終着
「確かに、このまま今の富士山頂で観測を続けることは無理よ。異動になるのも仕方ないわ。だからといって、明日からは無茶ってものよ」
自分の身に降りかかった突然の人事に憤りを隠さないまま、さつきは夕闇の下を歩く。
「まあまあ、有給を受理してもらえたって事は上の人も配慮をしてるって事だと思いますよ」
そんなさつきを宥めつつ、地図を見ながらさくらは進む。2人の背後には古びた駅舎が静かに佇み、同じ列車から降りてきた数名の観光客が駅名の下でバスを待つ。
「そうね……そう考えることにするわ。それで、目的地は近いのかしら」
九州に上陸して数時間が過ぎたが、さつきはまだ今日の目的地を知らない。急な異動の知らせを聞いてから、さつきは何も知らないヒメガミを相手に現代日本の火山防災を解説しつつ官僚制批判を展開してきた。霞ヶ関が聞いたら激怒間違いなしの過激な講義は、先程まで続いていたのだ。
「すぐ近くですよ。この道をまっすぐ進むだけです」
さくらは陽気に答える。街灯の少ない道であるが、その脚に迷いは見られない。
「あなた、ここに来るのは初めてって言ってたわよね」
「そうですね、正確には『この街』は初めてですけど、『ここ』は何度かあります」
謎かけのような言葉を解こうとさつきは暫く考え、
「まるで、街が出来る前に訪れたことがあるみたいな言い方ね」
「正解です!7000年前に一度ここで集まったことがあるんですよ」
嬉しそうなヒメガミに、人間は肩をすくめる。常識という足枷を外せば退屈はしない会話が続く。
「さてと、もうすぐ着くんですけど、その前に寄り道してもいいですか?」
「構わないわよ。元々、あなたの行きたいところについて行く約束だったからね」
歩き始めて15分ほど。空の色が群青から濃紺に変わった辺りで、さくらは切り出した。さつきの腕は左側に引っ張られ、その脚は速度を増す。急に道幅が広がったかと思うと、目の前に柱を4つ組み合わせたシルエットが浮かび上がる。
「なるほど、ここは神社なのね」
「そうなんですよ。ほら、あそこに山がありますよね」
少女は歩いてきた方向を指差す。振り返ると、悠然と連なる山々の影があった。そして山頂近くからは、雲のようなものがゆっくりと天へと向かって昇っていく。
「あの山が祀られているんですよ。この国で最初の噴火が記録された、太古よりの神なる山。今に残る霊場にして大火山のうちの一座。その名は……」
「阿蘇。なるほどね、結局は火山って事ね」
さつきは微笑う。火山に追われ、火山と共に旅をすれば行き着く先もまた火山。しかも、この国でも有数の大火山である。運命という言葉を思い出した。
参拝の後、境内の傍にある門前町を2人は歩く。観光地の常で、日没と共に店仕舞いをする場所が多いようで人影はほとんど無い。
「確かこの辺りの…さつきさん、ありましたよ!」
その中で、軒先に薄明かりの灯る建物へとさくらは近づく。外見では普通の民家にしか見えないが、看板を見ると宿であることが分かった。
「『ゲストハウス 蘇乃里』……なるほど、今日の目的地はここね。流石に疲れたし、早く落ち着きたいわ」
「すみません、予約していた淵上ですけどー」
扉を開け、玄関で靴からスリッパに履き替えて中に入る。するとすぐに、小さな受付が目に入る。静かに座っていた女性は、2人を認めるとそこから出てきて出迎えた。
「おぉ富士のサクラ、よく来たな。そしてそっちは例の人間か……私は高草千里、ここのオーナーをしている。これから宜しくな」
「井鷹さつき、火山観測をやっているわ。ところで…」
緋色の瞳をした千里から差し出された手を握り返しながら、
「あなたも、ヒメガミなのね」
「察しが良いな、その通り。サクラと同じく私も火山の神だ」
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