第10話 ハイリスクミッションシスター



 帰路を歩く俺と七罪。

 俺達は猫のいた橋から離れ、そのまま川沿いを歩いていた。

 そして、家まであと10分で着くといった頃合いに俺は大変な事実に気付いてしまった。


七罪なつみを隠しながら家に入るの無理じゃね?」


「てっきり考えてたと思ってたんですけど、忘れてたんですね」


「都合の悪いことは忘れる脳をしてるんでな」


「それ生存本能終わってません?」


「ははっ。まぁ何も考えていない訳では無いぜ。俺の異能力|創妹《ソロル》で何とか出来るはず」


「おおさすがお兄さん。冴えてますね」


「この能力は〈妹をどんな姿にも出来る能力〉。つまりお前を小さくすることも出来るんじゃないか?」


「確かに身長、つまり年齢は変えられますけど、小人になるとかそんなのは出来ないですね。『どんな姿にも』は少し語弊があって、妹として認められる範囲じゃないと変えられないんです」


「何そのややこしい能力」


「いや知らないですよ。あなたの潜在意識が今必要と看做みなした結果の能力です」


「はー、なるほどな。まぁなんにせよ俺の妹が欲しいって願いは叶ってるからこれ以上ない優秀な能力だな」


「こんな能力を欲するのお兄さんくらいだと思いますけどね……。とにかくその能力の出来ることは『私の年齢をお兄さんの年齢以下ならいくらでも変更出来る』ってのと『私の服とか身に付けるもの、手で持てるレベルのものなら何でも創り出せる』ってことくらいです」


「充分だ。じゃあ早速」


 俺は周りに人が居ないのを確認してから頭の中で望む七罪の姿を想像しながら、《創妹ソロル》を発動する。

 次の瞬間、七罪は仄かな光を帯びて容姿を変えていく。そこに居たのは女子高生の七罪ではなく、赤いランドセルを背負った小学生の七罪が居た。

 俺は膝から崩れ落ちる。そして吐血するようなイメージで片手を口元に寄せる。


「かはっ……ッ」


「ちょ、ちょっとお兄さん!?」


「だ、駄目だ……可愛すぎる………」


 俺は片手で顔を覆い、その指の間から七罪の姿を見る。身長は130cm前後くらいだろうか。

 白いフリルのついたワンピース、黒いタイツに茶色のローファー。七罪は私立の女子小学生みたいな雰囲気を醸し出していた。


「収まれ俺の中の俺……ッ! 俺はシスコンであってロリコンじゃない……ッ!」


「一人で何やってんですか、もう。……でもこんだけ小さくても私の事隠すのは無理そうですね」


 七罪はそう言って俺の鞄に靴を脱いで入ろうとするが、身体の四分の一程度しか隠せてない。俺は何とか心を落ち着かせて平静を保つ。


「そうだな。もう少し小さくするか」


「あっ、えっと一つ警告なんですけど小さくするのも限界があって私の自我が保てるレベルにして欲しいです。最低限度4、5歳くらいですね。それ以下は何か怖いのでやめて欲しいです」


「おっけ、分かった」


 俺は七罪の5歳の姿をイメージして《創妹ソロル》を行使する。

 するとまたしても微かな光を放ってから七罪の姿が変貌する。


「うっわ……可愛い………は?………可愛すぎる………なんだこれ…………」


「年齢が下がるほど反応が良くなるの怖いです」


 七罪の衣服はランドセルがなくなったこと以外あまり変わっては居なかったが身長は今や100cmあるかないかくらいだ。


「いやどの姿の七罪も同じように一番可愛いよ。そこにあるのは可愛さの方向性だけだ」


「かっこよく言っても幼女相手に身悶えしながら言ってたら無駄ですから。この姿でもお兄さんのバッグには入らないですね」


「うーん、隠すならやっぱバッグに入れるしかないよな。………じゃあこうするか」


 俺は異能力を使って七罪にエナメルバッグを持たせた。

 その小さい身体と対照的に大きいエナメルバッグの対比がもうめっちゃ可愛かったがそれは脳裏に焼き付けるだけに抑えてそのエナメルバッグを俺は手に取った。


「これには入れるんじゃないか?」


「妙案ですね。では早速……」


 七罪は小さく枝のように細い手足を動かしてエナメルバッグの中に入った。可愛い。死ぬほど可愛い。


「おっ入れましたね」


 そう言って全身をバッグの中に隠す。


「おおーこれで行けるな」


 俺は七罪の入ったバッグを手に持ち肩にかける。

 バッグの隙間から見える七罪と目を合わせることで意志を通じ合えた気がした。


「何この犯罪臭!」


 俺はエナメルバッグを肩から下ろす。

 幼女をバッグに押し込めてるやつなんて傍から見たら完全に犯罪者じゃないか!

 七罪はバッグからひょこっと顔だけを出した。


「完全にやばいやつですねこれ……」


「隠すメリットより隠すリスクの方がでかい気がするぞこれ! 最悪捕まるんじゃねぇか!?」


「お兄さん、こんな言葉があります。『バレなきゃ犯罪じゃない』って」


「そもそもやってること犯罪じゃないから! ただ小さい女の子をバッグに隠して自室に持ってこうとしてるだけだからな!」


「いやそれだけ聞いたら完全に犯罪です。ニュースになっちゃいます」


「うおおおやばいぞどうするこれ。今が人生のピークだっていうのにバレたら即ドン底って」


「私はお兄さんに任せますけど」


「俺は……どんなリスクがあったとしてもお前を隠し通したい。妹を俺が独り占めしたい」


「エゴの塊ですね。まぁ、いつかはご家族にもバレちゃうと思いますけど。お兄さんの意向なら仕方ないですね」


「そうだな………よし行こうか、幼女を片手に自分の家へ」


「今から戦地に行くみたいな表情やめてください」


 七罪は少しツボに入ったのか口を抑えて笑った。俺は自分のバッグを片手に七罪の入ったエナメルバッグを肩にかけて自分の家へと歩いて行く。

 高校生で良かった。エナメルバッグを持っていることの違和感はそんなにないだろう。

 七罪ごめん、狭いよな、もう少しの辛抱だ。

 俺は早足で家の前へと辿り着いた。

 ここからもスピードが大切だ。バッグの中身を質問された時点でアウト。「何でエナメルバッグなんて持ってるの」と聞かれても上手い言い訳が思いつかない。

 誰にも気づかれない、それが最善策だ。

 玄関から見える階段を登って廊下を少し歩けば直ぐに自室。

 なんだ、簡単な話じゃないか。

 俺は手の汗を握り締めてから、家の玄関の扉を開ける。








「おっ、ベルおかえりんご〜〜。てか何その中学生みたいなでかいバッグ」


「死ねっ!」


「えっ何ひどっ!! 俺なんかした!?」


 玄関を開けてそこに居たのはバスタオルで腰周りだけを隠した風呂上がりの兄、ラストだった。

 要らないんだよそのサービスショットは!誰得だよ!てかなんで今日に限って家に居るんだよこいつ!

 俺は勢いよくダッシュし、階段を駆け上がり自室に滑り込む。部屋に鍵をかけてバッグをベッドの上に下ろし、一息つく。


「はぁ〜〜。あぶね〜〜」


 七罪がエナメルバッグから出てきて、ベッドに座る。


「なんかやばそうな声したんですけど、大丈夫だったんです?」


「いやちょっと七罪には見せられないような汚物が転がっててな。まぁバレなかったからセーフだ、うん」


「そうですか。ちょっと可哀想な気もしますが......」


「ラス兄に同情の余地は要らないぞ、七罪。あいつは今俺が知ってるだけで五人の女の子と付き合ってる頭のイカれた野郎だ。明日にでも死んでくんないかな」


「弟にこんだけ言われるってかなりヘイト買ってますね...」


 俺はスマホを取り出して、弟のアヴァリティアに今日外で飯食ったから夕飯はいらないと言った旨のメッセージを送った。

 当然まだ夕飯は食べてないが、《創妹ソロル》で飯を作れるというのと妹と共に夕飯を食べたいという思いから自室で夕飯をとることに決めていた。


「七罪、この部屋でしか生活出来なくしてるの、ほんとごめん」


「いやいいですよ別に謝らなくても。お兄さんが楽しそうで何よりです」


「本当に俺にはもったいない出来た妹だ」


「ほんとですよ」


 七罪はそう言葉を言い終わったとともにベッドから立ち上がり、もじもじしながら俺を見てきた。


「お兄さん、非常に申し上げにくいのですが......」


「どうした? おしっこか?」


「い、言い方! ......まぁそうなんですけど」


「仕方ないな」


 俺は自分の机に置かれた空のペットボトルを掴む。その直後、フライングするかのように七罪が俺に対して怒りだす。


「いや馬鹿ですか!? 女の子になんてことやらせようとしてるんです!」


「まだ何も言ってないが」


「じゃ、じゃあなんて言おうとしたんですか?」


 俺はペットボトルを指さして言う。


「ここにしたらどうだ?」


「案の定ですよ!」


「冗談冗談」


 俺はハハッと笑ったあと、口を開いたまま自分の口を指さす。


「俺のここにしたらどうだ?」


「ごめんなさい、殴りますね」


 七罪はその小さな拳で俺の下腹部をぽこっ、と殴った。


「いや冗談だって」


「いや冗談の顔してませんでしたよ、ねえ、ほんとに冗談ですよね?」


「しかし困ったな」


 俺の《創妹ソロル》で創り出せるものは身に纏えるものか手で持ち歩き可能なものだけ。

 つまり簡易トイレとかを創り出すことは出来ない。出来てもおむつくらいだ。

 しかしそれをやったら兄として終わる。妹を自室に閉じ込めておむつを履かせるとか人間として終わってる。というか妹を軟禁してる時点で終わってるのでは……?

 いや、俺は何としても妹を独占したいんだ。そしてそれは七罪の身を案じることもまた兼ねている。

 ラス兄に七罪のことがバレたら確実に七罪は犯されてしまう。

 これは決して冗談などではない。あいつは性欲の塊だ。家に女の子がいるという事実だけで動機となりうる。

 またエナメルバッグに七罪をいれて移動させるか……?

 しかし家の中をエナメルバッグを持って移動するなんて怪しいにも程がある。そのバッグの中に何か大事なものが入ってると言っているようなものだ。


「は、早く決断してくださいっ!」


 七罪は股を手で抑えて座り込んでいた。

 考えてる場合じゃないか。何やってんだよ、俺。

 俺は七罪の小さな手を握って部屋から出た。

 廊下に誰もいないことを確認してから妹を抱えて、階段を降りる。


 よし、誰もいないな。今家にいるのは恐らくラス兄とサタ兄だけだろう。

 サタ兄は今自室にいるだろうから、ラス兄、通称カス兄だけに気を付ければ大丈夫。そう、大丈夫だ。

 妹の顔を見るにもうかなり限界に近そうだ。七罪の生暖かい吐息が俺の首元にあたる。

 カス兄は居間で呑気にテレビを見ている。その視界に入らないようにトイレの前に辿り着けた。


 しかし、そこで予想外なことが起きてしまった。

 トイレから水の流れる音がしたんだ。

 つまり、サタ兄は部屋にはいなく、今トイレにいるということ。そして、そのトイレは今にも開けられようとしているということ。

 俺は七罪を床に下ろして、後ろに隠す。保険として七罪に上着を被せて、なるべくバレないようにする。

 この位置なら扉の死角になって見えないだろう。

 扉が完全に開けられて中からサタ兄が出てくる。サタ兄は無言のまま俺を睨みつけてからその場を去っていった。

 どうやらバレなかったようだ。七罪の手を引いてトイレに入った。


「ふぅ……」


 万事休す、か。

 七罪は急いでタイツを下ろして便座に座り込む。

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