第19話 ATTENTION 俺の妹を産んでくれ!



 俺は夢がいっぱい詰まったリュックサックを背負って、自分の家の前に立った。

 補足すると夢=妹である。


 今回の帰宅では昨日の反省点を生かして持ちやすさ、運びやすさを重視した大きめのリュックサックに小さくした七罪を入れることにした。なんでリュックなんて背負ってるの、と聞かれたらおしまいだが聞かれなければ俺の勝ち(?)だ。

 幼女を背嚢にしまって家に持ち込むという事案案件を俺はいつまで続けることが出来るのだろうか。

 もちろん、人目のつかない路地裏で七罪を小さくしてから隠しては居るがバレたら人生が終わってしまう可能性も………。


 いや、そんな弱音は言ってられない。

 七罪は俺だけの妹なんだ。誰にも渡すものか。


 玄関の扉をがちゃりと開ける。

 外から中を見渡した限り誰もいないようだ。

 リビングからはテレビの音が聞こえる。

 ティアだろうか。

 なるべく声をかけられないに越したことはないが。

 だが案の定、俺が抜き足差し足でその横を通っていたところで声をかけられてしまった。


「おかえりー。ベル兄今日遅かったね」


 俺はリュックをなるべく視界に入れないように向きを調整する。

 ティアは椅子の上に体育座りしてゲームを持っていた。


「あ、ああ。ちょっと部活あってさ」


「ふーん………って、ベル兄が部活!?すっごい今更だね。何部入ったの?」


「えーと、妹部」


「そんなんあるわけないでしょ!」


「流石にあるの疑うよな………」


「あるの!?」


「冗談冗談。あっ俺今日も夕飯いらないからさ、作んなくて大丈夫」


「ああ、おっけー」


 俺は急いで階段をのぼり、自室に入る。

 後ろ手に扉を閉めて一息をついた。

 リュックサックをベッドに下ろすと、中から七罪幼女verが出てきた。かわいい。


「いや〜、なかなか居心地いいですよこの中」


「意外な感想だな……」


「女神だった時じゃ味わえないいい感じの狭さですね」


 むふー、と鼻息をして自慢げに語った。

 かわいいかよ。


「えっと戻した方がいいよな?」


「はい、そうして貰えると助かります」


 《創妹ソロル》を使って七罪の身体を女子高生のサイズに戻す。

 水色と白を基調としたいつものパジャマ姿だ。かわいい。かわいいという単語がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。


「なぁ、七罪」


「はい、なんでしょう?」


「俺のこの《創妹ソロル》ってさ、妹をもう一人創れたり出来たりしないかな」


 俺がそう言った瞬間、七罪は目を見開いて明らかに動揺してみせた。まずい失言だった。


「ショックです……私一人じゃ満足できないっていうんですか……?」


「ち、違うぞ七罪! 俺はお前一人で十分幸せだ。えっとそうじゃなくって、ほら妹がいない他の人にも俺と同じ幸せを味わって欲しいなって」


「なるほど……。安心しました。私はもういらない子なのかと」


 七罪は瞳をうるうるさせて目で訴えてきた。


「そんな訳ないだろ! 冗談でもそんなこと言っちゃだめだからな。お前のことはこの世界中で一番愛してるんだ」


「よ、良く恥ずかしげもなくそういうこと言えますね」


「恥ずかしいに決まってるだろ。でも俺はもう下を向かないって決めたから。七罪が俺に希望と幸せを与えてくれたおかげでな」


「そ、そうですか。それは女神冥利につきますね」


七罪は少し俯いてもじもじしてみせた。


「お兄さんは優しいですね。他の人にもちゃんと手を差し伸べようとするなんて以前のお兄さんなら考えられないです」


 確かに七罪が来る前の俺は憎悪に満ちていた。

 身体は恨み、心は妬み、血は全世界の妹のいる兄に対する殺意で出来ていた。

 別に大げさに言ってるわけじゃない。

 本当に俺は絶望に伏していたんだ。七罪がいなかったら今頃俺はこの世にいなかっただろう。

 七罪は俺を見ながら話を始めた。


「さっきの質問ですが、率直に言うとお兄さんの能力でもう一人の妹を創ることは不可能です。あくまでこの能力は妹である私自身を自在に変えるだけの能力なので」


「そうか……。悪い、変な質問して」


「いや、いいんですよ。分からないことがあったらなんでも聞いてください。私は分からないこと以外全部分かるんですから」


「なんだそりゃ」


 自信満々に当たり前のことをいう七罪の姿にひどく愛おしさを感じて、その頭を撫でた。

 こんなにも与えてもらえて、俺は幸せ者だ。



 俺と七罪は《創妹ソロル》で作ったカレーを食べていた。

 味も何もかもが申し分ない。

 カレーを所望したのは七罪で口に頬張って精一杯食べている。

 かわいい。


「はぁーこの味凄い懐かしいですね。美味しいです」


「懐かしいってどういう意味だ?」


「えっとそのまんまの意味ですよ。最近食べる機会がなかったので」


「ふーん」


 七罪の女神だったときの話は俺としてはあまり聞きたくはなかった。興味はあるのだが、それを聞いてしまうと俺の中での七罪が七罪でなくなってしまうような、そんな気持ちが心の中で渦巻いてしまうのだ。


 食事をしている時も俺の頭の中は灰咲のことで埋め尽くされていた。そりゃそうだ。パンツを被った同級生の姿なんて忘れたくても忘れられない。

 上から目線みたいに聞こえるかもしれないけど、俺は灰咲に手を差し伸べてやりたい。

 なんとかあいつにも妹がいる幸せを味わってもらいたい、そんな気持ちでいっぱいだった。


 でも、妹はプレゼントするものでもないし、七罪みたいに突然出来るものでもない。

 一番現実的なのは生々しい話、両親に産んでもらうしかないだろう。

 他の方法として、『義理の妹が出来る』のも『養子として妹を迎え入れる』というのもあまり現実的とは思えない。


 そんなこんなで頭でいろいろと考えていると、


 ガチャリ───


 ノックもなしに俺の弟、ティアが扉を開けた。

 俺はすぐに扉にダッシュして、なんとか七罪を見られないようにする。


「ノックしろって言ってんだろヴぉい!」


「反抗期の息子か!! ……って、えっ、えっ、誰……?」


 ティアが七罪の姿を視界に捉えてしまったようだ。


 あっ、終わった。

 俺の妹独占計画が…………。


 七罪は俺に近付いて耳打ちする。生暖かい吐息が耳にかかってかなりくすぐったい。


(いいですか、妹じゃなくて『彼女』って言うんですよ)


 なん……………だと.........。


 その作戦があったか。身内に対して義理の妹が出来たなんて下手な嘘はつけない。

 だが、七罪を彼女と言い放つのは勇気が必要だ。


「いいか、ティア……」


 七罪は決して彼女ではない。

 妹だ。

 七罪を彼女と言い放つことで俺の中の七罪像が妹から彼女にシフトチェンジしなくもなくもない。


「このは俺の…………俺の……」


 だが、それを使わざるしてこの場を乗り越える策が全く見当たらない。

 言うしか、ない。


「………彼女だ」


 それを言った瞬間、ティアの目が見開かれた。


「ま、マジ?」


「マジだ」


「マ?」


「なにJKみたいに言ってんだ!」


「ベル兄さんにこんなにかわいい彼女がいるわけがない」


「なんで俺妹みたいに言ってんだよ!バカにしてんのか!」


「だ、だって信じられないんだ。本棚に並ぶのは妹ものラノベと妹ものアニメの円盤、その裏に忍ばせる妹ものエロゲー」


「なんで知ってんの!? 怖いんだけど!」


「そんな部屋に彼女さんを招き入れてるベル兄さんの神経が信じられないんだ」


「そっちかよ!」


「ちゃんと良識ある彼女さんで良かったね」


「ま、まあな。あの、彼女がいることラストの野郎には言わないでくれ」


「もちろん。ラス兄に言ったらとんでもないことになりそうだからね。それじゃあごゆっくり〜」


 ティアは笑顔で手を振りながら扉を閉めた。

 なんだあいつ。

 そもそも何をしに俺の部屋に来たんだよ……。


「妹だってバレなくて良かったですね、お兄さん」


 七罪はにこにこ笑顔で笑っていた。

 かわいい。もしや全人類で一番可愛いのでは……?

 俺は七罪に優しく微笑みかけた。



 俺達はその後昨日と同じように交互に風呂に入ってから床についた。

 スマホを見ると濃野から連絡が来ていることに気付く。

 そこにはいくつかの文章が綴られていた。


『連絡遅れたすまん。


 朝登校中にちょっと事故ってさ。明日は学校行けそうだから心配しなくても大丈夫だ。


 六華には「ほんとに心配したんだから〜」みたいに怒られたよ』


 事故……?

 ちょっとってなんだよ。事故はちょっとしてないだろ。

 あまり心配してなかった俺だったが事故と言われるとさすがに心配が生まれてくる。

 俺は気を遣うのも気を遣わせるのも苦手なので、適当に『OK』とスタンプを送るだけに留めた。

 死んでるとかだったらマジでトラウマになるだろうから、なんにせよ生きてて良かった。


 生きているならどうとでもなる。

 それは七罪が教えてくれたことだ。

 生きてさえいれば、大丈夫。


 それにしても、七罪が来てから三日目にして身内にバレるとは思ってはいなかったな。

 でも見つかったのがティアで良かった。

 現在この家に住んでいるのは俺と五男のティア、そして次男のサタ兄、三男のラストだけだ。

 長男のルシフェルは別居して家庭も持ってるし、母さんと父さんは二人とも働いていて転勤で九州の方にいる。

 六男の執斗しっと、七男の健も両親についていってこの家には今いない。

 とにかくサタ兄とカス兄……じゃないラス兄にはバレないようにしないと七罪の身が危ない。

 あとは灰咲のこと。明日あいつと会って普通に会話できる気がしない。



「……お兄さん、起きてますか?」


 ふと考えに浸っていると七罪から声がかかった。ここで嘘をついてもしょうもないので素直に答える。


「起きてるよ」


「……愛してますよ、お兄さん」


「俺も愛してるよ………って、え、お前今なんて」


「………ふふっ、なんでもないです。おやすみなさい、お兄さん」


「お、おう、おやすみ」


 俺の聞き間違いじゃないよな……。

 七罪の言うことの真意は未だ分からない。

 俺を幸せにすることが目的と七罪は言っていた。

 だから、俺に対する好意も全て役割だからそう言っているみたいな、そんな風に聞こえていた。

 でも今さっき聞いたことは、さっき七罪が言っていたことには、本当の気持ちが篭っている。そんな気がしたんだ。

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