第34話 妹のために、全てを滅ぼせ



「土曜日なのに学校あるのは珍しいんですかね」


 七罪との登校風景。

 何度見ても七罪なつみの制服姿には新鮮味を感じる。かわいい。


「いやどうだろうな。私立とかだと普通なんじゃないか? てか女神なら知ってるんじゃないのそういうの」


「いや私、学校の神でも全知全能の神でもないので分からないですよそんなの。私がこの世界で知りえてるのはお兄さんのここ一年の生活くらいですよ」


「はーん、そんなもんなのか」


 七罪の話を聞く限り、女神とか神ってのはそれこそ八百万やおよろずいるらしく、七罪もその中の一柱だったようだ。あまり過去については興味ないので詳しく聞くことはないけど。


「お兄さんってずっと土曜の授業サボってましたよね?」


 その通り。

 俺は七罪が現れるまでは本当に絶望に暮れていたので活力は今の100分の1くらいだった。

 土曜の授業は出席は一応とるが休んだからといって進級できなくなるほどのものではなかった。

 だからどこのクラスも土曜はサボるといった良くない輩は多数見受けられる。俺はそのうちの一人だったってわけだ。


「七罪が来てくれてよかったよ、ほんと」


「ふふふ。撫でてもいいんですよ」


「よしよしかわいいなぁいい子だよしよし」


 俺は優しく七罪の頭を撫でた。七罪は頬を緩ませてそれを受け入れる。

 なんだこの幸せ空間は。


「相変わらず仲良しだなお前ら」


 ふと声のする方を見ると濃野のうの兄妹がそこに立っていた。


六華りっかちゃんおはよ〜」


「七罪おはよっ」


「六華ちゃんおはよう」


「ベル先輩おはようございます!」


 六華ちゃんはぱたぱたと駆けよって笑顔で挨拶をする。守りたい、この笑顔。


「濃野先輩おはようございます」


「おう、おはよう」


 濃野は七罪に手を振りながら挨拶をする。

 俺はガンをつけるように濃野に近寄り、


「お前、七罪に手ぇ出すんじゃねぇぞ」


「いや何回それ言ってんだよ……」


「友達の妹と付き合うとかいう不貞な輩がこの世には多いらしいんでな」


「確かにいるけどさ」


 濃野はどこかバツの悪いような顔をしている。


「お兄ぃはもう心に決めた人がいるよね」


 六華ちゃんが濃野に近寄り、肘で軽く小突いた。


「そ、そういうんじゃないけど。まぁこの人がいいってのは無くはないっていうか」


 そこで俺の頭の中でピタリとパズルのピースがハマるようにひとつの結論が導き出された。


「もしかして樗木ちさきか?」


「えっと、いやその人じゃなくって、お兄ぃの幼なじみの女の子が入院してるんですよ」


「あ〜。いつもこいつがお見舞いに行ってたやつか」


「それもすっごいかわいい子で───」


「りっちゃん、もういいから」


 濃野が六華ちゃんの口を抑えてそれ以上語るのをやめさせた。

 幼なじみの女の子が病院に入院しててその見舞いにいつも行ってるとか。

 いやいやどんだけ主人公っぽいんだよこいつ。なんかムカついてきた。俺には幼なじみの一人もいないって言うのに。

 ま、俺には七罪っていう超絶可愛い妹がいるから別にいいけどなっ。


「というかお兄さん今まで誰の見舞いとか聞かなかったんですか?」


「そりゃ、こいつの私情とかまっっったく興味無いし」


「お前ほんとそういう所な。まぁそういうとこがベルっぽいけど」


 俺達は談笑しながらも学校への道を辿る。


「にしてもベルが土曜の講習に出るとか珍しいな。雪でも降るんじゃないか?」


「ふん。先週までの俺とは違うぜ。七罪を得た俺はまさに水を得た魚────いや妹を得た兄、だな……」


「すみませんうちの愚兄がこんな面倒くさくなってしまって」


 七罪が濃野にぺこりと頭を下げた。


「いやいやこいつが元気になってくれて良かったよ。だいぶ前とキャラ違うけど本質は変わってないしさ」


「何偉そうに俺を語ってんだよ」


 俺は軽く濃野を小突いた。


「そう言えば六華ちゃん今日は朝の部活ないんだね」


 七罪が六華ちゃんに語りかける。


「そうなんだ〜。私は別にやってもよかったんだけど休みも必要だ〜って止められちゃってさー」


「りっちゃんずっとやってたもんな〜」


「この前見た時とか凄いかっこよかったぞ。六華ちゃん」


「ほ、ほんとですか?そう言って貰えて嬉しいかぎり、です」


 六華ちゃんは顔を伏せながらも前を歩いて七罪の隣につき、二人で話し始める。


「いつかこの四人でどっか遊び行けたらいいよな」


 濃野が前を向きながらぽつりと呟く。


「ダブルデートか。悪くないな」


「兄妹いるやつ同士の外出をダブルデートっていうやつこの世でお前だけだと思うぞ」


 それは俺もわかる。


「というかさっきの『遊び行けたらいいよな』ってセリフ、言い方も相まって死亡フラグっぽいな」


「ははっ。フィクションじゃないんだからそんなフラグ回収されるわけないだろ」


 濃野は素直に笑った。

 俺は特に考えなしに喋っていたのだが、その時の濃野の表情にどこか引っ掛かるものを感じた。でもそれが何かは凡人の俺には理解することは出来なかった。


 話してると時が経つのはあっという間で、いつの間にか学校の前に着いていた。

 昇降口で上履きに履き替えて、七罪と六華ちゃんを教室へ送る。


「なんかこれも当たり前になっちゃいましたね」


「そうだな」


 気付いた時には非日常は日常になっていた。

 俺には妹なんて出来るわけがないと思っていた。

 でも今はそれが現実となって俺の背中を押してくれる。


「じゃあ私達はこれで」


「お兄ぃ、ベル先輩。またね」


「「おう」」


 くそ、なんかハモっちまったじゃねぇか。

 なんでこいつなんかとハモんなきゃいけねぇんだ……。


「ハ、ハモってる...」


 六華ちゃんが吹き出して笑う。

 俺は七罪に手を振って別れを告げてから自分たちの教室へと向かった。


「お前に妹が出来たなんて聞いた時は死ぬほどびっくりしたけど、もう当たり前になっちゃったな」


「濃野にしてはいいこと言うじゃん」


「俺にしては、ってなんだよ」


 軽口を叩きながらも教室へ入る。


「絢都と七宮っちおはよー」


「うっす」「おっす」


 入って早々、谷村に声をかけられ挨拶を返す。以前は話すことさえなかったやつとも話せるようになっていた。

 当たり前は変われるんだ、ということを改めて感じる。

 俺はすたすたと自分の席に向かい椅子に座る。


 すると、灰咲はいざきの後ろ姿が目に入った。いつもと同じように自分の席で読書をしている。

 その流麗な長い髪が窓から吹く風によって靡く。

 その姿が妙に現実離れしていて、口では恥ずかしくて言えないけど、とても美しかった。

 俺は特に考えもなしに席を立ち、灰咲の元に向かった。女子に話しかけるとか前の俺じゃ考えられない話だけど今の俺には妹がいる。もう何も失うものは無い。


「よ、灰咲」


「……………」


 灰咲は読書をやめてこちらを無言で見た。

 七罪やノアには絶対向けないような敵意……いや殺意の篭った眼光だった。

 俺はそれに負けじと会話を続ける。


「何、読んでるんだ?」


「………………」


 灰咲はこちらを五秒ほど睨み、痺れを切らしたあとに本のブックカバーを外して表紙をこちらに見せてきた。

 なになに…………。


 そこに書かれたタイトルは────『私の蜜壷』。


「官能小説じゃねぇか!」


 俺は思わずそれなりの声量でツッコんでしまい、周りの視線を一心に受けた。

 俺は「い、いやなんでもない」と適当に誤魔化しながら灰咲に視線を戻した。

 や、やばい。教室とかだと変態なの隠してるんだよな。そりゃそうだろ。官能小説を読んでるの隠さないわけがない。

 とりあえず謝るしかないな。


「灰咲、ごめ───」


「何を勘違いしてるのかしら」


「へ?」


 灰咲がこちらを見て口を開いた。

 教室ではほぼ会話しているところを見ない灰咲だが、何がトリガーとなったのだろうか。


「この小説はそんな低俗なものではないわ。謝って」


「ご、ごめん。いやでもそのタイトルは流石に誤解産むだろ……」


「そうね、せっかくだからあらすじを教えてあげるわ」


「おお、助かる」


「これは養蜂場に夜な夜な忍び込んで壷に蜂蜜を入れていくある女の話よ」


 くだらなさすぎて逆に気になるストーリーだな……。


「それが養蜂場主にバレてしまってその女は捕まってしまうの」


「それでどうなるんだ?」


「女は釈放された後、最終的に女の子の蜜壷が最高ということに気がつくわ」


「やっぱり官能小説じゃねぇか!」


 こいつなんなん…………。なんで低俗な小説じゃないって嘘ついたん……。しかも普通の官能小説じゃなくて結構レベル高いやつやん……。あとどこで売ってんのその本……。


「というかオチまで知ってるのになんでこの小説読んでるんだよ」


「決まってるでしょ。抜けるからよ」


「アウトぉぉおおお!!」


 もう駄目だ、こいつ。早くなんとかしないと。

 教室で灰咲と会話するのはお互いのためにも当分やめとこう。

 そこで我らが担任の馬場センが教室へ入ってくる。


「おはようみんなぁー土曜だけどちゃんと来てて偉いなー。出席とるぞー」


 その声と共に俺は自分の席に戻る。

 あんな煩悩の塊みたいなやつが学年順位一位とかにわかには信じられない。

 それでも俺は、あんな内面を知りつつも灰咲のことが気にかかって仕方がなかった。

 朝の日差しを感じながらも俺は以前とは違い、真面目に授業を受けた。

 周りを見るとちらほら席が空いていて、土曜だからと休んでいる不良なやつがいるのが見てわかる。

 全くけしからんな、学校サボるとか。


 ふと、灰咲の後ろ姿が目に入り、図らずとも見入ってしまう。

 彼女の後ろ姿はその中身とは反比例しているかのように凛としていて、可憐だった。



      ◇◇◇



 土曜の講習は三限だけでお昼過ぎくらいには授業が終わる。

 淡々と授業を受けているといつの間にか三限の終わりに差し掛かっていて、時計はぴったり正午を指していた。

 俺は頬杖をついてぼんやりと黒板を眺めていると──────



 ────ズドンッ。



 という鈍い地響きがした。


「な、なにこれ」「地震……かな?」「大きくね?」「あれ、もう止んだ……?」


 その地震は一瞬だったが、とてつもなく大きく、今までに体感したことの無い恐怖が背中から這い寄ってきた。


 世界史の馬場センが優しい声音で言う。


「落ち着けみんな。余波があるかもしれないから一応机の下に────」


 その声を遮るかのようには起こった。

 何か巨大なものが俺の背後を紙一重で通り過ぎていく。それも大きな音を共にしながら。

 一番後ろの席に座した俺の背後にが通るということは必然的に壁は押し潰れるわけで。


 叫び声、校舎の崩れる音、悲鳴。


 教室は幾人もの人の阿鼻叫喚で埋め尽くされた。

 俺は壁が粉々になった礫を喰らう。

 頭に手をやると真紅の血が、べっとりと掌についていて────


 なんだこれ、なんだこれ。


 なんだよ、これは。


 振り返ると後ろ側の壁が無くなり、向こうの教室が丸見えになっていた。

 この惨状を作り出した原因を見る。



 は竜だった。



 そう、ドラゴン。

 ファンタジーやフィクション、異世界ものでは必ずと言っていいほど出てくるであろうドラゴンだ。

 真っ赤な鱗を携えており、背中に大きな一対の翼が生えている。全長二十メートルはあるだろう。

 今は丸見えになった後ろの教室へと頭を伸ばして次々と生徒を咀嚼している。

 生徒を庇って馬場センが喰われた。

 そして、顔見知りの生徒が潰され───


 惨憺、凄惨、悲惨。


 ああ、頭が真っ白になって。

 叫び声すら、耳に残らない。

 地獄絵図だ。


 日常は一瞬にして非日常へと変化してしまった。

 “終わり”ってやつはいつも唐突で、決して待ってくれやしない。


 こうして俺の妹ものラブコメは突然、終焉を迎えた。

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