第16話 妹を覗く時、妹もまたこちらを覗いているのだ。



「じゃあ、灰咲はいざき先輩こっち来てもらっていいですか?」


 七罪が灰咲のもとに向かい話しかける。


「ええ」


 灰咲は意外にもそれを快く笑顔で受け入れた。そんな笑顔するんだな。ずっと笑ってた方が可愛いのに。

 灰咲は俺と対極の位置に座った。ちなみに俺の隣に七罪、真正面にノアが座っている。


「えっとじゃあ、親睦を深める意味で改めて自己紹介しましょう。お兄さんからいいですか?」


「ああ。分かった」


 俺は頷いて、皆の方向へ向き直った。


「俺は二年五組の七宮ななみやベルフェゴールだ。好きな食べ物は妹。好きなおかずも妹。好きな妹は妹だ。改めて宜しく」


「バカなんですか!? まさか言わないだろうなと信じてましたけど最悪のスタートですよ!」


「いやいいスタートダッシュだと思ったんだが……」


「さすがにそれはないと思うぞベルフェゴール……」


「ほら永淵先輩も言ってますし」


「好きなジョジョの部くらい言ったらどうだ?」


「違う、そうじゃないです」


「確かにな………悪かった。俺は4部が一番好きだ」


「言ってる場合ですか!灰咲先輩ドン引きしてますよ!」


 見ると灰咲は真顔でこっちを見ていた。え?何どう言う感情なの?

 というかまずいな。いつものノリで喋ってしまった。


「まぁ、いいです。次、永淵先輩どうぞ」


「了解した。私は二年四組の永淵ながふち路愛のあ。真名は〈箱舟の調停者アークソウル〉」


「略してアクソだな」


「略すな馬鹿者!一気にカッコ悪くなるだろう!」


「悪い、つい癖で」


「因みに好きなジョジョの部は第5部だ」


「それ言わなきゃいけない決まりでもあるんですか!? 分からない人はほんとわからないですからねそれ!」


「そして好きなスタンドはクラフトワークとダイバー・ダウンだ」


「分かる」


「好きなラスボスは吉良吉影だ」


「すげぇ分かる」


「何オタクの会話してるんですか! 灰咲先輩を置いてけぼりにしないでください!」


 灰咲は常時真顔を保っていた。

 いや、笑わせようと頑張ってるんだけどさすがにジョジョネタはわからない人には分からないよな……。


「えっと次は灰咲先輩いいですか?」


「二年五組、灰咲はいざき凪咲なぎさよ」


 二年五組………って。


「灰咲、俺と同じクラスだったんだ」


「ベルフェゴール、自分のクラスメイトの顔も知らないのは流石にやばいと思うぞ」


「わ、悪い。俺ほら、ろくにクラスメイトと話したことないからさ」


 少しの静寂がその場を襲う。

 えっ、なにこのいたたまれない空気………。

 そして七罪が口を開く。


「大丈夫ですよ、お兄さん。もう私がいます」


「私もいるぞ、ベルフェゴール」


「お前達………」


 俺は片手で涙を拭いた。

 なぜだか灰咲の視線が俺に対してだけ鋭い気がする。

 ……分かったぞ。

 俺と同じクラスってことは昼間の俺のシスコン騒ぎを絶対に耳にしてるはずだ。

 軽蔑しているのも何となく分かる。まぁそんなこと気にしないのが一番だな。普通に接しよう。


「えっと灰咲先輩、何か趣味とか好きなこととか教えて貰ってもいいですか?」


「趣味…………そうね、強いていえば勉強と読書かしら」


「確か、灰咲は定期テストの点が毎回学年トップだったような」


 ノアが灰咲の方を見て言った。


「そうよ。学生の本分は勉学ですし、今もあまりこうして時間を無駄にはしたくないのだけれど」


「な、なんかすみません……」


 七罪が肩を落として灰咲に謝る。


「別にナツミちゃんが謝ることはないわ。気にしないでいいのよ」


「な、ならいいですけど。えっと、次私ですね」


 七罪はそう言って立ち上がった。


「私は一年二組の七宮ななみや七罪なつみです。七つの罪って書いて七罪って読みます」


「なん………だと………」


 本日二回目、ノアの一護さんが出ました。


「七つの罪で七罪………? なんて素晴らしいネーミングセンスなんだ………。名付け親にぜひお会いしてみたいものだ……」


 その名付け親は俺です、なんて言えるわけもないな。


「ははは、ちょっと変な名前ですけど。覚えられやすいし、大好きな人が名付けてくれたのでとっても気に入ってます」


「がはぁっ……!」


 俺は机に吐血した。………訳ではなくそのイメージで口に手を当てた。


「どうしたベルフェゴール!? 〈失われた地平隊アルカディア〉の仕業か!?」


「どうやら……そのようだな………」


「こんな愚兄の妹ですが、どうぞよろしくお願いしますね」


 七罪は言い終えると席に座った。愚兄て……。否定出来ないのが悔しい。


「次は何をする部活動にするか、よね」


 灰咲が口を開いた。ここまで無表情だとある意味凄いよな。


「一人ひとり案を挙げてその中からひとつに絞りましょうか」


「そうですね。まずあまり聞きたくないですがお兄さんから聞きましょうか」


「そうだな……。『妹部』なんかどうだ?」


「案の定ですよ! そんなの通るわけないです! 活動内容も予想出来ないですし!」


「妹をただ愛でるだけの部だ」


「何が楽しいんですかそれ!」


「想像するだけで楽しいが」


「あーはいはいそうですね」


 そしてノアが部活の一覧表を眺めながら口を開いた。


「残念だがベルフェゴール、『妹部』はもうあるようだぞ」


「あるの!?」「あるんですか!?」


 俺と七罪は同時に声を出した。


「マジか〜そっち入っとけば良かったぁ〜」


「そんな部活絶対入りませんからね私!」


「なんでも妹だけしか入れない部活のようだ」


「俺入れないじゃん!」


「そういうわけで却下だな」


「くそぉ………」


「妹部が存在するこの学校どうなってるんですか……」


 ここ瑆桜学園はかなり生徒に自由にやらせる校風で部活もポンポン新しくできて廃れていくらしい。

 まさか本当に妹部が存在するなんて思ってもみなかったが……。


「では、私が提案してもいいか?」


「もちろん」


「こほん、私が立案するのは『深淵を覗く部』だ」


「深淵を覗く部………?」


 灰咲が小首をかしげる。


「永淵さん、それは何をする部活動なの?」


「………? そのまま深淵を覗くだけの部活だが」


「どんな部活だよ! 深淵って何!?」


 俺は思わずツッコんでしまった。


「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ」


「はいはいニーチェの有名なやつね」


「深淵を覗く時、深淵を覗いているのだ」


「一気にバカっぽくなった!」


「Und wenn du lange in einen Abgrund blickst, blickt der Abgrund auch in dich hinein.」


「賢すぎて原文になった! 意味わかんないけど!」


「深淵を覗くのだ」


「ハム太郎!?」


「違うのだフェネック。深淵を覗くのだ」


「アライさんだった!」


「今日はとっても楽しかったね。明日は、もっと楽しくなるよね、ハム太郎?」


「やっぱりハム太郎じゃねぇか!」


 ノアは時々、封が切れたようにボケを連発する。

 その様子を見ていた七罪は笑いを堪えられなくて下を向いていた。七罪の笑顔、ゲットだぜ。

 灰咲は部活の一覧表を見ていた。


「『深淵を覗く部』も既にあるようね」


「あるの!?」「あるのか!?」


「なんでもニーチェのことについて調べる部活動で文献とかを集めて読んだりしてるらしいわ」


「思ったより真面目な部活だった!」


「ということで残念だけど『深淵を覗く部』は却下ね」


「本当にどうなってるんですかこの学校………」


 ノアは明らかにしょぼんとした表情で俯いていた。かわいそう。

 というかほんとに深淵を覗く部にしたかったのかよ。


「じゃあ、私が挙げる番ね。別に部活動じゃなくて同好会とかでもいいなら勉強同好会とかどうかしら」


「まぁ今までで一番無難ですね。でも妹部とか深淵を覗く部があるならそれもあると思うんですけど」


 ノアが部活動の一覧表に目をやっている。


「う〜ん。見た限り勉強部も勉強同好会も勉強委員会もないな」


「ないの!?」「ないんですか!?」


 俺と七罪は同時に声を上げた。


「どんだけ勉学の意識低いんだよこの学校!」


「深淵を覗く部があるのに勉強部がないのはちょっと意味が分からないですね……」


 もしかしたらうちの学校は進学校を謳ってるだけの馬鹿学校なのかもしれない。


「勉強同好会は……ちょっと、いやだいぶ嫌だな」


 ノアが小さく呟いた。


「大丈夫よ、私が手取り足取り教えてあげるわ」


 灰咲が手取り足取りというとなんかえっちな単語に聞こえてならない。

 こいつの女の子としての色気がやばいんだもん。

 いや馬鹿か。俺は七罪一筋だって言ってんだろ。

 でも学年トップの灰咲が手取り足取り教えてくれるなら、手取り足取り同好会………いや勉強同好会も悪くないかもしれない


 そして、灰咲は言葉を付け足した。


「七宮君以外には」


 あっ、俺には手取り足取り教えてくれないんですか……。あっ、そういう。なるほど。………ふーん。


「勉強同好会はつまらなそうだから却下だな」


「は?」


「なんでもないですそうですね勉強同好会にしましょうか」


「弱っ!」


 七罪の視線が痛い。

 だってこの灰咲って人怖いんだよほんと。

 人を五人は殺した目をしてらっしゃる。

 おそらくこの見た目を使って夜な夜な暗殺してるに違いない。

 多数決を行った結果、2:2で勉強同好会は保留となった。

 ちなみに俺は勉強同好会に手を挙げた。ノアと七罪の視線がダイレクトアタックしていたが仕方あるまいて。俺まだ死にたくないし。まだ七罪と一緒に居たいし。


「じゃあ七罪はどんな部活がいいんだ?」


「わ、私ですか?そうですね……」


 七罪は考えるポーズをとって5秒くらいたった後に口を開いた。


「ね、猫ちゃん部とか?」


「かわいい」「かわいいな」「かわいい」


 満場一致のかわいい来ました。

 七罪はここの二年生三人の心をぐっと捕らえてしまったようだ。


「え、駄目ですか?」


「いやそれにしよう」


「そうね」


「少し可愛過ぎるが仕方ない。可愛い後輩の言うことだ」


「ちょ、ちょっと一応調べてみた方がいいのでは?」


「猫ちゃん部なんてかわいらしい部活あるわけ───」


「残念ながらあるようだな」


「あるんかい!」


「ちなみに『猫ちゃん部』も『猫部』も『猫ちゃんクラブ』も『猫同好会』も『キャットファイト部』も『タチとネコ部』もあるみたいね」


「最後のだけなんか違う気がする!」


 キャットファイト部も相当よくわからないがタチとネコ部はマズい。かなりマズい。

 どうやらこの学校では俺の知らないところでホモが拡散されているようだ。


 ほんとにどうなってんだよ、俺の学校は……。

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