第32話 孤独のベルフェ
「………えっと、じゃあ気分転換に〈
重苦しい雰囲気を何とかしようと七罪が口火を切った。俺もカッコ悪い姿は見せまいとなんとか気持ちを切り替える。
「練習って具体的に何するんだ?」
「神から与えられし、神の如き異能力〈
そして七罪は「少し語弊はありますが、今のところはそんな感じの認識で大丈夫です」と補足した。
「このままコントロール出来ないままだとお兄さんも私も困ることになりますから」
昨日の風呂場でのことや今日あったことも踏まえて何かしら改善しなければ今後まずいことになるのは確かだ。
「そうだな。これ以上妹に恥はかかせられない。お兄ちゃん頑張るぞ」
「その意気です。では今日はですね、これをやってもらいます!」
七罪はそう言ってスマホの画面をこちらに見せてきた。
その画面に映されていたのは────
「フルコース……?」
「そうです。お兄さんの
「それで料理を作ってそれを養う、みたいな?」
「そんな感じです。知識も増やせて、〈
「な、なるほど……?」
俺は何となく曖昧に頷いた。
「では早速、私が作って欲しい料理の画像を見せるのでそれを《
「わかった」
そんな単純なことでこの能力をコントロールしやすくなるのだろうか。俺の中で押し寄せる不安とは裏腹に七罪がスマホの画面に料理を映してきた。
まずは、
これはまだ何となく理解することは出来る。
俺は画像をしっかり見ながら能力を使う。
すると、七罪の手の上に
そして七罪がそれを口にする───
「んーーっ。美味しいですねっ」
「おお!良かった」
「では次これをお願いします」
七罪の食べている姿を見ていると一瞬で時が過ぎたようでその皿は
………………ナニソレ?
俺は画面をスクロールして材料を見てから何となく味や風味を想像してそれを〈
写真と同じような料理が七罪の手の上に乗る。さっきと同じように七罪がそれを口に運び────
「美味しいですっ」
頬に手を当てて幸せそうな顔をする七罪。
それを見るだけでなんか幸せな気持ちになった。
「本物と同じ味になってんのかなそれ」
「本物を食べたことがないのでわからないですけど、ほんとおいしいですよこれ。ほら、あーん」
少しドキドキしながら七罪のあーんを受け入れる。
「あっホントだうっま。俺もしかしたら天才じゃないか?」
「お兄さんは凄いです天才です。じゃあもっと創っていきましょう」
口直しのソルベにイチゴのシャーベット。
「おいしいですっ」
「美味いな!」
「これもすっごいおいしいです」
「うっまなにこれ」
そしてデザートに苺の乗ったショートケーキとモンブラン。
「おいしいです幸せです」
「俺はもうお腹いっぱいだから無理だわギブ......」
そうして知識はないもののフルコースのような何かを全て創ることが出来た。
その全てが想像を絶する美味しさで、今まで食べたことがない料理でも創り出せることが分かった。
そして、七罪の胃袋が無尽蔵であることも分かった。
「いやぁ〜美味しかったですね」
「本場の味って感じだったよな。本場の料理食ったことないけど」
「三ツ星シェフの料理って感じでしたね。三ツ星シェフの料理食べたことないですけど」
こうして俺達は今日の〈
これで本当にコントロールしやすくなってるのかは正直分からない。
なんか上手い具合に七罪に乗らされたような気がするけど、俺も美味い料理食えたからまぁ、いいか。
俺が久々に満腹になった腹をさすっていると部屋の扉がコンコン、とノックされた。
「ベル兄いるー?」
「いるけど」
これは弟のティアの声だ。
「クソ兄も兄貴もいるし久しぶりにみんなで大富豪やらない?」
クソ兄は三男のラストのことで兄貴は長男のルシフェルを指している。
昔......といっても2、3年前だけどその頃の俺らは今より仲が良くて
兄弟が多い最大の利点として人数が必要なゲームを気軽に出来る、という利点がある。
俺達はみんなゲームが大好きだったから学校から帰ったらいつもみんなでゲームをしていた。それももう過去の話だ。正直、あまり思い出したい記憶ではない。
「俺はいいや。四人でやっててくれ」
「そんなこと言わずにさぁ〜。じゃあ人狼にするから」
「俺はいいって」
「じゃあレジスタンス・アヴァロン」
「……すまん、そんな気分じゃないから」
「ああそっか、彼女さんもいるんだよね……。ごめん無神経だった」
ティアが俺の胸中を察したようにその場を去っていった。
俺がゲームをやるとなると必然的に七罪も参加するわけで。
俺達兄弟に1人七罪が加わるという状況が
「私は放っておいて行っても良かったんですよ」
「いや俺の能力が暴走したらまずいからさ。なるべく七罪とは離れたくない」
俺が言葉をかけると七罪が優しく微笑みかけてくれた。
その笑顔に対して等価交換で与えられるものは俺は何一つ持っていなかった。
交互に風呂に入った後にお互い床についた。
いつも通り、俺は床に敷いた布団で七罪がベッドに寝ている。
俺に妹が出来て浮かれていたけれど、それで過去のトラウマが精算できるほど俺は出来た人間じゃない。
俺は何とかそのことを忘れようと七罪のことで頭を埋めつくそうした。
でもそんなこと不可能な話で、どれだけ七罪のことを想っても頭の片隅にはルシフェルと雅さんのことが居座っている。
………人間ってとことん不便だよな。嫌なことは忘れられたらいいのに。
「………お兄さん」
ふと、七罪の声が聞こえた。
小さく、俺にしか聞こえないような声だった。
「……一緒に寝ませんか?」
「いいよ、別に。お前を襲いそうで怖いから」
「そんな度胸ないでしょう……」
今度は声が小さすぎて何も聞こえなかった。
聞き返すのも格好がつかないと思ってしなかった。
「………じゃあ、私がそっちに行きます」
七罪はそう言ってベッドから下り、俺の布団に入ってきた。
「……狭いだろ」
「いいじゃないですか。こっちの方が暖かいですし」
七罪の手が背中に触れ、図らずとも体温を感じた。
俺は返事を返すことなく、そのまま寝ることにした。
くそ、あったかいしほんとかわいいなこいつ。
「んぅ………」
普段なら聞こえることの無い七罪の小さい吐息ですらこの状況では聞き取れた。
うなじ辺りにかかる艶めかしい七罪の吐く息は妙に暖かい。
今振り返ったら、どうなるだろう。
初めて七罪と会ってその日に一緒にベッドで寝て、その時は妹が出来た興奮から他のことは何とも思わなかったのに。
今、俺の心音は耳に聞こえるほど五月蝿く、バクバクと警鐘を鳴らしていた。
そして気づいた時には、俺は寝返りを打って、七罪の方を見ていた。
「あっ、目が合っちゃいましたね。ふふっ」
七罪はこちらを見て小さく笑った。
俺はドキドキし過ぎて何も口から言葉が出てこなかった。
なんだこれ。こんなの反則だろ。可愛すぎるだろ。
そんなことを考えていたら思わず口から言葉が零れてしまった。
「………可愛いな、ほんと」
「きゅ、急にどうしたんですか」
「急っていつも言ってるだろ?」
「いや、その、なんか今のは………やっぱなんでもないです」
そう言って七罪は寝返りを打って俺に背を向ける。
その背中を眺めながら、俺はいつの間にか気持ちを落ち着いていることに気がついた。
七罪には感謝してもしきれないな。
明日に備えて目を瞑る。
すると、不思議なことにすぐに微睡みに落ちることができた。
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