第3章

鬼界

V-22という制式番号には聞き覚えが無かったが、オスプレイという愛称なら知っていた。数年前にニュースで話題になっていたことを思い出す。軍用機の事なので自分には関係ないと何処か距離を取って見ていた騒動であったが、まさかその機体に乗ることになるとは夢にも思わなかった。しかも、同行するは国家機密の域に居るヒメガミである。それも2人もだ。配管やケーブルが剥き出しの無骨な壁面を背景に彼女たちは折り畳み式の椅子に座っている。同様の椅子は30ほど設置されているが、今は前方に2人の乗組員が居る他は、さつきたち3人だけであった。操縦桿を握る2名を合わせて、機には7名が乗っていた。


窓のほとんど無い機内からは外を伺うことが出来ず、かといってエンジン音の所為で会話をすることもままならず。結局、乗り込んでから約30分が経過したが3人は無言のままであった。さつきは時折、スマートフォンで島の観測機器から送られてくるデータを確認する。火口から空へ向かう噴気は白いままだが、傾斜計は島が少しづつ膨らんできていることを示唆していた。それは、地下からマグマが上昇してきている証拠に他ならない。


画面から目を離し、真正面に座る大火山たちを見つめる。千里は静かに目を閉じ、僅かに俯いて腕組みをしている。寝ているわけではなく、これからの事に備えて集中しているのだろう。一方のさくらは、せわしなく首を動かし機内のあちこちを観察していた。もしかしたら、航空機に乗るのは初めてなのかもしれない。

乗組員の片方が立ち上がり、こちらに歩いてくる。島が近づいたが着陸までは動かないようにと耳元で伝えられ、無言で頷く。なんとか間に合ったという安堵より、危険な場所に足を踏み入れる覚悟と緊張感の方が大きい。しかし、やるしかないのだ。

ゆらゆらと左右に揺れた後、縦方向に衝撃が伝わる。どうやら着いたようだ。乗組員に促されてシートベルトを外す。



機体の外に出ると、日に焼けた中年の男性が1人こちらに駆け寄ってきた。島の出張所に勤める村の職員だそうだ。火山観測の専門家が来るから案内するようにと、村役場から指示が来ていたという。そんな依頼はしていないので訝しんだが、振り向くと千里が微笑んでいた。軍用機を借り出せるのだ、これくらいの指示を混乱している島に飛ばすことくらい造作もないのだろう。自分が代表であると名乗り出て挨拶をした。

オスプレイの乗組員に彼らはどうするのかと訊ねると、さつきたちが戻ってくるまで待機するとの返事が返ってきた。無事に阿蘇へ送り届けるまでが任務だという。それを聞くと、未だ回転するプロペラに背を向けて走り出す。時間は長くない。


用意されていたワンボックスカーに乗り込む時に辺りを見渡すと、降り立った滑走路は短いものであった。普段はセスナが週に多くても2回やってくる程度で、あまり使っていないのだという。助手席側に回り込むと、さくらが地面に手を触れて転がっていた小石を2つ手にする。車に乗ると、運転席からは見えないようにその片方をもう1人のヒメガミに手渡す。さつきは、親指と人差し指で挟まれたそれが淡いオレンジ色の光を放つのを目にした。



3人が空に居る間に、噴火警戒レベルは3に引き上げられていた。居住地域である港周辺は火口から2km以上離れているため問題は無いが、念のため島民を村役場の出張所前に集めているという。車を走らせる隣席の男性にそれで問題ないと言い、万が一に備えて島を脱出する準備を進めるように付け加える。100人とはいえ、全島避難となると一大事だ。


進む道は狭く、生い茂る木々や笹が両側に広がるため視界は良くない。しかし進む方向に2つの高まりが見え隠れする。滑らかな緑の円錐形は稲村岳。スコリアが重なって出来た成層火山で、最後の噴火は約3000年前とされている。

その向こう、ゴツゴツした白っぽい灰色の岩肌を晒すのはこの島の最高峰である硫黄岳だ。名前の通り大量の硫黄が採れることで有名で、かつては鉱山としても稼働していた。白い噴気はその山頂から立ち昇っている。近づけるところまで行くように頼んだ。


3分も走らないうちに、道を塞ぐカラーコーンが見えてきた。傍らには警官がパイプ椅子に腰かけている。2つの道が交わる場所であるそこが、立入規制の最前線であるようだ。車から降り、身分証を警官に見せる。この先にある観測機器の様子を見に行くと説明すると、あっさりと労いの言葉をかけられた。運転席に向かって送ってくれた礼と帰りは歩いて港に戻る旨を伝えると、彼は手を振り気をつけるように言ってくれた。車は少しバックした後、器用にUターンして港へと向かっていった。



道を進み、緩やかなカーブを過ぎると警官の姿も見えなくなった。マグマは止まったはずだ。誰に言うでもなく千里は呟く。スマートフォンで傾斜計のデータを見てみると、数分前から山の膨張は収まっていた。先程の小石を媒介として、この火山の活動に2人が干渉しているという。凄いものだ。これから先、ヒメガミが協力してくれれば火山災害は劇的に減るだろう。この程度の動きなら、噴火させずに済むそうだ。その力に舌を巻きつつ、次のカーブを抜ける。


子供が居た。

逃げ遅れたのだろうか、山とは反対の方向へ、こちらに向かって歩いてくる。背格好からして10歳くらいだろう。少女と呼ぶにも幼いような、そんな印象を受ける。

しかし、何処か引っかかる風貌だった。

彼女の髪は鮮やかな黄色で、その瞳はオレンジに近い茶色。白いワンピースを身に纏い、とぼとぼと歩いている。両手に、大人の拳ほどある石を握りしめている。石はその割れ目から、見たことのある光を発していた。淡い輝き。車の中で見た光景を思い出す。

こちらに気づいたのだろう、少女が立ち止まる。その視線を追うと、優しい表情の千里が居た。そういうことか。さつきは納得する。阿蘇の女神は、彼女の名を口にする。


「ナナミ……」

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