第一章 ちょっとそこに座りなさい!3



 レオは避難ひなん区域の高い壁の前、広場のような場所にいた。

 ジルが言うには、この町は入り組んでいるが、怪物かいぶつおそってきた時にはこの場所に誘導ゆうどうされるよう作られているらしい。ここは怪物を誘い込み、避難区域への怪物の侵入しんにゅうを食い止める最後の場所だという。

 レオの顔がはっきりと見えるほど近くの物陰ものかげに、サヤカとジルはかくれていた。

 怪物のいる方向を睨みつけるレオを見て、サヤカの全身が感動でふるえる。

「ほ、本当に、本物のレオだぁ……!」

「ええ、本物のレオですよ。……ですから早く、今の彼を見て失望してください」

「失望って――きゃあっ!」

 背中を押され、サヤカは物陰からつんのめるように出ていくはめになってしまった。

 レオがこちらを振り向き、特に驚いた様子もなく、サヤカを見つめてきた。

だれだ、さっきからこそこそと」

 夜でも黄金おうごんかがやひとみが、サヤカに向けられる。

しが私を見てる……! 画面越しじゃないー!)

 サヤカが感動に打ち震えている前で、彼のするどい目が見開かれた。

「てめえは、さっきの……!」

(ん? さっき? あ、そういえば、ジルがレオの前に召喚しょうかんしたって言ってたっけ)

「サヤカさま。いいんですか、彼に事情をかなくて」

 不意に後ろからジルの声がして、本来の目的を思い出す。

 こちらをにらむレオに気後きおくれしながらも、サヤカは彼に疑問をぶつける。

「ど、どうしてもっと町から離れた場所で、怪物を倒さないの? 何か、事情があるの?」

「事情? そんなもんねえ。俺は戦いてえんだよ」

 手にしていた剣をかたかつぎ、レオはサヤカを睨み続ける。

「戦いたいって……あなたならあんな怪物達、すぐに倒せるはず――」

 悲鳴が聞こえた。そのすぐ後、市民数人と、彼らを守っていた騎士達が現れ、広場にけ込んでくる。彼らはレオを見てホッとした表情を浮かべた。しかしレオは彼らを一瞥いちべつしただけで、すぐに視線をはずした。

「避難区域は向こうだ。さっさと行け」

 レオの突き放すような言葉に、市民は安堵あんどからまた不安の顔になる。騎士達もあわてていた。

「隊長! もう怪物がすぐそこまで来ているんです! 戻ることはできません!」

「何とかしてくれよ! そもそもどうしてこんな町の奥まで怪物を近づけたんだ!」

「以前のあんたなら、もっと上手く立ち回ってたじゃないか!」

 レオは彼らを見ることもせず、何も言葉を返さない。市民の助けの声や批判ひはんにすら興味がないのか、彼らがげてきた方向を熱心に見つめるだけだった。

「どうして、何も言ってあげないの!?」

 思わずサヤカはそう口にしていた。レオが一言をかけさえすれば、きっと彼らはそれだけで安心するはずだ。しかしレオはわずらわしげにこちらを睨んできた。何で俺がそんなことをしなきゃならない――そう言いたげな目で。

 重い四足歩行の足音とうなり声が一気に近づいてきて、その場にいた全員の視線がそちらへ向かう。一匹の怪物があかりの下に姿を現した。怪物は次々に姿を見せ、鋭いきばを見せて咆哮ほうこうする。確実に、五匹以上はいる。

 重い足音が聞こえるたび、足の裏にもわずかに震動しんどうが伝わってくる。空気に混じっているのは、いだことのない、恐らくけもの臭気しゅうき。怪物達の目を見れば、明確に敵意があることがわかった。

 これは夢の中――そう言い切るには、それはあまりにもリアルな感覚だった。

 きっとレオが助けてくれる。そう信じて、サヤカはすがるようにレオを見る。彼は怪物の姿を確認した瞬間しゅんかん、ニヤリと笑った。

(え……。どうして、この状況じょうきょうでそんな風に笑えるの……?)

 サヤカは彼がゲームの中で時々見せる、明るく快活かいかつな笑みが好きだった。だが今のレオの笑顔には、ゾッと寒気が走った。

「……ハッ! これは、やべえな」

 楽しげに笑い声をこぼし、レオはさやから長剣を抜く。彼の瞳孔どうこうは開き、歯はき出している。獲物えものを見つけたえた獣――まるで、対峙たいじしている怪物のような残忍ざんにんみを浮かべていた。

 レオはサヤカや市民達には目もくれず、怪物のれの中に一人で飛び込んでいく。当然怪物達はレオに一斉いっせいに襲いかかる。

 怪物がどう攻撃してくるのかまるで予知しているかのように、レオは正確に、確実に怪物達をほふっていく。剣でぎ払い、時には素手でなぐり飛ばしている。

(すごい……けど……)

 手のふるえが止まらない。感動や興奮こうふんからではない。

(怖い……っ)

 あこがれていたレオの戦う姿を見て、サヤカは感じたことのない恐怖きょうふを味わっていた。

 彼はわざとギリギリの状況を作り出し、スリルを楽しんでいるかのように笑顔で戦っている。

「サヤカさま」

 静かなジルの声にも、サヤカの張り詰めた神経はびくりと身体からだを震わせた。

「――これでもまだ、奴を聖騎士だと言えますか?」

 口元は笑っているが、ジルの目はこごえるように冷たかった。その言葉にも、剣呑けんのんな感情が込められている。何か答えたいのに、サヤカには何も言えない。

 怪物を倒し、その返り血をびながら、レオは楽しそうに笑っていた。他の騎士達の出るまくもなかった。最後の怪物が倒れた瞬間、レオの笑みが突然消えせる。

「……よえぇ」

 ぽつりとつぶやき、レオは剣を振り上げる。

「こんなもんじゃ、俺は何一つ満たされねえんだよ!」

 怒声どせいを上げて、彼は足元で動かなくなった怪物の身体に剣を突き立てた。

(満たされないって……一体、何のこと……?)

 その場にいた怪物をすべて倒したレオは、サヤカを見ると、また同じ笑みを浮かべた。

「ああ……そうだ。てめえがいたな」

 剣についた怪物の血を払って、レオはサヤカに向かってくる。

「ええ!? 何でこっち!? ほ、他にもいるかもしれないじゃん! 哨戒しょうかいしなくていいの!?」

「もうこの町に怪物はいねえよ。それに、てめえのほうがやばい匂いがする」

 レオの金色の目は、獲物を狙う猛獣もうじゅうのようにサヤカをとらえていた。 

「俺と戦え。俺をたぎらせてみろ」

「何、言ってんの……?」

 彼は戦いが好きでも、そこにはだれかを守るという強い意志があった。こんな風に、自分のためだけに戦う人じゃなかった。

(違う……私の知ってるレオは、こんな人じゃない……!)

「ふざけないでよ……!」

 一歩踏み出したところで、サヤカはジルにうでを引かれて止められる。

「サヤカさま。相手は一応、聖騎士最強の男です。落ち着いて」

「落ち着けるわけない! こんなの、私が憧れた人じゃない……!」

 レオを睨む目が、くやし涙でうるんだ。

「あなたは、見知らぬ人でも、一目見ただけの人でも、守ってくれる騎士だったじゃない!」

 サヤカの怒声にも、レオはくだらないものを見るような目で見つめ返してくるばかりだった。

 サヤカの声に反応したのは、意外にもジルだった。腕をつかむ手に力が込められる。

「ジル……?」

 ジルに目を向けようとしたが、レオの言葉で、サヤカの意識はそちらに向く。

「さっさと構えろ。丸腰じゃ戦えねえってんなら、武器を貸してやる」

 レオは彼を心配してけ寄った部下の剣を抜き、サヤカの前に放り投げてくる。

 足元に転がってきた剣を見て、サヤカはレオを睨みつける。彼は笑みを一層深くした。

「ああ、その顔、いいな。やろうぜ早く!」

「あ、あなた、こんなことして、聖騎士としてずかしくないの!?」

「はあ? 何ほざいてんだ、てめえ?」

 サヤカの言っている意味が心底わからないとばかりに、レオはバカにした目つきで言った。

「強さこそが、俺達聖騎士の存在意義だろうが」

 それこそが自分の信念だと、レオの目は主張していた。

 ジルの視線がサヤカにそそがれる。不思議ふしぎと、刺々とげとげしい感情はないように思えた。

「……失望したでしょう?」

 その言葉が引き金だった。そんな風に思いたくなかった。でも、思ってしまった。ジルの言葉が図星で、悲しくなって、腹が立って――ぶちんと、サヤカの中で何かが切れる音がした。

「こんなの、絶対許さない……!」

 サヤカは顔を上げて、レオの顔を指さして怒鳴どなった。

「ちょっとそこに座りなさい! 正座で!」

 いかりと悔しさと悲しさがぜになって、サヤカは勢いだけでそう叫んでいた。本当にレオが正座などするとは思っていない。ただケンカをふっかけたようなものだった。――が。

「っ……!?」

 サヤカの言葉の直後。レオの大きな身体が、何かに押しつぶされるようにがくんと崩れ、地面にひざを突いた。

 全員の視線が、レオに集中する。

 彼は膝を突いただけでなく、サヤカの言った通り、その場に正座していた。

「……えっ……?」

 シンと静まり返った場で、誰からともなく、吐息といきのような戸惑とまどいの声がこぼれる。

 周囲の人間全員が驚いていたが、誰よりびっくりしたのはサヤカだった。

「えええええええ!? 本当に正座したー!?」

 そんなに自分はおそろしい顔でもしていたのだろうかと思ったが、どうやらそうではないらしい。レオも目をいて、自分の身体を見下ろしている。

「何だ、これ……!? 身体が、動かねえ……!」

「隊長!? 貴様きさま、何をした!」

 騎士の一人がサヤカに向かって剣を抜いた。こちらに切っ先が向く。その鋭さに、サヤカの背筋がこおった。

 しかし恐怖を感じたのは一瞬だった。突然後ろに引き寄せられる。足元に投げられていた剣をジルが拾い上げ、向けられていた剣先が彼の持つ剣で払われた。はがねと鋼のぶつかりあう甲高かんだかい音が響き、一時、辺りは静寂せいじゃくに包まれる。

 張り詰めた静寂の中で、ジルのその声はサヤカの耳元で聞こえた。

「丸腰の少女に剣を向けるほど、お前達は落ちぶれているのか……っ!」

 それは怒りの声だった。燃え上がるというよりも、地の底でぐらぐらとえたぎるマグマのような――まだ上があると思わせる、底知れない声。

 騎士達だけでなく、サヤカも震え上がって固まっていた。唯一ゆいいつ恐《》おそれを感じていないのは、正座しているレオだけだった。彼はジルを鋭い眼光がんこうで睨みつけていた。

「ジ、ジル……?」

 サヤカが呼びかけると、ジルは少し目をみはってから、怒りの表情をすっと収める。そしてサヤカのあごを持つと、レオのほうに顔を戻させた。

 ジルは剣の切っ先をレオに向けた。騎士達がざわつき、その挙動きょどうが完全に止まる。

「今、こいつはおじょうさまの手の内だ。お前達も武器を下ろしてレオと同じように座れ。お前達が下手へたなことをすると、こいつの首が飛ぶぞ」

(いや私そこまでするつもりないけど!? やっぱ危ない人だこの人!)

 そうさけぼうとしたが、サヤカの言動を察していたジルにさりげなく口をふさがれる。

 騎士達はジルとレオを交互こうごに見て、悔しげにその場に正座して座った。

 ジルはサヤカの顔をレオに固定したまま、彼らに聞かれないよう耳元でささやく。

「レオから目を離さないように。あなたには目を合わせた聖騎士を拘束こうそくする力があります。多少視線ははずしても構いませんが、意識は向けておいてください。その間レオは動けませんから」

「いつから私にそんな特殊とくしゅスキルが……?」

「星の力を奪うためには、必要な力でしょう?」

「奪わないって言ってるでしょー!」

 ジルの言う通り、レオは動こうとしているが、正座したままわずかに身体を動かす程度で、立ち上がることはできないようだ。

「てめえ、この、クソアマぁぁぁ……!」

 レオはけもののような低い声でうなり、ジルの剣をくだきそうな眼光がんこうで睨みつけてくる。その言動に、サヤカは思わず悲鳴を上げた。

「いやあっ! レオはツンデレだけどそんなこと言わないしそんな顔はしないのに……!」

「怖がってるわけではないあたり、本当に図太いですね」

 ジルはすでにあきれを通り越して感心していた。

「てめえは、何だ……! これは何の術だ! てめえやっぱり怪物なんじゃねえのか!?」

「誰が怪物よ! 私は――あの……その……あれよ……ええと……」

(私って……何?)

 その先の言葉が出ない。自己紹介じこしょうかいも違う気がする。

 今さらだが、そういえば自分の立場がよくわかっていなかった。サヤカは何のために、憧れの騎士とこうして対峙たいじしているんだったか。

 言いよどんだサヤカに代わり、ジルがよく通るにこやかな声でレオに言う。 

「この方は、お前達聖騎士を倒す方だ。お前達の星の力を奪ってな」

「星の力を、奪うだと……?」

「ちょっ――むぐぐぐぐぅ!」

 反論しようとする口をジルに塞がれ、無理矢理顔をレオのほうに戻される。

「お前達が星の力を持っていても、もう仕方ないだろう? テュポンを倒して満足したはずだ」

(完全にこっちが悪役じゃん! 私、顔がいいだけのとんでもない奴につかまったのでは!?)

 レオはしばらくジルを無言で睨みつけていた。

「……てめえは、俺が誰だか知ってて言ってんのか?」

「もちろん知っている。だからわざわざ出向いたんだ。聖騎士最強のお前から力がなくなったとあれば、サヤカお嬢さまにもはくが付く」

 それはつまり、聖騎士全員に敵認定されるということではないだろうか。

(そんな箔は付かなくていいー!)

 ジルは正座したレオの太股ふとももに足を乗せて体重を掛ける。痛みよりも屈辱くつじょくのほうが上回るのか、レオの眼光がさらに強くなる。

大人おとなしく負けを認めて、お嬢さまの手の甲にキスして忠誠ちゅうせいちかえ。そうすれば、拘束はいてやる。……ですよね、お嬢さま?」

 口から手を放して、ジルはサヤカに微笑ほほえみかけてくる。しかしサヤカは彼の言葉の中に気になる単語を聞いて、顔をにした。

「は!? キ、キス……!? 聞いてな――っ!」

「ですよね?」

 後頭部を持たれて無理矢理うなずかされる。答えは「はい」か「イエス」しかないらしい。

(このままじゃジルの思うつぼじゃん! だいたい、何で私がレオの星の力を奪わなきゃいけないの!? でも反論したら口を塞がれるし……。何とか、この手を放してもらわないと……)

 ここはジルに合わせないと、サヤカは口を開くことすらままならないようだ。



※次回:2019年2月18日(月)・17時更新予定

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