第35話 天の光はすべて妹
なんで、いきなりこんなファンタジーじみた怪物が現れたんだ……?
そんなことを考えるとふと、何処か違和感を感じてしまった。
ファンタジー? フィクション? 異世界もの?
いやいや俺はそんな非現実じみた代物を毎日見てきたじゃないか。
女神がいるんだから、俺に異能力があるんだから。
俺に妹がいるんだから。
ドラゴンがこの世にいても何も不思議じゃない。
妹のいない俺に妹がいるんだ。
これ以上何をいまさら驚く事がある。
俺の頭はいつの間にか冴え切っていて、次に自分のすることを考えていた。
七罪に会わないと────
自分のいる教室を振り向くと既にその過半数がここから逃げて廊下へ行っていた。
ただ、生徒の数が尋常ではないので押しあってなかなか流れが進んでいない。
「みんな落ち着いて体育館へ向かうんだ!!!」
教室の中心で濃野が叫んだ。
あいつはこんな時にも主人公みたいなことしやがって。
教室を見渡すと灰咲が床に腰をつけて倒れているのが見えた。俺は反射的に灰咲の元へと駆け寄り、
「おい灰咲っ!! 大丈夫か!?」
と言葉をかけた。
灰咲は弱々しい声音で言葉を発する。
「ごめんなさい、腰抜かしちゃったみたい……」
「じゃあ俺がおぶるから!」
そう言って俺は腰を下ろして背中を灰咲に向ける。
しかし、灰咲は余程俺に身体を預けるのが嫌なのか、俺の背中と俺の顔を交互に見た。
「こんな時に躊躇するな! 早くしろ!」
「う、うん」
灰咲が背中に乗ったのを認識してから俺らも廊下へと出ようと扉に近づくが、ごった返しになっていてとてもじゃないけど廊下には出られない。
「七宮君、頭怪我してるじゃない……」
「え?ああ、今エンドルフィンやらシスコニウムやらアドレナリンやらで痛みないから大丈夫」
「……私、包帯持ってるからあとで消毒して巻いてあげる」
「マジで? それは助かる」
妙なところで女子力あるな、こいつ。
どこか別の脱出場所がないかと周りを見渡すと、校舎にしがみつくドラゴンに向かって駆ける濃野の姿が見えた。
あいつ何を……。
「お、おい濃野!!! 何してんだお前!!!」
死に急いでるのか!?
素手で挑もうとか何考えてんだよあいつは!! 刀とか剣とかそういう武器がないと倒すなんてとてもじゃないけど、無理だろ……!
濃野はドラゴンの腕に右手を伸ばすも───
そのままドラゴンの腕に振り飛ばされてしまい、
「うぐッ……!」
校舎から落とされる───
「濃野おおおおお!!!」
俺が教室の窓側へと走り、その安否を確認しようとしたが濃野の姿はそこにはなかった。
ここは三階だ。この高さから落ちて生きてるわけがない。
「はぁっ…………はぁっ………」
濃野が、死んだ………?
嘘だろ……?
親しい人物の死をこんなにも身近に体感したのはいつ以来だろうか。
心臓がきつく締め上がる。
息がどんどん荒くなっていく。
「はぁっ…………うぐ…………っ………はぁっ…………ッ!」
ドラゴンの尻尾がこちらに向かってきているのが分かった。あんな質量のあるものがぶつかったら一溜りもない。身体が弾け飛ぶほどの威力はあるだろう。
だが、姿勢を低くすれば避けられる。
しゃがまないと────。
「七宮君……っ!?」
灰咲の声が聞こえる。
しゃがめ、しゃがめ。
しゃがめよ、俺!
おい、しゃがめって!!
────あ、あれ……?
足が、
すぐそこに尻尾が─────
やばい、死────────
────ストン。
誰かに膝裏を蹴られてそのまま倒れ込み、奇跡的にその攻撃を避けられた。
「大丈夫か!?ベルフェゴール!灰咲!!」
見上げるとそこに居たのは〈
まさかこんな形で膝カックンに助けられるとは。
「いてて……。助かったよ、ノア」
「礼はあとにしろ!」
ノアがいつになく頼もしい。カッコよすぎるだろ流石に。
「灰咲、立てるか?」
「ええ、もう大丈夫みたい」
灰咲の手を取って立ち上がらせる。
するとノアが口を開いた。
「廊下はダメだ。天井が崩れて通れなくなってる」
「じゃあノアはどうやってここに来たんだ?」
「向こうの窓から伝って来たんだ」
そう言ってノアが教室の窓を指さす。
なるほど。ノアのいる4組の外側から窓にしがみついて伝ってきたのか。
だがなんで助けに来たとかそういうのはあとだ。
今は、この場をどう切り抜けるか。
「ねぇあの崩れたとこから下に降りられない?」
灰咲が指をさしたのは俺の席があった場所、教室の後ろ側だ。
ドラゴンの行動によって半壊して下の教室まで貫通している。
「でも、あっちは龍のいるほうだろう!?」
「考えてる場合じゃない! 廊下は無理だし、それで行こう!」
俺は先陣切って走り出した。ドラゴンがこっちを見ていない間に上手く瓦礫の上を歩いて下へと降りる。
「大丈夫だ! みんなも降りてこい!」
次にノアが上からスタッと落ちる。
「灰咲! なんかあったら俺が受け止めるから安心しろ!」
灰咲は恐る恐る、瓦礫を伝って降りてくるが、
「………あっ」
途中で足を滑らせこちらに落ちてくる。
それを抱きかかえるように受け止める。我ながら上手くキャッチ出来たな。褒めて欲しいところだが、今はそうもしてられない。
灰咲に回した腕を外して、さっきと同じように下へと降りていき、なんとか一階までたどり着くことができた。
────なんだ、これ。
一階にはゴブリンやオーク、スケルトンがいて─────
血の臭いが辺りを満たし、死体が其処彼処に転がっていた。
ファンタジーかよ、異世界ものかよ。
これが現実なのかよ。
そいつらは生徒を襲っていた。
俺は無意識のうちに駆け出し、
「ベルフェゴール!?」
ノアの呼ぶ声を無視して襲われている生徒を助けようとゴブリンにタックルをした。
ゴブリンはよろめき、体勢を崩すがこんな攻撃ではもちろん倒すことは出来ない。
俺はタックルをした反動でその場に倒れ込んだ。日頃運動していないツケが回ってきたか。
他のモンスターにも目をつけられたのか俺の方へ皆が視線を向けた。
そして、目の前のゴブリンはその手に持った棍棒をこちらに叩き下ろそうとした。
俺は頭を腕でガードしようとしたが───
あっ、これ死ぬやつだ。
最悪の結論に至る。
避ければ良かった。そのまま受けるなんて何考えてんだ、俺。
もう避けることは叶わない。
頭だけが加速して、周りの景色がスピードを緩める。
頭の中ではここ数日の七罪との日々が去来していた。
これが走馬灯ってやつか。
くそ、終われるかよッ。
こんなところで。
まだ、七罪と何もしてないのに。
まだ一緒にやりたいことは沢山あるのに。
こんな終わり方は嫌だ──────
───ザンッ。
次の瞬間、一閃とともにゴブリンの首が吹き飛んだ。
不思議とその首から血は吹き出なかった。
見上げると、そこに居たのは────
「お兄さんを救けにきましたよっ」
刀を持って可愛く微笑む、俺の愛する妹、七罪だった。
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