第37話 妹殻機動隊:SISTER IN THE SHELL



 驚くことに外では未だ生徒会長とドラゴンが戦っていた。

 いや、立花会長だけじゃない。あの深淵を覗く部の部長、千輝ちぎら先輩も戦闘している。

 立花会長は人間とも思えないような動きでドラゴンを殴る蹴るで滅多打ちにしていた。

 千輝先輩は手から光の線を打ち出してドラゴンを焼き焦がしている。


 ……あの人たちビックリ人間過ぎるだろ。


 なんて冗談言ってる場合じゃない。

 ドラゴンは一方的に攻撃を受けているにも関わらず、その真紅の竜鱗には傷一つついていなかった。

 他のモンスター同様に何か弱点があるのだろう。

 

 生徒会メンバーの圧倒的な力に対し、ドラゴンは為す術がないといった感じだ。

 しかし傷一つつかないドラゴンの防御力が相手だとドラゴンが倒れるよりも先にこちらの体力が尽きるのが道理だろう。

 その戦闘を横目に旧校舎へと向かう。


「七宮!? お前こんなとこで何してんだ!!」


 声のする方を見るとそこに南々瀬ななせ空閑くがが立っていた。その顔は疲れ半分驚き半分と言った感じだ。


「あんたらバカなの!? 死にたくなかったら体育館へ避難してよ!」


「……俺達は、やるべきことがあるんだ」


 そうセリフを吐くと共に片手の短剣を彼らに見せつける。

 南々瀬たちは何かを察したように目配せして、口を開いた。


「あんた達も女神憑きなんだ」


「……まぁ、そんな感じだ」


 その単語を聞いたのは今日が初めてだが、それが異能力者を指した単語であることは直ぐに分かった。

 七罪は俺にこのことを言っていなかった。何か、俺に話せない深い理由があったのだろう。他に能力者がいることすら俺は今日まで知らなかったのだ。

 七罪の方を見ると視線を落とし、明らかに落胆したような顔をしている。


 しかし驚いたな。生徒会メンバーは全員異能力を持っているのか。

 スク水露出狂の風弥先輩の姿はここに見えないが、恐らく彼女も何らかの異能力を持っているのが定石だろう。

 生徒会だから異能力を持っているのか、異能力を持っているから生徒会に所属しているのか。どちらにせよ絶対に敵には回したくない。

 先輩方の戦闘を見て確信した。

 あの人たちは危険すぎる。


「で、お前らはどこ行こうとしてんの? 行く宛はあんのか?」


「ああ、旧校舎文化部棟の転生部っていう部活のある部室だ。そこに何か鍵があると思う。とりあえずそこに向かいながら話そう」


「おっけ、分かった」


 俺と七罪は南々瀬と空閑を率いて旧校舎へと駆け出した。


「転生部か……。逢奈あいな、聞いたことある?」


「ちょっと耳にしたことあるくらいかも」


「だよね、俺も俺も。そもそも旧校舎側に寄らないからなー」


 南々瀬と空閑は会話しながら後ろをついてきた。

 ふと隣を走る七罪の顔を見るとどこか申し訳なさげな顔をしていて、


「……私は、お兄さんに多くの隠し事をしてました。今回のこの騒動については全く知りませんでしたが」


 七罪は一旦言葉を切って、そしてすぐに言葉を紡いだ。


「しかし、他の〈神技スキル〉保有者が存在することや保有者の目的等、普通なら伝えるべきことをお兄さんには伝えていませんでした」


 彼女は唇を強く噛んだ。


「言ってなかったこと怒って、ますよね……」


 その顔は今まで見たことがないような苦悶の表情をしていた。そんな顔をするほど、この情報は大事なもので、伝えることが義務に近かったであろう事が伺える。


「七罪、別に俺怒ってないよ」


「………え…?」


「だって、俺にそれを伝えなかったのって俺のことを思ってのことだろ?それに俺が聞かなかったってのもあるし」


「それでも………っ! 伝えていれば今回のことも対処出来たかもしれませんし……」


「妹の思いを無下にするほど、俺はダメな兄じゃないぜ」


 俺は七罪の方を見て笑顔で微笑む。


「その代わり、後でいろいろ教えてくれ」


「……っ」


 七罪は一瞬だけ目を見開いて驚いたような様子を見せて、


「……分かりましたっ!」


 七罪はさっきまで見せていた不安げな表情をやめ、気持ちを切り替えてくれたようだ。

 必死で走っているとようやく旧校舎へと辿り着けた。


「────なんだ、あれ……」


 壁の一部が壊され、風通しが良くなっている。三階のあそこが転生部の部室だ。

 ここからではよく分からないが何か、黒い渦が見えるような────

 見ると各階にモンスターが溢れかえっている。

 すると、南々瀬が口を開いた。


「手っ取り早く情報共有しよう。お互いに出来ることは知っておいた方がいい」


「それも、そうだな」


 南々瀬は自分の胸に手を当て、自らを指す。


「俺は〈時〉の女神憑きだ」


「時………?」


 なんだそのチートの匂いがするワードは。


「と言ってもそんなに大したことは出来ない。触れたものの時間を止めることが出来る《時極クロノス》しか使えない」


 時間を止める……だと……。

 その響きだけで強いということが分かるが、南々瀬の顔は妙に自信なさげだ。『時を止める』が大したことないわけがない。


「私は〈空間〉の女神憑きで瞬間移動、つまりテレポーテーションが出来るんだ」


 なんだそれくそ強そう。


「ただ自分と手に持てるだけの物しか瞬間移動出来ないし、上手くコントロール出来ないからあんま期待しないで欲しい」


 時を止める能力と瞬間移動能力か。

 だいぶブッ飛んでんな。そこまで出来たらもはや神の領域だ。


「で、お前らの神技スキルはなんなんだ?」


 コホン、と小さく咳払いしてから口を開く。


「俺は《創妹ソロル》って能力を持ってる。妹を創ることが出来る能力だ」


 俺は時間も限られてるのでなるべく省略して話した。


「いも………え……? ……今なんて?」


「だから妹を創る能力だ」


「ご、ごめん、もう一回言ってくれ」


「だから、妹を創る能力だって」


「お前っ、こんな時に、ふざけてる場合かよ!!」


「いやふざけてねぇよ! 大真面目だよ!!」


 南々瀬は憤りを見せながら俺の胸ぐらを掴んだ。

 こうなることは正直予想していたが、思ったより強くキレられてしまった。

 そりゃそうだろう。死人も出てるようなこの一刻を争う状況で急に目の前のやつが『妹を創る』なんて言ったら俺ならぶん殴るかもしれない。


「ここにいる俺の妹、七罪は俺の能力で創ったんだ」


 そう言って俺は《創妹ソロル》で七罪の片手に短剣を二本創り出す。

 それを見た南々瀬は俺の胸ぐらから手を離し、驚愕の表情を見せた。空閑も同様に喫驚している。


 厳密に言えば七罪は元女神なので能力で妹を作ったというのは嘘になるが、説明が面倒臭いので今はそんな感じの説明でいいだろう。

 俺は七罪から短剣を受け取り、彼らに手渡す。


「このモンスターたちは刃物でしか倒せない。俺たちで三階まで上がるぞ」


「……分かった」


 俺らはなるべく最短距離で目的地点へ辿り着けるように窓から校舎内に入り込み、進むことにした。

 案の定、動く怪物の模型たちでそこは埋め尽くされていて───


「おらぁッッ……!」


 進んでいくのも一苦労だ。南々瀬はさっき言っていた《時極クロノス》を駆使しながら敵を斬っていく。

 見る限り、一度に一つの相手しか止められないようだ。そして世界の時を止めて自分だけが動く、ザ・ワールドみたいな能力では無いこともわかった。

 そして、空閑は能力を使う様子を見せなかった。コントロール出来ないとは言っていたがそんなに使えないものなのだろうか。瞬間移動といえば能力バトルものでは最強の一角だと思うけど。

 刃物を持っていれば、このモンスター達も恐れることはない。ただ驕ってはいけない。

 どんな時も余裕が生まれた時にこそ、災難がふりかかるものだ。

 それこそ塞翁が馬、禍福はあざなえる縄の如しだ。


 七罪の方を見るとその背後からゴブリンが棍棒を振りかざしているのが分かった。

 それに七罪は気づいていない。


「七罪、後ろだっっ!!!」


「……えっ?」


 ここからじゃとてもじゃないが間に合わない。

 短剣を投げるか……?

 いやいや戦闘において全くの素人である俺がそんなことをしても短剣がゴブリンに当たる可能性の方が遥かに低いだろう。

 それこそ、七罪に短剣が当たってしまうかもしれない。

 俺は七罪の方へと駆けた。

 ゴブリンの棍棒が七罪の頭に直撃する────


 その直前に《創妹ソロル》で七罪の頭にヘルメットを創る。


「てっ……!」


 ゴブリンの攻撃は七罪の頭に当たったものの防御することには成功した。俺には似つかわしくない咄嗟の機転が出来た。


 俺は七罪の頭を叩いたゴブリンの胴に短剣を突き刺す。

 短剣の刃が埋め込まれた瞬間、そいつは事切れた。


「お兄さん、助かりました……」


「妹を助けるのが兄だからなっ」


 上手くいったからって慢心してはいけない。

 心を落ち着かせて、敵を斬り、道を切り開いていく。

 ここからが正念場だ。

 階段の踊り場にも当然のように怪物たちがいた。上を取られていると非常にやりずらいが、切りつければすぐに倒せるような相手だ。

 油断しなければ、いける。

 南々瀬が先陣を切って、ゴブリンを斬る。

 《時極クロノス》で止めたオークを空閑が切りつける。

 俺と七罪もその後ろを追って残党を狩って行く。

 踊り場の怪物たちを倒し尽くすと南々瀬が俺の方を見て、


「七宮、さっきは胸ぐら掴んで悪かった」


「別にいいよ」


「妹を創る能力ってマジなの?」


「まぁ、マジだよ」


八百万やおよろずの神ともいうし〈妹〉の女神もいるんじゃない?」


 空閑がこっちを見て言った。彼女はなんだかんだ俺の言ってることを信じてくれたようだ。


「んなアホな……」


「ほら、今は無駄口叩いてないで先急ぐよ!」


「それもそうだっ」


 空閑の声に南々瀬が答える。

 転生部に答えがあると決まった訳では無い。

 しかし、何かしらのヒントがあるに決まっている。今思い出したが転生部の部長、壱定先輩はこう言っていた。「俺はこの世界に革命を起こしたい一人なんだ」と。

 その言葉が本当だとしたら、今の現状も少しは受け入れることが出来る。

 ただ、受け入れられるだけで理解することは出来ない。なんだってこんな惨いことを……。


『セ、ルカは……ッ!!』


「...っ!?」


 二階へと上がるとどこからか声が聞こえた。男の声だ。


『俺が、護るんだァッ……!!』


 その声だけで声主が満身創痍であることが伺えた。


「助けに行こ!」


 空閑が声を上げ、それに三人が賛同した。

 声のする方向からして廊下の奥の方だ。

 モンスター達を退けながら奥へ、奥へと進んでいく。


 すると、ある部室の中から男の声が聞こえた。

 その部室の扉には非常に達筆な文字でこう書かれている。


 ────罪と罰部。


 部屋の中には傷だらけで血塗れになりながらも一人の少女を背に護るあの男、神志那かみしな玲恩れおんの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る