第30話 妹が叫びたがってるんだ。


 話し合う、なんて意気込んでみたはいいもののなかなか『みんながやりたいこと』が一致しない。

 それもそうだ。ここにいる全員が趣味嗜好も全く異なるし、好きなことや嫌いなことも相容れない。

 それでも何故かこの空間はとても私にとって暖かいというか、優しい感じがした。


 話し合いは数分程度で停滞を迎えて一向に先に進まなくなった時に、灰咲先輩が口を開いた。


「今日はこれくらいにしましょうか。非常に不服だけれど七宮君がいないとスムーズに進まないわね」


 なんだかんだ私達の橋渡し的な存在になっていたお兄さんなのだった。


「じゃあ、お兄さんが来たら帰ることにしましょうか」


「そうだな。それにしてもベルフェゴールのやつ遅くないか?」


「ほんとですね。もう来ててもおかしくないのに」


 お兄さんの身に何かがあったのか。それを知る術は今の私は持ち合わせていない。

 悪い予感が的中しなければいいのだけど……。

 私達はお兄さんのことをそれぞれが好きなことをやりながら待つことにした。

 灰咲先輩と永淵先輩は読書。もっとも、永淵先輩が読んでるのは漫画だから読書と言えるのか分からないけど。

 私は携帯端末を操作していた。そして、その中で見つけたとある情報に目が留まる。

 それは、こことそう遠くない場所で起こった事故についてのニュースだ。

 工場廃墟が原因不明の出火によって全焼した事故と報道されていた。何から何まで曖昧模糊なそれは事故や災害と断言するには少し早計な気がした。

 どこか事件めいたような、もしくは────


「………ん?」


 一人熟考に浸っていると、須臾しゅゆに感じた唐突な寒気。

 なんだろ、と思い自らの身体を見下ろして、


「……っ!?」


 絶句する。

 そして驚きのあまりガタッと音を立てながら椅子から立ち上がった。


「え、な、なんで……?」


 私の服が────


「「…………………ぇ」」


 見ると灰咲先輩と永淵先輩は私の奇妙な変化に気付いて喫驚し、唖然としていた。

 わずか数秒の沈黙がこの場を支配して、次に永淵先輩が口を開いた。


「七罪ちゃん……なんで……」


 永淵先輩はあまりの戸惑いにキャラ崩壊が起きてしまっていた。

 簡潔に、そして明瞭に結論を言葉にする。


、着てるの……?」


 そう、さっきまで着ていた制服やその他もろもろはさっぱり消え去り、その代わりに今私はスクール水着を着ている。

 大事なことなのでもう一度言うと、私は今スク水を着ています。


「え………いや、これは………」


 ほんの一瞬だけ戸惑ってしまいましたが、私はすぐにこの現象の原因に辿り着くことが出来ました。

 これはお兄さんの〈神技スキル〉が暴走したゆえの結果。

 おおかたスクール水着のことを想像し、私がスク水を着ている姿を妄想してしまったといったところでしょう。

 今まで学校内ではこんなことなかったのに、ここに来て暴走してしまいましたね………。


(まぁ授業中とかじゃないだけマシですね、はい)


 と自分に強く言い聞かせて何とかこの場を凌ぐ言い訳を考える。


 今の私は突然目の前でスクール水着姿になった変態。変に取り繕ったりせずに、そう、冷静に対処しましょう。


「ちょっと暑かったので脱いじゃいました〜。いやぁ暑いですね〜ここ」


「そ、そう?……いや、そういう問題ではないのでは………?私は刹那的に着替えたことにびっくりしたんだけど……」


「こ、これは………そう! 私早着替えが特技で……あはは」


 いやどこが冷静ですか私!取り乱しすぎです!女神の威厳を見せつけなくてはダメなのに!

 ……うぅ………正直言うと恥ずかしさで死んでしまいそうです。


 ……いや、お兄さんとお風呂に入った時を思い出してください、私。あの時以上に恥ずかしさを覚えた時はないです。あの時のことに比べれば知人の目の前でスク水姿になることなんて───


 あああああああ逆効果だったああああ。

 お兄さんと一緒にお風呂に入った時のことが頭にチラついて急に恥ずかしくなってきたあああああああ。

 あの時なんで一緒にお風呂に入るなんて言ったんだろ私うわああああああ。


 ふぅ……。

 冷静になりましょう。心を落ち着かせるのです。


 明鏡止水、虚心坦懐、泰然自若、光風霽月────


 よし。


 頭から邪念を消し去り、視線を前に戻すと灰咲先輩の視線と自分の視線が交差した。

 あれ、何か灰咲先輩の様子がおかしいような───


「七罪ちゃん」


「は、はい」


「私を誘ってるの?」


「さそ……………え?」


 今、灰咲先輩なんて言ったんだろ……。

 私の聞き間違いじゃなければなんか変なことを言っていたような気がする。

 灰咲先輩は目線を下に向けて、


「こんな可愛いと同棲してるなんてやっぱり七宮君は殺すべきね……羨ましくて吐きそう……」


 と小さく呟いて口を抑えた。あまりに小さい声音だったため何一つ聞きとることは出来なかった。

 改めて考えるとなにこの状況。

 どう収集つければいいんだろうか。

 私は自分の意思で脱いだみたいになってるし、そもそも服がなくなったから着直すこともできないし。


 ああああぁぁあもうお兄さんのせいでとんでもない空気になってますよ!!


 私がそう心の中で叫んだ、その瞬間。


 ガラッ。


 その音と共に部室の扉が開かれた。


 そこにいたのは─────



      ◇◇◇



(あんな濃ゆい面々を今まで知らなかったとか俺どんだけ妹のいない世界に興味なかったんだよ……)


 生徒会室から出た廊下を歩きながら脳内で独りごちる。

 拉致されたことに対してはもっと怒ってもよかったかもな。でも誤解を与えたのは俺だし、別にことを大きくする必要は無いか。


 俺には妹がいれば、七罪がいればそれでいいんだから。


 廊下をただ歩き、改めて決意を固めたところで部室の前に辿り着いた。

 俺は手を伸ばして扉を開ける─────


「なっ……!?」


 中にいた七罪、ノア、灰咲の視線を全て感じつつも、その七罪の姿に驚愕する。


「な、なんでそんな格好してんの?」


 俺がそう呟いたと同時にこちらに七罪が近づき、


「ちょ〜〜っと廊下出ましょうか〜」


 そう言って扉を後ろ手でぴしゃりと閉めた。


「早く制服着させてください」


 七罪は頬をぷくーっと膨らませる。

 かわいい。


「ごめん、いまいち状況が理解できないんだけど……」


「いいから」


 七罪が顔をぐいっと近づけて命令する。

 俺は《創妹ソロル》で七罪に制服を着させた。

 それと同じ瞬間にあるひとつの推測が頭に浮かぶ。

 はっ、と俺は息を呑み、結論に至った。


「もしかして、俺のせい?」


「そうですけど」


 七罪は顔をそむけて、そっぽを向いた。

 やばい。明らかに機嫌を損ねてる。


「本当にごめん。七罪のスク水姿は俺だけが見ていいやつなのにな」


「いやそこじゃないでしょ! ……まぁ、いいです。そのつもりがなかったなら、お兄さんのせいではないですしね」


 くすっと笑い、七罪の頬が緩む。

 しかしその直後、七罪は毅然とした表情になり、こちらをしっかりと見据えた。


「でも、一つだけ言っておきます。私がその能力を使っていいって言う以外その能力のことは意識しちゃダメですからね」


「了解した。でもさ俺が七罪のことを想ってないときなんてないから、必然的にその能力のことも結びついちゃうわけで───」


「よ、よく恥ずかしげもなくそんなこと言えますね」


 二人でこそこそ話してると部室の扉が開かれて中からノアと灰咲が出てきた。


「二人で何やってるのかしら」


 灰咲は腕を組んでこちらを見る。そういう意図はないのだろうけど腕で胸が強調されて視線がそこに移動せざるを得ないというかなんというか、と俺の頭が変な方向で混乱した。

 俺は頭を振ってなんとか意識をここに戻す。

 七罪は灰咲の質問に答えるように口を開いた。


「お兄さんが私の制服を持ってるので着させてもらったんですよ〜」


「「「!?」」」


 七罪を除いたここにいる全員がその言葉によって喫驚する。

 灰咲もノアも完全に引いたような目線でこちらを見ていた。

 突然何言ってんだこの妹!

 七罪は俺の耳に口を当てるように耳打ちした。


(なんとか話を合わせてください。〈神技スキル〉のこととかバレちゃダメですから)


 な、なるほどそういう事か。てっきり俺が七罪の制服を肌身離さず持ってるのがバレたのかと……。いや今はそんなことどうでもいい。とにかく妹の要望に応えなくては。


「そうなんだよ〜。七罪すぐにスク水になる癖があってさ。それで俺が替えの制服をいつも持ってるってわけなんだあはは」


「いや全くもって意味が分からないが……!?」


 ノアは目を丸くして驚きを隠せないでいる。


「そもそも元の制服はどこ行ったのかとかどうやって瞬間的に着替えたのかとかツッコミどころしかないのだけれど」


 灰咲は驚いた顔から一転して無表情で淡々と言葉を紡ぐ。

 俺がそれに対しての言い訳を考えていると、灰咲が口を開いた。


「まぁそんなことどうでもいいわ。七宮君」


「な、なんだ?」


「死んで」


「直球だな!」


「そうね、死ぬだけじゃ生ぬるい。去勢するしかないわ」


「なんでそうなった!?」


「ナニを切り落とすって話だけれど」


「そういう意味じゃねぇよ!」


 こいつほんと頭のねじが吹っ飛んでやがる。去勢されないように気をつけないと……。いや、万が一にもそんなに可能性ないんだけど。


「まぁ、お話はこの辺にしておいて帰りましょうか。お兄さんが来たら帰るって話だったので」


「えっそうなの? 俺何もしてないけど」


「今日の活動は終わったからいいのよ。それにあなたは十分仕事をしてくれたわ。あなたの去勢手術の日取りも先延ばしにしてあげる」


「もうそのネタはいいから! ていうか仕事って……俺、何かしたか?」


「ああ、ベルフェゴール。お前はよくやってくれたよ」


 ノアが俺の肩にぽんっ、と手を置く。


「えっ、いや全然話が見えてこないんだけど」


「お兄さん、ファイトです」


 七罪は両手を胸の前に上げてがんばるぞい的なポーズで応援した。かわいい。

 みんなそう言って俺を置いて歩いていく。


「いやなになになに怖いんですが!」


 俺はその背中を追いかけて駆けた。


 のちに七罪の口から語られるのだが、俺が(仮)かっこかり部の部長に決定したとのことらしい。

 俺の了承なく部長にさせられるって鬼畜かよ……。


 くっそ……俺があの部活動対抗戦に出るのか………めんどくせぇ……。


 大きな溜息が俺の口から零れた。

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