かなしいものがたりの結末

流花@ルカ

第1話 かなしいものがたりの結末

 貴方と初めて会った時、真っすぐ私を見た視線に鼓動が早くなった。

それがすべての始まりだったのかもしれない。

だけどその視線は射貫くようなもので、決して私に暖かい眼差しを投げかけることはなかった……。


 ……それからいくつの季節が流れただろうか。儀礼的な婚約者としての訪問を受けるたびに少しの嬉しさと息苦しい沈黙と別れ際の冷たい眼差し、毎回与えられるそんな婚約者からの仕打ちに少しづつ心を削られていき、それでも辛いからと家同士が決めた婚約を拒否などできるはずもなかった。


 いつからか諦めと失望感にまみれた日々を送るようになったある日、街で婚約者の男を見かけた。

女連れで歩くその顔は、私が見たこともない幸せそうな笑みにあふれ優しい表情で女を見ていた。


 あぁ……やっぱりそういうことなのかと……本来ならば先に来るはずの悲しみや憎しみ、嫉妬ではなく、スッと納得できた。そして同時にあの男は誠実な人間ではないのだと思い知ったのだ……もういい、ガマンするのも、あの男を想う心も捨てようと私はその時に決意したのだ。


 それから人を使い、あの男が連れていた女性の素性を調べさせるとどうやら大きな商人の娘らしい。

どうやら女性の父親が、男の将来継ぐ伯爵位に魅力を感じて娘を近づけたようだ、よく言えば平均的でそれほどの美男子というわけでもない男であったから、もしやと思えばやはり金目当てなのか……。


 あの幸せそうな様子の二人がそんな縁で出来ていたとは滑稽だと私は少し笑ってしまった。 そして同時に本当に二人は愛し合っている関係なのかと好奇心が沸き、金で役者を雇うことにした。


金に困っていた顔だけはいい男を探し当て、念のため変装させてから少しづつ女性に近づけた。

彼女はドンドン役者の男の甘い言葉に夢中になり、何でも言う事を聞くようになったようだ。


ならばと役者の男にワガママ放題言わせて女性に貢がせた、その頃には役者の男も大変乗り気で調子づき私が指示せずとも女から金品を吸い上げるようになっていった、だが女性はそんな事には気が付くはずもなく役者の男にのめり込んでいき彼女の実家の財政状況は段々思わしくなくなっていったようだ。


 ……そろそろ頃合いであろうか、最後の仕上げをするために役者の男へ女性に『一緒に国を出よう』と持ち掛けるように指示を出した。

だが調子づいた男はまだ女から金を引き出せるはずだと拒否したため、甘い顔を見せてやるのは辞めた。


人を介し金で密かにゴロツキを雇い役者の顔以外を散々痛めつけ上下関係を叩き込んでやった、お前などいつでも消せるのだと。

役者の男は納得してくれた、計画を理解してきちんと実行してくれればそれでいいのだ。


 そして彼女は簡単に国を出ることを了承し、自分が持ち出せるだけの金品をかき集め役者の男と共に姿を消した、後日私の婚約者の男には手紙が届いたそうだ『貴方の事は父親に言われて仕方なく会っていただけだ、私は真実の愛に生きます』と、婚約者の男は絶望し荒れ狂ったそうだ、流石にそんな精神状態で私に会わせるわけにはいかなかったのだろう、しばらく忙しいから訪問できないと向うの家から連絡が来ていた。


 彼女のその後は知らない。 箱入り娘が一人遠い遠い海を隔てた異国の地で一人で生きて行けるのかは疑問だが持ち出した金品は残してやったのだからそれで上手く生きて欲しいとは思う。


 商人の父親は傾きかけた商売を何とかしようと躍起になってはいたが、娘からうけた仕打ちに逆上した婚約者の男によって店は潰され、一家はバラバラになってしまったそうだ、父親が余計な野心を抱かなければ幸せな家族でいられただろうに。

罪のない従業員達ははかわいそうなので、私の家のほうの商売で引き取ってもらった。


 役者の男は、流石にこの国には置いておけないのでしばらく他国でほとぼりを覚ました方が良いと説得し、駆け落ちした娘を遠い国へ置き去りにさせた後、別ルートで隣国へ向かう船旅の途中で海に落ちて行方不明になったそうだ。

婚約者の男にすべてを話すなどと、分不相応な脅しをかけるような男は長生きなどできるわけもないのだから……。


それからしばらく時間が過ぎ、婚約者の男はまた私の家を訪ねてくるようになった。

相変わらず儀礼的な訪問ではあったが、射貫くような冷たい眼差しは無くなっていた。

どうやら恋の熱情は醒めたらしい、だがもうそんな事すらどうでもよかった、私の好奇心は満たされ結果はすでにもう出たのだから。


やがていくつもの月日が去っていき、とうとう結婚式の日がやってきた。

婚約者だった男は私の夫となり、私は妻と呼ばれるようになった。


二人の間には愛情と呼べるものはない儀礼的な間柄であったが、やがて跡継ぎに恵まれ夫は子煩悩な父親に変わった。

それとほぼ同時期に私に対する態度にも変化がみられるようになった、労りと慈しみの感情を向けられるようになったが、私は内心男を嘲っていた。なにをいまさらと。


 こぼれた水は元になど戻らない、私の夫に対する淡い気持ちなどとっくの昔にすり減って消えてしまったのだ。


私は面倒を避けるために夫に対し、表面上は穏やかな夫人を装い子育てに全力を注いだ。


私のもてる全てを息子へと譲り、息子はどこに出しても恥ずかしくない立派な伯爵家の跡継ぎへと育ってくれた。

そして成人するのと同時に言ってくれたのだ『いままでありがとう、これからはお母さまの自由に生きてください』と……息子がある程度成長してからは、私は夫に対する感情を息子に隠すことはしなかった。

愛情の通わない夫婦の間に産んで済まないと謝ったこともある、だが息子は理解を示してしてくれた。

だからもうなにも我慢しなくて良いのだろう、私はすべての決着をつけるために夫の部屋へ向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「少しおはなしがありますの、宜しいかしら?」

私が執務中の夫へ話しかけると、書類から目を上げ驚いたように夫は答えた。


「君が自分から話しかけてくるなんて珍しいね」


「ええ、最後に少し昔話をして差し上げようと思いまして」


「昔話? それに最後って……いったいなんだろうか」


「旦那様が私と婚約していた時にお付き合いしていた女性のお話ですわ」


「な! ……何故君がその事を」


「昔、少し用事がありまして街へ出た時に、二人で楽しそうに仲睦まじく歩いている姿を拝見したのですわ」


「そ……それは誤解だ! 彼女とはなんでもないし現に今はどこで何をしているのかすら知らない!」


「そうでしょうね、彼女もうこの国にはおりませんもの」


「え……なぜそんなことを君が知っているんだい?」


「私は貴方達お二人が本当に愛し合っているのか試してみたんですのよ……」


「どういうことだ! きちんと説明してくれ」


「そうですわね……貴方には真実を知る権利がありますもの、ちゃんと話しますわ。まずお相手の女性は彼女の父親から、次期伯爵であった貴方に近寄り寵愛を得るように指示されていました」


「う……嘘だ……彼女はそんな……いや、だからこそ真実の愛がなどと……」


「まぁ話は最後まできいてくださいまし、だから私は試してみたくなったのですよ? 貴方とあの女性が親の思惑抜きで本当に愛し合ってるのかと。 だから男を一人雇いましたの。貧乏だけどとても顔のいい男を、そして彼女に近づいてもらったらコロっといかれてしまってビックリしましたわ……身も心も財産もすべて雇った男の為に投げうってしまうのですもの……」


「よせ! もうやめろ……聞きたくない……」


「いいえ、貴方は最後まで聞かなくてはいけないわ。 だって本題はこれからですもの、彼女は男に誘われるがままに駆け落ちをして遠い遠い海を隔てた外国で、雇った男に置き去りにされました」


「なんだって……それでは彼女は今……」


「どうしていらっしゃるのでしょうね? 持ち出した金品は残して差し上げましたけど箱入りのご令嬢が言葉も話せない外国で暮らしていけたのかは疑問ですわね」


「なんで……あいての男はどうしたんだ?」


「所詮金で雇われただけであの女性に愛情なんて欠片ももっていなかったようですわね、まぁ帰りの船旅の途中で海に落ちて行方不明らしいですが」


「まさか……それも君が……」


「すべてバラされたくなければ、などと馬鹿な脅しをかけるような真似などしなければ長生きできたかもしれませんわね」


「なんてことだ……君がそんな人だったなんて……」


「……面白いことをおっしゃいますのね、旦那様は私の何を知ってらっしゃるの? 最初から私になど欠片も興味などなかったくせに……しかもあの女性と別れるまでずっと嫌われていた事にすら気づかない愚か者だと思っていらしたの?」


「そんなことは……」


「初めて会った頃は確かに、私は貴方に淡い気持ちを抱いていましたわ。 でもね、ずっと嫌われたまま日々を過ごす辛さには耐えられなかった、だからこそ二人が本当に愛し合っているのならば、どんなことをしても身を引く覚悟だってあったわ。 その為にいままで耐えてきたんだと納得することもできたはずだったのに……でもそうじゃなかった。 あんなくだらない薄っぺらい関係の為に、私はこの先も心を押し殺してずっと我慢したまま貴方に嫌われて過ごさなくてはいけないのだと思った時に、ほんのわずかに残ってた貴方への思いもすり減って消えてしまったの……」


「済まない……君にそんな辛い思いをさせていたなんて……」


「謝らないで、今更そんなことされてもすべて遅いのだし、私は許すつもりもないのですから」


「ならば私にどうしろと言うんだ!」


「別に何も」


「え……」


「私はもう貴方に対して何も望んでなどいませんわ……そう、あの日街中で楽しそうに歩いていた貴方がたを見た瞬間からもうあなたに期待したことなど一度もないわ」


「ならば……いまさら君はこんな話をしてどうするつもりなんだ……?」


「お暇させていただくことにしました」


「なんだって? なんでそんな……息子の事や家の事はどうするつもりなんだ! それに離婚など外聞の悪い真似できるはずないだろう!」


「ふふ……やはり本音は外聞ですか……旦那様らしいお言葉ですわね、でも安心してくださいな。 家の事はすべて息子である次期伯爵にまかせてあります、あの子は快く送り出してくれるそうですわよ……あぁ、一つだけお礼を言わせてください、あのような良い子を産ませていただいたことだけは感謝しておりますわ……では二度と会うこともないでしょうね、 さようなら」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 私は二度と振り返らずに夫であった男の部屋を出て真っすぐ屋敷の玄関へ向かい馬車へと乗り込んだ。


途中、半狂乱になった夫であった男が私を引き留めようとしてきたが事前に話してあったので、息子の子飼いの男たちに押さえつけられていたので問題はなかった……。

 

 そのまま私は心の赴くままに色々な場所へ旅してまわった。

美しいものだけを見て心休まる静かで穏やかな旅だった、そうしているうちにある小さな街へたどり着いた。


そこは非常に美しい紺碧の色をした湖の近くにある街で、私はその湖に魅了された。

ここでいいだろう、普通にそう思えた。 ずっと一緒に馬車で回ってくれていた御者へお礼と息子に充てた手紙を渡し、ここに住むからと御者を帰した。


 それから一週間ほど美しい湖を見ながら宿へと逗留していたが、美しい満月の夜に私は一人湖へ向かった……そう、私自身を殺すために……。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「父上」


部屋へ向かい父親である伯爵へと声をかける。


「……あぁお前か……どうしたんだ?」


すっかり憔悴した様子の父親を見ながら表情もなく息子は告げた。


「母上が亡くなったそうです」


「……なんで……そんな急に……」


「湖に身を投げたそうですよ」


その言葉を聞いた瞬間父親は声もなく泣き崩れた。


「良かったですね父上、これで外聞を気にすることもなく自由になれたのですから」


自分そっくりの冷たい眼差しで自分を射貫く息子へ


「なにを……言ってるんだ……」

と嗚咽をこらえ問いかける。


「父上が外に女を囲っていたのは、家の者なら皆知っておりますよ。 しかも相当長い間関係を持っているようですね……あぁ、別にその事をどうこう言いたいわけじゃありません、ただ母上もすべてご存知だったという事だけは知ってほしいと思いまして」


「しって……た?」


「ええ、だからこそ同様に何度か試してみたのだそうですよ。 だけど女性はどんなに顔のいい男にもなびかなかったそうです。 だから母上は大変喜んでいらっしゃいました『やっと幕が引ける』とね……ねぇ父上? 母上をないがしろにし続けてまで手に入れた女性と心置きなく一緒にいられるようになったんですよ? もっと喜んでくださいよ……じゃないと母上が浮かばれないだろうがこのクソ男が!」

 

 激昂した息子は父親を思う存分蹴りつけ殴りつける。 あまりにもやりすぎては不味いと傍に控えていた侍従が止めるまで暴力は続いた。


「はぁ……はぁ……。 死なれても面白くない、連れて行って手当させろ」

侍従へ申し付けると、父親を運び出していった。


「さて、もう私の爵位の引継ぎも済んだ。 あとはあの父親おとこを女の元へ送り出して終わりだ」


一人残った部屋で独り言のようにポツリという息子の顔の表情はうかがい知れなかった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ……ふと目が覚めると、そこは暖かい部屋の中でベットへと寝かされていた。

ここはどこだろうかと周囲を見回しつつ記憶を探るが何一つ思い出せない。


「あぁ、目が覚めたのですね」

その言葉に目を向けてみれば、少年と青年の間くらいの男性が傍へ近づいてくる。


「あの……ここはどこでしょうか? それに貴方は……」


その言葉に驚いたような顔をした男性は、すぐに悲しそうな顔で私の手を取り


「もしや記憶がないのですか?」

と聞いてきた。


「記憶……そう……私は誰なんでしょうか?」


心細くなり自然と涙が流れる私を男性は優しく抱きしめてくれ


「心配いりません……ここでゆっくり過ごしながら取り戻していきましょう」


そう言いながら微笑んでくれた。

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