第20話 厨二病でも恋がしたいのは間違っているだろうか


 次の日────

 俺は七罪を教室に送ってから自分の教室に入った。

 一番最初に目に入ったのは本を読んでいる灰咲はいざき凪咲なぎさの後ろ姿だ。本当に俺と同じクラスだったんだな。

 あいつが学校で上裸になって人の妹のパンツを被ってたなんて言っても誰も信じないだろうな。

 次に目に付いたのは頭と左腕に包帯を巻いた濃野の姿だ。

 何人かの友達に囲まれている。事故の話とかしてんのかな。

 俺はがらじゃないと思いつつも濃野のところに行って話しかけた。


「よっ」


「おお、ベル。おはよう」


「お前それ何があったんだよ」


「いや〜あはは登校中に車に跳ねられちゃってさ」


「笑いごとじゃねえだろそれ……」


「しぶとすぎだろこいつ〜。包帯巻くほどの重体なのに即学校来るとかさぁ」


 谷村が冗談交じりに笑い飛ばす。

 こいつは俺以上に心配してただろうな。

 仲のいいやつが死ぬなんてことがあったら一生忘れられない心の傷になってしまう。


「当たった瞬間ぶわって空飛んでさ。あっ俺飛んでる、死ぬって思ったね」


「あはははは、なんだよそれ」


「……ま、生きてて良かったよ」


「おう」


 俺は言いたいことは言えたのですぐに自分の席に戻る。

 前は妹のいるあいつが憎くて憎くて仕方がなかったのに、今じゃ事故にあって心配するなんて自分の気の変わりように辟易する。

 俺は机に突っ伏して、ホームルームが始まるのを待った。



 二限目の休み時間、現代文の授業が終わると谷村が俺の席に向かってきた。

 何の用だよマジで。


「おっすおっす」


「おう、何用?」


「あ、あのさー七宮っちの妹ちゃんってさ……」


「七罪がどうした?」


「彼氏とかいるのかな〜、なんて」


「殺すぞ」


「なんで!?」


「殺すぞ」


「あっ分かった分かったごめんごめん。タブーなのねそれ。気ぃ遣えない俺が悪かったよ」


「殺すぞ」


「七宮っちが壊れちゃった!」


「ベル落ち着け!!」


 濃野が駆け寄って俺と谷村の間に割って入る。


「谷村お前、一番こいつに言っちゃいけないこと言ったな」


「えっそんな駄目なことだったの……?」


「ああ、こいつは重度のシスコン。つまり今の谷村のセリフを聞いただけで自分の妹に彼氏がいるというイメージが湧いてしまったんだ」


「な、なるほど」


「殺すぞ」


「ま、まずいよ絢都!このままじゃ俺、七宮っちに殺される!」


「ベル、落ち着け。お前の妹の彼氏はお前に決まってるだろ」


「確かに」


「七宮っちが正気を戻した!」


「なるほど。俺は七罪の彼氏だったのか……。七罪は妹であり彼女であり恋人であり嫁であり妹なのか」


「なんか変な方向に壊れ始めちゃった!」


「安心しろ、谷村。これがこいつの本当の姿だ」


「なにそれ怖っ! 七宮っちってこんなキャラだったの!?」


「残念ながらそういうことになる」


「残念ながらってなんだよ!」


 流石の俺も気に障ったので怒った。


「さすがに残念だろ」


「うん、これは残念だわ」


「うるせぇな!」


 なんだよこいつら。俺を弄びに来たのか?

 そうだ、いい機会だし聞きたいこと聞いておくか。

 さっきよりも声を小さくして話した。


「なぁ、灰咲ってどんなやつなんだ?」


「えっ? 七宮っち灰咲さん好きなの?」


「いやちげぇよ。俺は七罪一筋だから」


「ここまで清々しいともう尊敬しちゃうね……」


「灰咲かぁ」


 濃野は腕を組んで考え込む姿勢をとる。


「あんまり喋らないイメージだよな」


「というかザ・高嶺の花、みたいな感じ?」


「高嶺の花、か」


「ほら、頭もいいし勉強も出来るし顔もめちゃくちゃかわいいし綺麗だし。静かで顔がいいってのは七宮っちに似てるかも」


「俺と灰咲が似てるのか」


「確かに雰囲気は似てるかもな。俺は話したことないしなんも言えないけど。前に無視されたこともあったし」


 灰咲は男子が苦手とか言ってたな。なんか男子と話すと変なこと言うから話したくないとかなんとか。


「まぁとにかく話しかけるのも烏滸がましいくらいの女の子だってことだね」


「そうか。ありがとう助かった」


「で、なんでそんなこと聞いたの?」


「いやちょっと気になっただけだ」


「好きなの?」


「グーで殴るぞ」


「はいバリア」


「谷村お前学習しないな……」


 そこでチャイムが鳴り、授業の始まりを告げた。


「そこ席つけよー」


 なんだかいつも以上に騒がしい休み時間だったな。

 七罪が妹になってから変化の連続だ。

 それがいい方向でも悪い方向になっても、停滞よりは変化の方が楽しいかもしれない。

 俺は灰咲の背中を眺めながら、そう思った。




      ◇◇◇




 三限目の休み時間、トイレから出て廊下を歩いているとノアと鉢合わせした。


「おっす」


 俺が声をかけてもノアはもじもじしてこちらを見るだけで言葉を発さない。これはいつもの事だ。

 ノアは周囲に三人以上知らない人がいると滅多に声を出さない。

 かく言う俺も周りに人がいるだけで会話が下手になるような人間なので、これに関しては何も苦言を言うことはしない。

 ここは教室前の廊下だから必然的に何人もの人が周囲にいる。


「……場所移すか」


 俺がそう言うとノアはこくりと頷いて俺のあとをついてくる。

 特に意味もなく廊下をノアと二人で歩く。

 ここ瑆桜せいおう学園はそれなりの規模のマンモス校なので校舎がバカでかい。

 どれだけ頑張ってもこの休み時間中に端から端まで回ることは出来ないだろう。

 ようやく人の姿が周りに見えなくなったところでノアが口を開いた。


「はっはっはっ……ぬかったなベルフェゴール!!」


「なにィ!?」


 ノアは俺の背後に回り込んで、脚部、細かく言えば膝裏にその一撃を叩き込んだ。

 俺はがくりと膝を付き、地面に這い蹲る。


「俺の負けだ、ノア。まさかお前がここまで腕を、いや膝を上げたとはな」


「もはや〈膝カックンジャイアントスレイヤー〉で私を上回るものはいないだろう。今なら弟子にしてやってもいいぞ」


「膝師匠、俺一生ついてきます!!」


「ふふふ。精進したまえよ膝弟子」


 俺とノアの茶番はひとしきり茶番を楽しんだ後に本題に入った。ノアの顔はどこか赤い気がした。少しもじもじしてる気もする。……なんで?


「……え、えっと、私を呼び出したのはなんのためだ?……まさか、こ、こ、こく」


「ああ、もちろんあのことについてだ」


 ごくり、とノアは息を呑んだ。


「お前がおすすめしてくれた漫画『刻殺の刃』についてだ」


 そう俺が言い終えると同時にノアは俺に膝カックンをした。洗練されたそれによって俺はまたしても膝をついてしまう。


「な、なんでだ膝師匠!俺が何をした!」


「お、お前が大袈裟に私を呼んだから何かと思ったけどそんなことか!」


「え……? いや廊下で会ったしせっかくだから話しとこうと思っただけだけど……」


「ま、まぁいい。で、刻殺がなんだって?」


「ああ、俺はお前に謝らなくちゃいけない。……刻殺の刃を一話切りした俺をどうか殴ってくれ」


「もういいじゃないか、過ぎたことだ」


 ノアは俺の肩に手を置いて微笑みかける。


「刻殺の刃を一話切りしてしまうのは大罪に等しい行為だ。しかし、その後単行本という免罪符を買えば赦される。お前はもう赦されたのだ」


「膝師匠………」


「いやそれダサいからやめろ!」


 そう言い終えるとノアはもじもじしながら言葉を付け足した。


「………それと私からも一ついいか?」


「ああ、なんだ?」


「お花を摘みにいきたい」


「先に言え!」


 何か妙にもじもじしてると思ったらそういう事かよ!


「あっ……」


「えっなに!?今のあっ、ってまだ大丈夫だよな!?よし急ぐぞ!」


 俺とノアはダッシュしてなんとかトイレにつき、授業に間に合った。いや別に一緒にトイレに入った訳じゃなくてトイレ前で待ってただけだから。

 なんかそれもおかしな話だけどノアはなんか異性と思えないというか妹みたいな感じで……………、



 …………ってあれ?

 なんかおかしな話だな。

 俺は七罪よりノアの方を妹みたいに扱ってるような.....。

 いやいやいや俺に妹はいなかったんだからさ。そんな扱い出来るわけ─────

 なんだこれ、考えていると頭痛がどんどん酷くなる。

 なんだろうか、この感覚は。

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