第31話 時よ止まれ、妹はいかにも美しい
「そもそもなんでスク水なんですか」
ノアと灰咲と別れたあとに早々、七罪が機嫌を損ねたまま俺に問う。
「まぁ俺もいろいろあってだな」
俺は七罪に今日あったことをそれぞれ
机の中に呼び出す手紙が入っていたこと。校舎裏で意識を失わされたこと。七罪をバッグに入れて家に帰ったことについて裁判ごっこをした事。千輝先輩が深淵を覗く部の部長で盗撮魔だということ。生徒会長が子供っぽすぎること。スク水で学校生活を送る変態がいたこと。
………いや改めて思い出すと濃すぎない?
なんだこの一日は。
俺が勝手に部長になったこともあったし厄日と言わざるを得ない。
隣を歩く七罪の表情が俺が話を続ける度に驚きをあらわにする。その様子がなんだか凄く可愛くてつい色々と話してしまった。
「凄いですね。いろいろありすぎです」
「ほんとだよ。マジで疲れた」
「お疲れ様です、お兄さん」
七罪は打って変わって笑顔で俺に対応した。かわいいかよ。
「でもそれでなんで私がスク水姿になったんでしょうね」
「まぁ可能性があるとすれば、スク水姿の
「なんですかそのシンクロ。ほんとこれからは気をつけてくださいよ、も〜。授業中とかだったら学校生活終わりますからね」
「授業中にいきなりスク水姿になる女はやばいな」
「笑いごとじゃないですって!」
俺が笑うと七罪もそれに釣られて笑った。
その笑顔が本当に可愛くて永久保存版大好評発売中って感じだった。
何言ってるのか分からないと思うが俺もよくわからない。
そこで俺はハッ、と後ろを振り向く。
もしかしたら写真を撮られた時と同じように千輝先輩がそこらに居る可能性があるのでは……?
「どうしたんですか?」
七罪が俺の顔を覗きこむように顔を近づけた。
「いや、なんでもないよ」
まさかね。昨日の今日で早速いるわけが無い。他の生徒会メンバーが千輝先輩に裁きを下していることを信じるしかない。
「今日は普通に二人で玄関から入るか」
「そうですね」
「あんなことがあったあとにあの『チキチキ幼女誘拐大作戦』をやるのは流石に心臓が持たん」
「なんですかその胡散臭い作戦名は」
談笑しながらも帰路を辿る俺達はいつの間にか家の前に立っていた。
そして、堂々と二人揃って扉を開ける。
玄関に立っていたのは────
「おおベル、久しぶり。隣の方は彼女さんかな?」
七宮家七人兄弟長男の七宮ルシフェルだった。
その顔を見た瞬間、心臓がドクンと大きく鼓動するのが分かった。
落ち着け、俺。
「……まぁ、そんなとこ」
「相変わらず無愛想なやつだなぁ〜」
「………」
兄貴は俺が素っ気ない態度をとっているにも関わらず、絶えず笑顔で対応する。
こんな八方美人で偽善者ぶる兄の姿が俺は酷く嫌悪しているのだ。
「こんなところで話してるのもあれだしさ、とりあえず上がれよ」
「言われなくてもそうするわ」
俺は七罪の手を引いて自室へと向かう。そして階段に足をかけたところで兄貴から声がかかった。
「ああ、そうだ。
「………っ」
胸糞悪い名前を出すな。
心臓が痛い。心臓を掻きむしりたい。
忘れたかったのに。
忘れてしまいたかったのに。
………くそ。
振り返らずとも兄の顔が想像出来る。
悪意があるにしてもないにしてもその名前を出すのは、最低だ。
冷や汗が額に滲む。
足元が揺らぐ。
倒れそうになるも、なんとか踏ん張って体勢を維持する。
俺は振り返ることなく逃げるように自室へと向かった。
バタン、と音を立てて扉を閉める。
「………」
七罪は俺の胸中を察したのか、口を開くことなく気まずそうにしている。
「……ごめん、七罪。気ぃ使わなくていいから」
俺は七罪に微笑みながら声をかけた。
兄貴………ルシフェルと彼の口から出た“雅”という名前の人物は俺が大の妹好きになった発端で、そして俺が死にたくなった理由の一つでもある。俺が彼らを嫌うと同時にそんな自分に対しても自己嫌悪してしまう。
彼らの存在自体が俺にとってはトラウマなのだ。
「すみません、お兄さん。お兄さん達の間で何があったか私あまり知らないんです。ただお兄さんがルシフェルさんを嫌ってるのは何となく分かるくらいで……」
「そう、だよな………。何があったとか聞かないのか?」
「はい。お兄さんが自分から話すまで私は聞きませんよ。喋りたくないことを無理矢理話をさせるほど無神経じゃないですから」
「……………ありがとう、七罪」
「いえいえ」
そして、少しの間静寂が俺の部屋を支配した。しばらくしてから俺がぼそっと呟いた。
「七罪は────」
「はい」
「───いや、ごめん………なんでもない」
やっぱりこんなこと聞くべきじゃない。
何より、カッコ悪いしダサい気がする。
俺が俯いていると、七罪が俺の手を両手で包んだ。
そして、何も言わずに微笑む。
そんな表情を見せられたら────
「七罪は、俺を裏切ったりしないよな………?」
俺は七罪と目を合わせずにそう独り言のように呟いた。
「すまん、やっぱ今のなし。忘れてくれ───」
「私はずっとあなたの味方ですよ」
七罪は俺の言葉を遮るように言葉を紡いだ。
「何があっても私とあなたは一緒です」
しっかりと俺の目を見て、話を続ける。
「なんだって私は、あなたの妹なんですから」
俺は今、生きてて一番欲しかった言葉をかけてもらったのかもしれない。
いつの間にか瞳が涙で潤み視界がぼやけていた。
俺は涙を拭うことなく、七罪の手を強く握り返した。
そこにあった手の温もりが、俺に妹がいることを強く実感させた。
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