思念

「ご無沙汰してます、だいたい3000年ぶりですかね」


眼前で繰り広げられる灼熱の祭宴をにこやかに眺めながら、遥か彼方より寄せられた思念と会話する。さくらが姐と慕う念波の主は、厳かに語りかける。


『そうか、お前が山体崩壊を起こした直後だったな。傷の修復は上手く出来たか?』

「お陰様で。この数十年で、ようやく人間がその痕跡に気づきましたけどね」


誰にでも、隠したい過去の1つや2つくらいある。それはヒメガミも同じだった。せっかく積み重ねた溶岩と火山灰と軽石とが重力に負けて脆くも崩れた直後は、さくらの自慢の山体に大きな傷が残った。見栄え重視の彼女は、それをものの千年ほどで元通りにしてみせた。


「地質学者や火山学者って人たちは、どうして私の過去を暴こうとするんですかね。そんなに私の事が好きなのかな」

『それもあるだろうが、人間は怖がりだからな。過去を知れば未来も見える。私など、30万年前の事まで知られつつある。そのうち丸裸だな』


静かな笑い声。そこには、人間を超えたモノの余裕があった。姐さんに比べたら、齢10万年ほどの私は本当にまだ少女であるとさくらは思い、つられて笑った。


『ところで、今回も上手く火を噴いているようだな』


ずどん。一際大きな噴出が起きた。あの人は、もうそんなことまで知っているのか。飛び散る赤を見つめる。火口の底は溶岩で埋まりつつあった。


「姐さんは本当に耳が早いですね。久しぶりに山頂を使ってみました」

『そのようだな。人間に被害を与えないためか?』


んーと。さくらは言葉を見つけようとする。あの人間の事を考えてみると、人間に被害を及ぼしたくない感情が存在するのは否定できない事実であった。


「それもありますね。ちょっと前までは多少の被害が出ようとも普通に登ってきてくれたんですけど、最近の人間は怖がりですからね。ほら、なんとかレベルって基準を作ったりして。姐さんのところもそうですよね」

『確かに、最近の人間は用心深い。そのせいで周囲の観光業がかなり被害を受けたな』


まるで他人事のように、思念の主は語る。その実、火を噴いているのは自分自身なのだが。


『本題に入ろう。実は、お前に頼みたいことがあるのだ』

「はい、姐さんの頼みならなんなりと」


再び大きな噴出。測候所に当たらないように、溶岩の軌道をなるべく北向きに変える。ヒメガミとして誰かに接することの少ないさくらは、自分の全てを隠さずに話せることが嬉しかった。


『お前に、人攫いをやってほしい』

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