンには勝てない、みたいに心の中で思ったかもしれない。

 なんにせよ七罪の手に何かが突然現れるなんて俺の能力以外のなんでもない。

 いつもの能力の暴走がこんな時に役立つなんて思ってもいなかった。


「まぁ、なんにせよ七罪が無事でよかったよ」


「お兄さんの方こそ」


 そんな会話をしていると残党がまだ居たのか十体近くのオークが槍を片手に向かってきていた。


「お兄さん、刀を!」


「ああっ」


 七罪の手に俺が今手にしているものと同じ刀を《創妹ソロル》で出現させる。

 刀を両手でしっかりと握ってオークを迎え撃つ。

 一体目のオークを七罪が斬り、二体目を俺が斬る。

 戦闘は俺も七罪もズブの素人だ。

 それでもなお勝てているのは相手は刃物に対しては豆腐のような防御力であること。

 そして、相手の動きが至極単調だからだ。こちらに向かってただ槍を突き刺そうとするだけで、その動きは容易に見切ることが出来た。


 俺は五体目のオークの槍を避け───られずに、それは腕を掠める。


「がッ……」


 俺を攻撃したオークを七罪が斬る。


「大丈夫ですか!?」


「あ、ああ……っ」


 駄目だ。俺にはこの刀は長物すぎる。

 推測するに、七罪がこれを扱いきれているのは《創妹ソロル》が妹を創る能力だからだ。その為、七罪にしか使いこなせないような刀が生まれたんだ。


「………七罪、短剣を創るぞ」


「わっ、分かりました!」


 俺が《創妹ソロル》でナイフよりは少し大きめな短剣を想像して創り出す。七罪の手にそれが出現し、床を滑らせて俺にパスする。

 包丁大の大きさの短剣はよく手に馴染んだ。


「これならっ!」


 俺はそれを片手に次々と敵の首を跳ねていった。

 この怪物たちは打撃ダメージは基本入らないが、斬撃ダメージはとことん入る。豆腐のように切れていく。

 相性とかモンスターの造形とか諸々がなんか───


 ゲーム、みたいだ。


 でも、この傷は本物でズキズキと痛みは増している。


 気持ちを落ち着かせて。

 斬って、斬って、斬っていく。


 背面突きバックスタブ一本突きスラスト横薙ぎホライゾンエッジ


 相手が防御力ゼロだからか、ゲームで知識を得た技が全てヒットする。


 だが、幾ら相手を斬り伏せても次々と怪物が奥から溢れ出ていた。

 そろそろ体力もやばい。


「これっ………はぁっ……。無限湧きってやつなんじゃ……!?」


「そうっ……ぽいですねっ!」


 いくら倒しても湧き出てくるこの怪物たち。

 この無限湧きを対処するには──────


「お兄さんっ」


「なんだ!?」


「このモンスターたち最近どこかで見ませんでしたかっ!?」


「ああっ。俺も同じこと考えてたっ!」


 スケルトンを斬り伏せながら肯定する。

 そう、この中身の無い怪物たち。

 先日の部活動見学で見た転生部の部室の中にいた怪物の模型にそっくりなのだ。

 元凶が転生部の部長、壱定いちじょう先輩であると断言することはできないが今のところ彼しか心当たりがない。


「転生部の部室に向かおう!!」


「はいっ。ですが、この量を相手に進むことは難しいですね」


「ここで俺らが食い止めないと体育館へこいつらがなだれ込むしな……」


 斬り倒しながら少なくとも進んではいる。

 だが、あくまで少しずつ進んでいるだけでこのままだと転生部の部室に辿り着く前に体力が底を尽きてしまう。

 というか既に尽きそう、やばい。


「ベルに七罪!? お前ら何やってんだ!?」


「その声は、濃野か!?」


「ああ、そうだけど!」


 声のする方を振り向くと濃野とその隣には白皙の美少女樗木ちさき茉白ましろが立っていた。


「お前、落ちて死んだんじゃないのか!?」


「あれくらいで俺が死ぬかよっ!」


 濃野はそう言って俺の前にいたオークを殴りつけた。


「かったいなこいつら」


あや、馬鹿でしょ。素手で倒せるわけないよ」


 樗木は濃野に対して軽口を叩く。


「やっぱり俺の《弑逆スレイ》が効かない……。武器のない今の俺らじゃどうしようもないな」


 なんだかよく分からない単語が聞こえたが、それはそれとしてこいつらも戦ってくれるそうだ。


「七罪、こいつらにも武器渡すぞ」


「……っ………分かりました!」


 《創妹ソロル》で俺の持っている短剣と同じものを七罪の片手に出現させる。


「わぁ」


 樗木が感嘆の声を出す。

 片手じゃ持ちきれないからか、七罪はそれをぽとりと落としてしまう。カシャン、と小さな金属音が廊下に響く。


「それ拾って、一緒に戦ってくれ!!」


「………了解!」


 樗木と濃野は短剣を拾って、目の前の怪物たちを斬り始めた。


「まさかお前らも女神憑きだったなんてな。フリーだろ?」


「……え?………ハァッ……なんだって? めがみつき? フリー? めっちゃ忙しんですけど!? 見てわかんない!?」


「はぁ...!? ってまさかお前知らないのか……?というかこの剣を出したのは七罪の能力だとしてお前はなんの女神が憑いてるんだ?」


 体力の限界が来てるのにそんな言葉を羅列されても頭追いつかねぇから!


「なになに!? 意味わからん……っ。目の前の戦いに集中しろよ!!」


「言われなくてもっ!!」


 濃野は次々と怪物たちを斬っていく。驚くことにどう見ても素人の動きではなかった。俺とは身のこなしがまるっきり違う。


「……っていうか」


 樗木はどこ行ったんだ?姿が見えなくなったけど。


「絢、私の〈神技スキル〉のこと言っちゃダメだよ」


「分かってるよっ」


 樗木の声のする方を見ると一瞬だけ姿が見えたが、次の瞬間には消えている。

 すると、濃野の背後からゴブリンの棍棒が頭目掛けて振り下ろされていた。ここからでは距離的に助けられない。


「濃野あぶな────」


 濃野に向かって振り下ろされた棍棒は確かに濃野の頭に直撃した。


「何が危ないって?」


 しかし、濃野は痛がる様子も見せずに背後のゴブリンを短剣で突き刺した。


「お兄さん、ここは彼らに任して私達は転生部の部室へ向かいましょう」


「そうだな……。ハァッ……そろそろやばい、ほんと」


 息切れが、心臓が、肺が、呼吸が、もうなんか全てがやばい。


「濃野、樗木。ここ任してもいいか?」


「俺らは大丈夫だけど……お前ら何か心当たりあるのか?」


「ああ、もちろん」


「オッケー分かった。ここは任せて行ってこい!!」


「絢、かっこつけすぎ」


 濃野のキザな台詞に樗木がツッコむ。


「では、私達は行きましょう!」


「ああっ」


 教室の窓から外に出る。

 向かうは旧校舎文化部棟の転生部部室だ。

 濃野が生きていることに対して安堵しながらも俺は目的地へと歩を進めた。

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