第22話 兄とハサミは使いよう



「異世界転生……?」


「そうだよ」


 壱定いちじょう先輩は俺の双眸をはっきりと見つめる。もちろん笑顔で。

 ………分かった。

 何が分かったかというと、この壱定先輩はとんでもないバカだということが分かった。

 死にたがりなのか、それとも厨二病こじらせてるか、単に頭がおかしいかのどれかだ。

 壱定先輩は再び口を開いた。


「今、異世界転生もしくは異世界転移ものはマンネリ化しつつあるけど未だ強い人気で売れ続けているジャンルのひとつだ」


 いきなりなんの話をするかと思えばライトノベルの話だろうか。別に俺も嫌いではないし、むしろ好きまであるけど。


「何故、異世界転生ものが売れているのか。それはこの希死念慮の時代と平和ボケしたこの国にこそ答えがある」


 聞いてると安心するような、不思議な声音に思わず耳を傾けてしまう。


「要するにみんな飽きてるのさ、この世界に」


「な、なるほど」


 俺は曖昧に頷いた。

 七罪たちの顔を見ても一刻もここを立ち去りたいといった面持ちだ。………ノアを除いては。


「ノア、大丈夫か?」


「………ハッ。すまん、少しぼーっとしていた」


 壱定先輩は尚も言葉を続ける。


「そして、おれはこの世界に革命を起こしたい一人なんだ。あはは」


「あなたは脳みそが腐ってるようね」


 突然、灰咲が壱定先輩に向かって毒を吐いた。いくらそう思ってても口に出しちゃいけないだろ...。


「君いいね、どうだい?おれの『転生部』に入ってみないかい?」


「遠慮しとくわ。頭ド腐れエッジロード野郎に興味はないの」


 灰咲が暴走を始めてる。とてもまずい。


「お、おい。その辺にしとけって」


 俺は灰咲の肩に手を置いて制止させた。

 そして空気を変えるという意味で話を転換した。


「ところでこの模型とかって何に使うんですか?」


「ああ、これらはね勿論おれの趣味で作ったものなんだけど演劇部に頼まれたのもあってさ」


「はーなるほど。このクオリティでの演劇は凄そうですね」


「あははありがとう。確か劇名は『Re:異世界からやってきた問題児と無職がまるで相手にならないんですが〜スマートフォンを添えて〜』だった気がするな」


「いくらなんでも盛りすぎだろ!」


 俺は思わず自然体でツッコんでしまった。


「しかもそれ問題児と無職がただ可哀想な感じなんだが...」


 ノアも苦言を呈す。


「ははは。俺も初めて聞いた時はマジでびっくりしたけど、聞いてるうちに一周まわって気持ちよく聞こえてくるから大丈夫さ」


「絶対大丈夫じゃないと思うんですけど……」


「ははっ」


「えっとじゃあ私達この辺でおいとまさせていただきますね」


 七罪が食い気味に発言した。


「まあ、気が変わったらまたおいでよ。おれはいつでも待ってるし誰でも歓迎してるからさ」


 壱定先輩は笑顔でそう言った。まるで笑顔が顔にこびりついて離れないような、そんな風にも思えてしまう。

 俺らは部屋の中からゆっくりと身を引いて廊下に出る。

 なんだか、凄い空間が広がっていたな。

 壱定先輩の存在もそうだしあんなクオリティの高いドラゴンの模型があるのも異世界感があってかなり異質だった。


「なんか、とんでもない人を見てしまったな……」


「そうね、七罪ちゃんと永淵さんに悪い影響を与える存在だわ」


「ドラゴンはかっこよかったが、あの人の言うことはちょっと普通じゃなかったな……」


「ま、まぁ気を取り直してほかの部活動を見に行きますか」


「そうだな」


 俺らは一旦ゲテモノ棟………じゃなく旧校舎文化部棟を離れて体育館に移動した。


 体育館は三階建てになっており、一階ではバスケ部やバレー部、外付けの場所に弓道部がある。二階は畳になっているため、柔道部や剣道部が使用していて三階は卓球部等が使用している。

 俺らはその中から弓道部をチョイスして見に行くことにした。

 何故かというと───


「六華ちゃんかっこいいですね〜」


 濃野の妹、六華ちゃんがそこで活動していたからだ。

 彼女は弓道着を着て、弓をつがえていた。

 手から放たれた矢は見事遠方に見える的に当たる。

 六華ちゃんは一年生の新入部員ながらその実力は既に二年生レベルらしい。


「あれが濃野君の妹さんね」


 灰咲はなんか違う意味で六華ちゃんを見ているような気がするが、面倒臭いのであえてツッコまないようにした。


「アーチャーの育成機関か。ふふ、面白い。私の紅蓮の弓矢に勝てるかな」


「イェーガーかお前は」


 ノアは相変わらず凄い思考をしていた。

 六華ちゃんに俺と七罪が手を振ると彼女はこちらの存在に気づいて笑顔で手を振り返してくれた。

 なんてできたなんだ………。濃野にはもったいないな、ほんと。



 俺たちは体育館を後にしてグラウンドへと向かう。

 そこで七罪とノアは同時にトイレに行ってしまい、俺と灰咲がそれを待つ形になった。

 いやぁでも陸上部が練習をしているのを見てるとなんか青春って感じするよな。


「七宮君」


 俺が陸上部を横目に見ていると灰咲が口を開いた。


「どうした?」


「鼻の下が伸びてるわよ」


「伸びてねぇよ!」


「股の下が伸びてるわよ」


「お前最低だな!」


 流石の俺もこれにはドン引きだよ。


「全く、七宮君は困ったらすぐ股の下伸ばすんだから」


「いやどんな状況だよ!」


「今この私が襲われかねない状況のことよ」


「お前の被害妄想は甚だしいな!」


「お二人共楽しそうですね」


 ちょうどそこで七罪とノアが花摘みから戻ってきた。


「七宮君が陸上部のユニフォームの際どさを語っていただけよ」


「………………え?」


「いやちげぇよ! ノアがドン引きしてんじゃねぇか! お前は俺をなんだと思ってんだ!」


「シスコン」


「ちがっ………いや正解だよ………」


 もしかしてこいつ、いやもしかしなくても灰咲ってただのバカなのでは……?



 俺たちは様々な運動部を見て回ったのちに新校舎にある部活を見て回ることにした。こっちには所謂まともな文化部が揃っている。

 文芸部、調理部、手芸部、科学部、天文部、書道部、演劇部、茶道部、将棋部などなど。

 真面目な名前すぎて感動するレベルだ。

 俺らの(仮)かっこかり部というネーミングがかなり恥ずかしくなってきた。

 そして一通りの部活を見て回って観察していく。

 放送部のある部室を通りかかった所で一眼の大きめなカメラを持った濃野と出会った。


「おうベル何してんの?」


「俺の部活の活動で他の部を見て回っててさ。お前の方こそ何してんの?」


「俺これからドラマの撮影でさ」


 濃野のいる放送部ではその名の通り校内放送も一任されているがその他に映像を作成したりもしているらしい。なんでも短いドラマやドキュメンタリーを出すコンクールがあるんだとか。

 放送部兼映像部とも言える。濃野はアナウンスとかはあんましないけど動画編集とか撮影とかは評価されて任されてるようだ。

 部室の奥から放送部のメンバーが次々と出てくる。


「おっベル君じゃーん。やっほやっほー」


「ど、どうも」


 俺の名前を呼んだ先輩は俺の肩をぽんぽんと気軽に叩いて挨拶をしてきた。

 彼女は一二つまびら仁子にいこ。一二という珍しい苗字をしている三年生の先輩だ。放送部の部長である。

 濃野が俺の名前を部内でネタにしたらしく、それ以降放送部での俺の知名度は右肩上がりになっている。


 この先輩とはあまり面識はないけど会う度にこうやって声をかけてくれる。それがなんだかんだ嬉しかったりする。


「七宮君、鼻の下が伸びてるわよ」


「い、いやちげぇし!」


「七宮君、股のし────」


「っておいおいストップストップ!!」


 俺は大声を出して灰咲のセリフをかき消した。

 こいつ公衆の面前でなんてこと言おうとしてんだ。


「あれ?君たち………」


 一二つまびら先輩は七罪や灰咲、ノアのそれぞれの顔に触れるくらい顔を近づけた。

 そして驚愕して目を見開く。


「こんな逸材がこの瑆桜学園にいたなんて……」


 さらに一二先輩は言葉を繋げた。


「君たち、この放送部入らない? 君たちなら名女優になれるよ!! 間違いない!」


「そ、そうですか?」


 七罪は少し照れてから声を出した。


「うん、みんな可愛いし。ベル君を含めて!」


「いや俺もですか!」


 さすがに俺のは冗談だとしても七罪とノアと灰咲が可愛いという事実を否定できる人間はこの世にはいないだろう。それくらいこの3人は可愛い。灰咲は中身に難アリだけど。

 灰咲は無表情のままだが少し鼻をぴくぴくさせていた。女の先輩に言われると結構嬉しかったりするのか。

 ノアは俺の後ろに隠れて顔だけを覗かせていた。

 七罪は俺の顔を横目に見た。


「決めるのは俺じゃないだろ?」


 俺は七罪に微笑みかけた。


「えっと、まだ考えときます。お兄さんと離れ離れになるのちょっと嫌なので」


「………ずっきゅーん」


 一二先輩が口で心の中の情景を表現した。

 ちなみに俺は吐血しそうな程ずっきゅーんしてしまった。七罪が可愛すぎる件について。


「まあ本人の意思が一番大事だからね〜。部員じゃなくてもいいからいつでもおいで。めっちゃかわいがってあげるよ〜」


 そう言って一二つまびら先輩はレフ板を手に持って去っていく。

 ほんとに元気な人だな、あの人。陽のオーラが凄い。


「んじゃ俺も行くから。またな、ベル」


「おう」


「おいトッキー早く」


「ちょいちょい待て待て!今行くから!」


 濃野が去っていくあとをトッキーと呼ばれた灰色の髪の男がついて行く。


「なんか慌ただしい奴らだな」


「でもなんだか楽しそうです」


「……確かにな」


 その時の七罪の横顔はどこか物憂げな顔をしていた。その真意は俺には理解できる代物ではなかった。


「騒がしい連中が去ったようだな……」


 ノアはようやく俺の背後から出て一息つく。

 こいつの究極の人見知りには誰も勝てまい。

 そこでふと灰咲の表情を見るとどこかを見つめて固まっているようだったので声をかけた。


「灰咲、どうしたんだ?ぼーっとして」


「ごめんなさい、濃野君と七宮君はどっちが受けなのか考えてて」


「何言ってんだあんた!」


 頭腐ってんじゃねえかこいつ。

 七罪は顔を赤らめていた。えっ、なにその予想外な反応……。


「それはベルフェゴールの方だろうな」


「ノア!? お前まで何言ってんの!?」


「ベルフェゴールは怠惰の使徒、つまりカウンタータイプの技持ちに決まっている」


「そ、その通りだ。俺の〈怠惰たる盾バックラー〉に防げぬものはないからな」


 よ、良かった〜。ノアは理解してないようだ。ノアにとって灰咲は毒でしかないな。この二人は隔離するしかない。


「ノアちゃん、この場合の受けってのはね」


「やめろバカ!」


 ノアに耳打ちして教えようとする灰咲を押し退け、俺と灰咲は軽く取っ組み合いになる。

 ノアのピュアを汚すなよほんとに!希少種だぞこんな純情は!


「ぷっ...…」


 七罪はその光景を見て吹き出していた。

 その顔は今まで見た七罪の表情で一番人間らしさを感じた。

 七罪の笑顔を見るのはこれで何回目だろう。

 俺はその笑顔を見るためにはなんだってできる、そんな気がした。

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