第12話 冴えない妹の育てかた
「……はぁ!?」
思わず自分の耳を疑った。
こいつ今なんて言ったんだ?俺の聞き間違いじゃないよな。
「だから、一緒にお風呂入りませんかって言ったんです」
「分かってるよ。分かってるけどさ………」
「なに
「確かに言ってたし思ってたけども! そんなに事細かに言わなくてもいいだろ!」
「で、私とお風呂、入らないんですか?」
「…………」
「幸せな気持ちになりたくないんですか?妹とお風呂ですよ?あなたの一番望んでいたことなんじゃないですか?男の子みんな好きなんですよね?女の子とお風呂ですよ?」
俺は確かに妹と風呂に入ることを夢見て今日まで生きてきた。
妹のいる兄を憎んで生きてきた。絶対妹と風呂に入ったことがある兄に殺意を覚えていた。
実際、濃野が小さい頃はよく妹と風呂に入っていたとぬかしていて殴殺しそうになったが、なんとか理性を保って顔面パンチに抑えられたこともあった。
妹と風呂に入る、ということ。
それは『俺にもし妹が出来たらしたいこと』に記されているひとつの人生の指針でもある。
馬鹿だと思われても仕方ない。
哀れに思われるのも必然だ。
でも、俺は夢を見ていたんだ。
妹と普通に過ごして、普通に葛藤して、普通に喧嘩して、普通に遊んで、普通に笑いあって。
俺が妹に望んでいたのは普通だ。
妹のいる兄が何より羨ましかった。
妹がいるということが普通なことが、どんなことより羨ましかったんだ。
俺は心を整理し終えて、壁に手を置いてその間に七罪を挟む。要するに壁ドン的なそれだ。
七罪は驚いたのか小さく吐息を漏らした。
「七罪、俺は今日一日ずっと考えてたんだ」
「……何を、ですか?」
「お前を妹として見ることが出来るかについてだ」
七罪は俺の事をじっと見つめたままだ。俺は話を続けた。
「それで今日ずっと考えて、お前と一緒にいて分かったことがある」
俺は一呼吸置いて、その先の言葉を紡いだ。
「俺は七罪、お前のことを妹として見れない」
「…………っ」
「そりゃそうだろ。突然目の前に現れた女の子を妹だと思って過ごせ、なんて。俺は何度もそれを妄想して、想像していたから何となく受け入れることは出来たけど、受け入れられただけでまだお前を完全に妹だなんて思えないんだ」
「………そう、ですよね。私みたいな得体の知れない存在を人だって思えないですよね」
「ああ、俺はお前を一人の女の子としか見れてない」
「………え?」
「昨日の夜から今日丸一日を過ごして分かった。お前はめちゃくちゃかわいい。非現実的なほどにかわいい。死ぬほどかわいい」
「……ちょ、ちょっと」
「ほんとにかわいいんだこれが。声が、仕草が、一挙手一投足全てが、何もかもがかわいい」
「あ、あの恥ずかしいのでもうやめて………」
「何度でも言ってやる。お前はかわいい。だが、その可愛さは女の子としての可愛さで妹としての可愛さではないことに俺は気がついた」
「………っ」
「だから、今の状態で一緒に風呂に入るのはかわいい女の子と一緒に風呂に入るだけになってしまう」
「………それって幸せじゃないんですか?」
「女の子と一緒に風呂に入ることが幸せだと?女の子とそういうことをすることが幸せ?違う。断じて違う。俺が欲しているのはそんなことじゃない。俺は妹を愛しているんだ。つまり妹と一緒に風呂に入ることが大事なんだよ」
俺は七罪と見つめあった状態で答えを口に出した。
「だから、今のお前とは一緒に風呂に入ることは出来ない」
「そう、ですか」
「だが、いいか七罪。いつか、いつかお前を俺の真の妹にした時。その時には一緒に風呂に入るぞ。いいな?」
「もちろん。お兄さんが幸せになるなら」
「それとな、もう一つだけ言っておく」
俺は七罪の両肩を掴んでその双眸をはっきりと見据えて言葉を発する。
「幸せ、幸せって。お前は俺の幸せ大好きガールか。そもそも幸せってなんだよ。七罪、お前は俺の幸せだけを推し量って生きるな。もっと自分の身体を大事にしろ。それが役目だって言うなら俺の幸せはもうとっくに絶頂を迎えてるから安心してそんな御役目捨てろ。ほっぽりだせそんなクソノルマ。お前がいるだけで俺は幸せだ。俺の妹として生きるならもっと自由に生きていいんだ。普通に生きていいんだよ。妹は自由奔放に生きるのが道理だ。俺は妹いたことないから分からないけどなっ!」
言葉が奔流となってとめどなく頭から流れ出てきた。普段の俺じゃ絶対にありえない事だ。
我ながら恐ろしく歯の浮くようなセリフが口からこんなに出てくるなんて思わなかった。
正直、七罪にかわいいと言うのもめちゃくちゃに恥ずかしい。
でも妹にはかわいいってずっと言ってやるって決めてたんだ。
恥ずかしさがなんだよ。相手の視線がなんだ。そんなの気にしてたらだめだ。
妹に限っては俺は本気になれる。
妹のためならなんだって出来る気がするんだ。
七罪は目を見開いて、口をぽかーんを開けていた。
どんなときも完璧な立ち振る舞いをする七罪がこんなに間の抜けた表情をするのを見るのは初めてだった。
「役目を捨てろなんて………。そんなことを言われたのは、初めて……です……」
七罪は口元に手を当ててふふっ、と笑った。
猫を撫でた時と同じような自然で、そして無垢な笑顔だった。
そこでようやく顔が近いことに対して恥ずかしさを感じるようになった。肩を掴んだ手を離す。
やっぱりどう足掻いても目の前にいる女の子を妹として見ることはできなかった。
要らぬ感情が芽生えてしまう。俺の描く妹のいる兄の図から大きくかけ離れていく。
「前から思ってましたけどほんとにおかしな人ですね。ふふっ」
「う、うるさいな」
「やっぱりお兄さんがお兄さんで良かった……」
七罪のその声はか細くいつかのように聞き取ることは出来なかった。
「ごめん、なんて言ったんだ?」
「なんでもないですよ、シスコンお兄さん。じゃあ私、お風呂先入りますね」
そう言って七罪は服を脱ぎ出す。
「おまっ、馬鹿っ」
俺は目をつぶって後ろを向いた。
するすると布の擦れることが聞こえる。
あーもう、お前のことを女の子としてしか見られないって言ったばっかだろ。馬鹿か。いや馬鹿だろ。
風呂の扉が開けられた音を聞いて、目を開ける。そこには扉から頭だけを覗かせる七罪の姿があって。
「へたれお兄ちゃん」
その瞬間、ずっきゅーーん!!という効果音が俺の頭の中で鳴り響いた。
俺は胸を槍か何かで突き刺されたような気持ちになり、少しの間その場で放心してしまった。
七罪、かわいすぎるだろ。
◇◇◇
七罪が風呂に入った後に俺は部屋まで七罪を安全に移動させてから入浴して、風呂から出てきた。
こんなことを言うと凄い気持ち悪く聞こえるかもしれないが女の子が入った直後のお風呂とか普通じゃない気持ちにならざるを得なかった。
七罪の入った風呂だと思うと何だかゆっくり浸かる気持ちにもなれなくて湯を抜いてから風呂場を出た。他の兄弟に七罪の入った湯を浸からす訳にもいかないのでな!
部屋に戻るとまたしても、七罪は俺のベッドで横になってスマホを見ていた。
俺は七罪を女の子としてしか見れないと言ったこと後だったので妙に意識してしまって上手く七罪の姿が見れなかった。
濡れてる髪の毛がすげぇ色っぽい。胸元とかなんか緩いし。さっきとはまた違った可愛さを秘めていた。
なんだよ、この子。かわいすぎるだろほんと。
「何突っ立ってるんです?」
俺が七罪の色っぽい姿に目を奪われているとその張本人に注意されてしまう。
「な、なんでもねぇよ」
俺は強がって、カーペットの上に座った。
「こっち来ないんですかー?」
七罪がぽんぽんとベッドを叩いた。
「あのな。前は妹ができたことで舞い上がって言えなかったけど、普通男女で同じ部屋にいるとかもっとお前危機感持った方がいいぞ」
「えー?別にお兄さんに手出されても私怒んないけどなー」
「おい、マジでやめろ。お前に手出したら俺とお前の関係は兄妹じゃなくなる。そういうのをやっていいのは兄妹になってからだ」
「兄妹の方がもっとやばいと思うのですが」
「………というか分かったぞお前。なんか積極的だなと思ったけどスマホで色々調べてただろ絶対」
「べ、べ、別に『男の人を気持ちよくする方法』なんて調べてないですよ!」
「調べてなきゃでないセリフだなそれ」
「あっ」
「あっ、じゃないわ。ったくそんなん調べたらいかがわしいのが出てくるに決まってるだろ」
「だ、だってお兄さんに喜んで欲しかったんですもん」
「まだ俺とお前は兄妹だけど兄妹じゃない。兄妹ってのは時間をかけて生まれる絆のことだ。そういうのは俺らが真に兄妹になってからだぞ」
「だからそっちの方が危ない気がしますが」
「うるせぇ。俺はもう寝る」
俺は床に枕を置いて寝始めた。
「えっ?背中痛くないんですか?」
「お前とは真の兄妹になるまで寝ない」
「え〜?嫌ですよ、お兄さん暖かいですし」
「まだダメだって。妹以外の女の子と同衾するなんて俺のシスコンとしてのプライドが許さないからな」
「清々しいほどに変態ですね」
「なんとでも言え」
俺は目を瞑って、そのまま深い眠りに落ちた………訳もなくしばらく寝付くことは出来なかった。
七罪を女の子として再認識したからだろうか。
女の子と同じ部屋で寝てるということを意識しすぎて寝ることに集中することは不可能に近かった。
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