第13話 七宮ベルフェゴールの憂鬱

 昨日は意識しすぎて全く寝付くことが出来なかった。

 一日目に寝れたのは妹が出来たことに舞い上がって頭が上手く追いついてなかったからだ。

 眠りに落ちることが出来たのは午前三時頃。いい加減にしろ。

 七罪なつみは俺の気持ちなんてお構い無しにすやすやと小さい寝息をたてて先に眠っていて、今もまだ起きる様子がない。

 俺はその肩を揺すった。


「七罪、起きろ〜」


 にしても相変わらず寝相が凄い。

 布団は床に放り出されて、服を乱しながら大の字に寝ていた。何が凄いって、いつも真面目(?)な普段の姿とのギャップが凄い。

 俺はなるべく七罪の肌色な部分を見ないようにして肩を揺する。


「んむにゃ……」


「おお、やっと起きたな。もう学校行く時間だぞー……ってか今のすげぇ妹のいる兄貴っぽくなかった? ねぇねぇ」


「ふわぁ……朝から騒々しいですね……………………あと五分だけ」


「いやそれ絶対起きないやつだから!」


「……冗談です。制服着させてもらってもいいですか?」


「あ、ああ。分かった」


 俺は《創妹ソロル》を使って七罪に制服を着させる。

 この能力で新たに分かったことがある。

 それはこの能力を行使して創ったものは俺の意思でいつでも消すことが出来るということ。

 消す、というのはなんの比喩でもなく本当にこの世界から跡形もなく消えてしまうのだ。

 七罪の服に限っては消すなんてこと絶対にしないのだが、七罪がいちいち着るという動作がめんどうくさいということで俺が〈創妹ソロル〉でこうやって創ることもある。


「七罪〜、前の制服どうする〜?」


「あー、お兄さんの好きにしていいですよ」


「なんかその言い方だと俺が妹の制服でなんかするみたいじゃないか」


「えっ、そうじゃないんですか?」


「いやそうだけど」


「じゃあなんで言ったんですか……」


 俺は机に畳まれた前の七罪の制服をハンガーにかけてクローゼットに大切にしまい込んだ。これは七罪と俺の大切な思い出ということでここに置いておこう。

 ……自宅捜索されたら、俺は捕まるな。



 俺と七罪は他の家族に見つからないように慎重に家を出た。

 幸い昨日家にいた兄のラストも朝早くから家を出ていたようだ。

 もしくは昨日の夜中家を出て誰かの家に行ったか。まぁそんなことはどうでもいい。


「お兄さんお兄さん」


「どうした妹よ」


 七罪がバッグを後ろ手で持って上目遣いで聞いてくる。くそ、かわいいな。


「どうやったら、お兄さんのちゃんとした妹になれるんでしょうか」


「ああー……」


 正直昨日のことを思い出すと今すぐにでも忘れたいレベルに恥ずかしい思いになる。

 普段人に全く意見を言わない俺だったけど、妹のことになるとあんなに熱くなれるんだな。


「七罪はそのままでいいよ」


「えっと……昨日と言ってること違いませんか?」


「昨日言ったことは全部俺の心の問題だ。七罪は何も気にしないでいいんだ。何も気にすんなって言っただろ?」


「昨日のことは多分一生忘れられないと思いますよ」


「いやマジで恥ずかしかったしほんと忘れて頼む」


「だってあの時のお兄さん、ちょっとかっこよかったですし」


 七罪は俺の目を見ずに進行方向を見て小声で言った。


「え?なんだって?」


「な、なんでもないですよ」


「まぁ俺がカッコイイのは当然だな」


「聞こえてんじゃないですか! 難聴に味を占めないでくださいよ!」


 俺はがくりと肩を落とした七罪の頭を撫でた。

 いやー、妹との登校最高だな。

 今日はいい日になりそうだ。



      ◇◇◇



 七罪の教室、一年二組まで彼女を送って自分の教室まで向かう。

 そう言えば今日は登校中に濃野と会わなかったな。

 特に待ち合わせをしてるわけじゃないんだが、登校の道が同じなもんで会いたくなくとも鉢合わせすんだよなぁ。

 教室の後ろの扉を開けて、中に入る。時間ギリギリだったからか教室にはほとんどのクラスメイトが来ていたようだ。


 相変わらず俺に挨拶をしてくるやつはいな…………ん?

 なんか凄いみんなの視線を感じる。え?なにこれめっちゃみんな俺の事見てない?すっげぇ怖いんですけど。

 俺はそそくさと自分の席に向かい腰を下ろした。

 ホームルームが始まるまでスマホをいじって時間を潰そうとズボンのポケットからスマホを取り出すと、肩をとんとんと叩かれた。

 おそるおそる見上げるとそこには濃野の友達、谷村の姿があった。ちょっとテンション高くて苦手なんだよなぁ……こいつ。


「七宮っちおはおは」


 谷村は手を振りながらにこにこと朝の挨拶を決め込んできた。

 なるほど、まずは手始めにジャブの掛け合いということか。

 というか濃野あいつどこだよ、もう。友達の友達は友達じゃないっつうの。

 俺はその挨拶の返しににこやかに笑うことを選択した。声は出さずにはにかむだけ。一種の逃げだが、俺には今はこれが限界だ。

 さて、どうでる?


「おおう、その手には乗らないぜ七宮っち」


 その手にはってなに!? 谷村は少し後ずさって何か妙なセリフを言った。おおうってなんだよ! 俺の笑顔なんか変だったか?


「なんか用か?」


 俺は渾身でボディブローを打つ勢いで確信に迫る。しかし俺のその声音は固く、決して友好的とは言えなかった。


「そのさー。昨日から七宮っち天使みたいにかわいい女の子とよく一緒にいるじゃん?」


 天使みたいにかわいい女の子?

 それを聞いて真っ先に頭に思い浮かんでくるのは七罪の姿だった。

 七罪、かわいいよな。天使みたい、うんうんわかるわかる。

 俺の頭は七罪一色になり、口から出る言葉も七罪一色になった。何を言ってるのかよくわからないと思うが俺にもよく分からない。

 とにかく、その瞬間に舌がうまく回るようになったんだ。


「ああ、七罪のことか」


 俺が名前を言ったその刹那、教室がどよめき立つ。え?なになになにやめて怖いから。注目されるマジで勘弁なんだが。


「ぶっちゃけ彼女なん?」


「うーん、愛し合ってるけど彼女ではない」


「え?なになにどういうこと?ちょっと意味が……」


「つまり、七罪と俺は家族ってことだ」


 俺がそのセリフを言ったあと、一瞬だけ教室全体を静寂が支配した。

 俺はその一瞬の静寂の中を何億秒にも感じられてしまい、心臓をきつく締め上げられるような感覚にも陥った。

 しかし、静寂を破ったのはクラス中の女子の耳を劈くような大きな声だった。五月蝿いんだけど……。

 俺は驚いて少しびくりと身体が反応してしまった。これは俺なんかやっちゃったな、あーあ、帰ろう。泣きたくなってきた。

 その甲高い声を上げた女子が達が近づいてくる。


「もう結婚してるの!?」「いや女子は16歳からだけど男子は18歳からじゃなかった?」「えっ、つまり七宮君の許嫁さんってこと!?」「まさか子供が出来ちゃったとか!?」「婚約したのか、俺以外のヤツと...」


 最後のなんか一人おかしくない!?

 というか喋る人が多すぎて全く聞き取れない。誰か聖徳太子呼んでこい。

 女子達は嬉々とした輝いた目で俺を見る。俺は妹以外の女性に尽く興味がない人間だからその誰もが名前の知らない奴らばっかだ。

 男子は遠巻きに俺の事を見て「ヒューヒュー」やらテンション高めな感じで煽っていて、事の発端である谷村は俺に向けて親指を立てて全力の笑顔を見せていた。

 いやなんで!?なにもかもが意味がわからない。途中から頭が混乱して何も頭に入ってこなくなってしまった。


「おぉうなんだ七宮モテモテだなー。みんな席座れー。ホームルームはじめっぞー」


 無精髭の似合う細身の馬場センが教室に入ったことで俺の周りの人々は散り散りになり、自らの席に戻って行った。

た、助かった。

 朝から開幕そうそうよく分からない。

 俺と七罪が兄妹であることにあんなに過剰に反応するか?普通。



 毎回授業が終わると俺に対する質問は絶えなかった。

 どうして好きになったの、とか。馴れ初めは、とか。赤ちゃん出来ちゃったの?とか。


 俺はコミュ症なのでその全てをノーコメントで躱し続けていたら、次第に俺の周りから質問をするやつはいなくなって三限の休み時間にはもう人だかりは居なくなってた。

 なんか質問がおかしいような気がするけど、この場を乗り切ればみんな忘れてくれるだろう。と言うか何が発端で子供が出来たとか質問してるんだろう。

 今日ばかりは濃野が欠席していることを憎まざるを得ない。

 あいつなら上手いこと言ってその場を治めてくれるんだけどな……。



 昼休みが始まると七罪と昼飯を食べに空き教室に行こうと俺は席を立ち、教室から出ようとしたところで声をかけられた。

 これは谷村の声だ。


「ちょっと七宮っち」


「なんだ?」


 俺が振り返ると、谷村はにこにこしながら右手を肩の高さまで上げて言った。


「グーで顔面殴っていい?」


「なんで!?」


「ごめん間違えた。チョキで目ん玉潰していい?」


「どんな間違え方だよ!てかどっちもダメだろ!」


 俺が言うやいなや谷村のチョキが俺の双眸目掛けて向かってきたので俺はそれを白刃取りのように両手で掴んだ。

 こいつ、人の眼球を潰そうとするなんて何を考えてんだ...?


「お、お前なんのつもりだ……」


「だって……」


「だって?」


「七宮っちが羨ましいんだよ〜〜くそがぁ!あんなにかわいい女の子といちゃこらしやがって〜〜」


「は、はぁ!?」


「七宮っちもイケメンだからお似合いだけどさぁ……くそ爆発しろ!」


 谷村はそう言い放つと手を引っ込めた。


「な、なぁ、谷村お前なんか勘違いしてないか?」


 俺がわなわなと谷村に言った時だった。


「もー、いないと思ったらまだここにいたんですね」


 七罪が教室の後ろの扉から顔を覗かせて俺に声をかけた。


「ああ、ごめん今行く」


 俺が返事をして七罪の元に向かおうすると七罪を俺のクラスの連中が取り囲んだ。

 クラスのそこかしこから「かわいい」という単語が聞こえる。

 そんなもの当然だ。俺の妹はめちゃくちゃかわいい。


「君、七宮くんと仲のいい一年生だよね?」


「え、ええ。まぁ」


 七罪は戸惑いつつも軽く答えた。


「七宮くんの婚約者さんってほんと?」


「………は?」


 七罪は口を開け、明らかに困惑した表情を見せた。


「いやいやいや婚約者なんかじゃないですよ。兄妹ですし」


「「「「「.....え?」」」」」


 クラスの誰もが口を揃えて言った。

 あ、あれ?俺最初に兄妹だって言わなかったっけ?


「え、でも七宮君が君と愛し合ってるって」


「な、ななな何言ってるんですか、兄妹ですしそんなのありえないですよ、ははは」


「……え?」「どういうこと………?」「七宮君が一方的に好きってこと?」「妹を好きだって……」「シスコンってやつじゃね」「なんか不潔……」「七宮は俺を愛してないのか……?」


 最後の誰!?

 ていうかやばいやばいなにこれ頭真っ白になってきた。

 周りの突き刺さるような目線がただ痛い。


 心臓が、痛い。

 胸が破裂しないように自らの胸を抑える。


「七宮っち………」


 その声のした方向を見ると、谷村が哀れむような目でこちらを見ていた。そして親指を立てて、


「ドンマイ!」


「お前殴るぞ!」


 この日を境に俺のクラスでの扱いはシスコン野郎となってしまった。

 …………なんで?

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