第21話 この(仮)部には問題がある!



 放課後────

 俺は七罪と部室で合流することを連絡してから灰咲はいざきの席へと向かった。


「灰咲、部室まで一緒に行かないか?」


 俺っぽい行動じゃないと思いつつも俺はなんとか勇気を出して話しかけることができた。

 周りの目なんか気にすんな、俺。

 灰咲は無言で立ち上がり、教室の外へと向かい出す。それに従って俺も歩いていった。


「っておい。返事くらいしろよ」


 灰咲は尚、無表情で俺と顔も合わせない。

 廊下を歩いていると周りからひそひそと俺らのことを話していることに気づいた。


「七宮と灰咲って仲良かったのか?」「なんか二人で歩いていると絵になるね」「確かに」「凍れる双壁が一緒のとことか初めて見た」


 なにその痛過ぎるネーミングセンス。

 ていうかそんな風に呼ばれてたの俺たち……。

 全然知らなかったんだけど。


「灰咲」


 灰咲の方を見ても依然として無表情のままで何も耳に入っていないような感じだ。


「あの………」


 俺の声も聞こえていないようだ。ここまで無でいられるなんてもはや尊敬に値するな。


「…………灰咲さん?」


 さすがと言ったところだろう。

 しかしこの灰咲というやから───


「ちょっと蹴るのやめてもらっていいですかね!」


 さっきから歩く度にさりげなく俺のふくらはぎあたりをげしげしと蹴っているのだ。

 周りから見ても分からないレベルでさりげなく蹴っていた。どんなセンスだよ。


「あら、ごめんなさい。無意識にやってたわ」


「そっちの方がこええよ!」


 人が周りにいなくなったところでようやく灰咲は口を開いた。こういうところノアや俺と同じ匂いを感じるな。


「なぁ灰咲───」


「生理的に無理だから話しかけないでもらえる?」


「パンツ被ってたお前に言われたくねぇよ!」


 ハッ、しまった。言ったあとに後悔する。

 それは口外しないと約束していたんだった。

 やばい、殴られる、と思い目を瞑るが特に暴行はなかったので目を開ける。

 すると、そこには無表情のまま目を潤ませて涙ぐむ灰咲の姿があった。


「ご、ごめんって。誰にも言わないから、ほんとに」


「私を困らせて何が楽しいの?」


「違うから、ほんと。そういうつもりじゃ」


「じゃあ私のお願いひとつ聞いてくれる?」


「ん?……あ、ああ」


「七罪ちゃんをちょうだい」


「あげねぇよ!」


「ちっ………」


 こ、こいつ。

 俺をたばかったな。

 泣き真似だったのか。無表情で目を潤ませるってどんな技術だよ。才能マンか。


「あーお兄さんが灰咲先輩泣かしてるー」


「わーベルフェゴールいけないんだー」


 すると七罪とノアが同時にその場にやってきた。


「い、いや、違うから!」


「七宮君に……穢された……」


「いやおい何言ってんだ灰咲!」


 灰咲は顔を両手で覆ってやばいことを言い放つ。

 七罪は眉を引き攣らせてめちゃくちゃ引いていた。

 一方、ノアは全然理解してない顔をして、ぽかんとしている。


「お、お兄さん……?」


「いや違うからね!七罪!お前なら信じてくれるだろ!?」


「まぁ、冗談だってのは私が一番分かりますよ。安心してください」


「そ、そうか」


「でも灰咲先輩がそんな嘘をつく意味が少しも理解できません」


 た、確かに。傍から見たら灰咲は真面目で優秀な人物。秘密を知っている俺のみしかこいつの本性は知りえない。

 俺は周りに聞こえないように灰咲に耳打ちする。


「っていうか灰咲お前、あのこと言ってもいいのかよ……」


「別にいいけど」


 灰咲はノアや七罪に聞こえるような声量で言い切る。俺は灰咲の耳元から離れた。

 こ、こいつ。吹っ切れてやがる。教室にいる時の静かな灰咲はもうどこにもいない。そこには昨日俺と会話した時のようなクレイジーな灰咲だけがいた。


「……七宮君に…………耳を穢された………」


「穢してねぇよ!」


「ひっ!犯される!」


「犯さねぇよ!」


「ひっ!殺される!」


「殺さねぇよ!」


 マジでこいつとのやりとり疲れる……。

 ノアと七罪は驚愕して目を見開いていた。

 そりゃそうだ。

 こんな灰咲の姿を見て驚かないわけがない。


「灰咲………お前、ベルフェゴールに何か病気うつされたのか?」


「いやどんな病気だよ……」


 この状態の灰咲を受け入れるのはかなり時間がかかりそうだ。



         ◇◇◇



 時間ぴったりに扉が開かれて、顧問となった留萌先生が入ってきた。


「おー、みんなちゃんと集まって偉いな。七宮あたりはサボタージュするかと」


「俺をなんだと思ってるんですか」


「「「「サボり魔」」」」


「なんで満場一致でハモってんだよ!」


 こいつら事前に仕組んでたレベルの協調性を見せやがって...。

 ノアと留萌先生はまだしも七罪と灰咲がそれハモるのはおかしいだろ。

 留萌先生は教卓に座り、胡座あぐらをかいた。


「今日、(仮)かっこかり部にやってもらいたいのは『部活動見学』だ」


「はあ」


「なんだその不服そうな顔は。なんか文句があるなら言ってみろ七宮兄」


「いや部活動見学って新入生でもあるまいし」


「新入生は七宮妹がいるだろー?それにこの学校では兼部が可能だ。他の部に興味があればこの機会に入ってもいいってわけだな」


 留萌先生は教卓から下りて、教師らしいポジションに立つ。


「でもまぁ本題はそこじゃなくって他の部を見て自分のやりたいことを見つけるのが今回の主な目的だな。それに他の生徒とも理由があれば絡みやすいだろ?」


「なるほど。既知のものを改めて見ることで未知のものを見つける、という事か……」


「そういうことだ」


「絶対適当に相槌しましたよね……」


 ノアはドヤ顔をして、留萌先生はこくこくと頷いている。明らかに会話が噛み合ってなさそうだ。


「よし、じゃあ早速行ってこい!他の部活見てこい!校内探検してこい!私はここでゲームしてるから」


 そう言って教卓の中からアレ天堂のswi○chを取り出す。本当に教師かこの人。

 というかなんでそんなの入ってんだよ……。

 俺らは四人とも部室から追い出される。


「いきなり部活動見学って言われましても……」


「ほんとせっかちだよな、留萌あの先生」


「とりあえずやるだけやってみましょうか」


「そうだな。いざ冒険の旅路へ」


「冒険って。大袈裟だな……」


 俺らは同じ旧校舎文化部棟の部活から見ていくことにした。

 俺らの部室のすぐ隣は空き教室だったためその向こう側にあった部室を確認する。

 扉には『罪と罰部』と妙に達筆な字で書いてあった。


「いつも見る度に思うんだけど、すっごいカッコイイ部名……」


 ノアが目をキラキラと輝かせている。

 常人だったらそんな反応は見せない、ノアだけが為せる反応だ。

 俺はノックしてから扉を開けた。

 そこは教室を部室にしたタイプの部屋とは違い、その部屋の大きさは教室の半分より狭い部屋だった。

 後ろに取りつけられたロッカーの上で誰か寝そべっている。壁を背にして本を読んでいる女の子もいた。

 目に入る限りその二人の姿しか見えない。


「おっ、新入部員か!?」


 寝そべっていた男が身体を起こして、こちらを見る。妙にリアクションの大きい男だった。


「いや、俺たち(仮)かっこかり部の活動で他の部を見て回ってるんだ」


「(仮)部ぅ〜?なんだその活動内容がぜんっぜん予想できない部活は」


「いやあんたんとこには言われたくねぇよ!なんだよ『罪と罰部』って!」


「はっはっはっは!!よくぞ聞いてくれた!!俺様がこの罪と罰部の部長、二年八組の神志那かみしな玲恩れおんだ!」


「は、はぁ」


 俺は戸惑い気味に返事をした。

 というか神志那玲恩って名前のパワーが凄すぎだろ...。フィクションじゃあるまいし.....ってあんま人のことはいえないか。

 灰咲はさっきからずっと表情が死んでる。表情筋が息してない。


「そして罪と罰部はフョードル・ドストエフスキーを調べる部と銘打って作っただけの俺様の遊び場だ!!」


「失礼しました」


 俺は扉をぴしゃりと閉める。

 当然のように、扉が向こう側から強い力で開けられるので俺はそれを開けられないように力を込めた。扉の向こうから大きな声が聞こえる。


「おいなんで閉めた!!開けろこっの!!」


「今だみんな!早く次に行くんだ!!」


「七宮君、あなたのことは忘れないわ」


「ベルフェゴール……また会おう」


 灰咲とノアがその場から去ったところで俺は扉を抑えるのをやめた。

 扉は必然的に思いっきり強く開けられ、中から神志那の姿が現れる。

 そして神志那は俺の胸ぐらを掴んだ。


「なんでいきなり出てったんだよおい!!」


「あんたとの会話に利点を見いだせなかったから」


「恐ろしく冷酷だなお前!」


 神志那が胸ぐらから手を離したと同時に俺は罪と罰部を背に歩き出す。七罪もついてきているようだ。後ろで神志那の声が聞こえなくもないけど聞こえないふりをしてスルーをする。

 関わっちゃいけない人種の人間もいるということを改めて確認できたな。



「見境なしに部室に入るのはやめときましょう」


「それが正しいな。興味があるやつだけにしとこうか」


「罪と罰部、名前だけは良かったが中の人があれではな……」


 さすがに不憫になってきたが残当といったところだろう。一人称が俺様のやつなんて初めて見たわ。


 しかし、俺らの期待とは裏腹に興味の湧くような部活はこの棟には存在してなかった。

 『無部』『しのび部』『深淵を覗く部』『拷問部』『ミニマル部』『タチとネコ部』『大罪部』『定休部』『老朽部』etcエトセトラ……。

 まるでゲテモノな部活が作為的にこの場所に集められたかのような、そう思わざるを得ないラインナップだった。

 定休部とか老朽部はもうそれが言いたいだけだろ……。

 この学校の負の要素がここに固まってるとしか思えない。


 俺らはこの学校の自由さ加減に辟易しながらもたまたま目に入った『転生部』という怪しい部室の扉を叩いた。半ばヤケクソでだったのかもしれない。


 扉を開けた時、その部屋の中の光景に目を奪われた。


「うおっ……」


 教室にすっぽりと収まった大きなドラゴンの模型があったのだ。

 その足元にはゴブリンやスケルトンなど様々なモンスターの等身大の模型が置いてある。

 なによりクオリティが凄い。絶対に模型と言えるサイズでもない。

 今にも動き出して襲ってきそうだ。そんな心配は一切ないけど思わず息を呑んでしまう。

 これらが動いて襲ってきたら───なんて想像するだけで足がすくむ。

 見るとノアと俺だけでなく、七罪と灰咲もそのとんでもない精巧さに言葉を失っていた。

 剥製とも思えてしまうほどのリアルさ……いやこれらは実際現実にはいないからファンタジーさと言った方が正解だろう。

 すると、ドラゴンの模型の背中の方から一人の人物が顔を覗かせた。


「あれあれあれどうしたの?入部希望生かな?」


 笑顔が爽やかな男だった。


「いや、私たちは(仮)部って部活で今のその活動の一環で他の部活を見て回ってるんです」


 七罪が丁寧に答えた。

 すると男はドラゴンの模型の背中から音も立てずに床に着地する。


「なるほどなるほど。聞いたことない部活名ってことは新しく出来た部活だね。おれは三年の壱定いちじょうだよ。よろしく」


「よろしくお願いします」


 俺は笑顔で手を差し伸べきた壱定先輩の手を取った。

 ノアは大きな竜の模型を見て感嘆の声を上げた。


「...それにしても凄いな、この紅龍サラマンダーの剥製」


「でしょ?剥製じゃあないけどね。おれが作ったんだよ〜これ。ちなみにこのドラゴンの弱点は後頭部だよ」


「なんの弱点ですか……」


「えっ!?おひとりでコレお作りになられたんですか!?」


 七罪が驚愕して目を見開く。


「うん。おれこういうの作るの得意なんだよね。まぁ大きく作りすぎてこの部屋から出せないんだけど」


「意味ないじゃないっすか」


「聞いたことがあるわ」


 そこで今まで口を固く閉じていた灰咲が口を開いた。


「美術部の部長をやめて変な部活を作ったバカみたいな天才が三年生にいると」


「天才だなんて、あはは嬉しいなぁ」


 変な部活とかバカみたいなとかにはツッコまないんですね……。


「それで転生部って何をする部活なんですか?」


「ふふふ、それはね」


 壱定先輩は一瞬だけ間を置いて言葉を紡いだ。


「異世界転生を望む部活動さ」

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