ボクと狐ちゃんのキャンパス巡り8

大学に戻ると、構内は人でごった返していた。

この中を通るとボクはまだしもクーちゃんは新入生とバレて、また大量のチラシ攻勢を受けそうである。人がいないどこかいいところはないかと思い、正門わきにあったキャンパス案内図をクーちゃんとともに眺める。昨日と同じく、黒い猫ちゃんが人を眺めていた。


「どこ行こうか。図書館でも行く?」

「図書館かぁ。んー、でも図書館ってお話しにくいよね」

「確かに。じゃあ学食は…… さっきご飯食べたばかりだしねぇ」

「ねえ、ショウちゃん。あそこ、なんだろう」


クーちゃんが指をさす先には…… どこ指しているんだろ。よくわからなかった。


「どこ?」

「あそこだよ、あそこ」


ぴょんぴょん飛び跳ねるクーちゃん。黒いしっぽが、もふん、もふんと体の上下に遅れて上下する。かわいい。指先ではなく尻尾のほうに目線がいってしまった。


「どこ指しているの?」

「えっと、ほら、あれだよあれ」


クーちゃんは一生懸命指をさしているが、ボクの目線は指先ではなく尻尾に固定されていた。一生懸命もふんもふん上下する尻尾が本当にかわいらしかった。


「ほら、あれだよ、あの博物館ってやつ」

「博物館?」


一生懸命ある一点を指さすクーちゃん。案内図を見ると、確かに博物館、という場所があった。大学の中にある博物館、いったいどんなものだろうか。


「博物館…… 場所は正門の脇の路地を入った先かな」

「みたいだね。試しに行ってみない?」

「クーちゃんがそういうなら」

「ふふ、どんなものが置いてあるのかな」

「絵とか?」

「大学でそういうの置いてあるのかなぁ」


博物館なんて行ったことないし、どんなものが置いてあるのか全く分からなかった。


「ティラノサウルスの化石とかが入り口にドーンと置いてあったり?」

「化石ねぇ、そういうのが置いてあるものなの?」

「わかんにゃい」

「うちの大学って考古学やっているのかな」

「さすがにあるんじゃないの? 総合大学だし」


人の流れから逸れて正門入ってすぐ左手にある路地に入る。敷地と外を分ける塀と、建物間の人が歩いていない路地を進んでいくと、入口があった。両脇に謎の石像が鎮座している。


「これ、何の石像だろう」


クーちゃんが石像をペタペタと触る。四つ足の動物の石像である。悪魔のような丸い角を持った謎の動物だ。


「山羊? 角が山羊っぽい」

「くるくる丸まった角って山羊だっけ?」

「だった気がする」

「なんで山羊が両脇で見守っているの?」

「なんでだろうね」

「ショウちゃんにも知らないことあったんだねぇ」

「そりゃいっぱいあるよ。後で調べてみるね」


知らないことは調べて知るのが一番大事だと思う。狛犬みたいなものだと思うんだけど…… 石像の手触りは野ざらしなせいか案外ざらざらしていた。


「何か解説とか書いてないかな?」


石像の周りをぐるぐるし始めるクーちゃん。ボクももう一体のほうを見てみるが、やはり解説などなかった。


「なにしてるの?」


そんな風に二人して石像を触ったりぐるぐるまわりを回ったりしていると声をかけられた。低めのアルトボイスに振り返ると、そこには春物らしいピンク色の薄いコートに白いロングワンピースを着た女性がいた。喉に黒い鈴付きのチョーカーをしたかわいらしい感じの子だ。ただ、背はボクよりも高く、170cmを超えており、その額には青いつるつるした石が埋まっていた。彼女も妖怪なのだろうか。


「この石像、なんなのか調べていたんです。解説文とかどこかにないかなって」

「建物の中にあった気がするわ。それはセキヨウ。李氏朝鮮時代に作られた埋葬品よ。王の墓を守るものだったらしいわね」

「せきよー?」

「石の羊ね」

「へー、お前たち、羊さんだったんだね」


そんなことを言いながら石羊像の頭をなでるクーちゃん。ボクも像を見てみると羊に……羊って角あったっけ、と思いながら石羊像を見ていた。


「あなた、尾崎さんかしら?」

「ふぇ、私が尾崎葛葉ですけど」

「やっぱり、同じ高校の同学年だったのだけれども、覚えていますか?」

「え、う、うーん」


ふわふわの女性にそういわれて、クーちゃんは眉を寄せて女性を見ている。思い出そうとしているが、思い出せないようだ。助け船を出すことにしよう。


「すいません。ボク葛葉さんの友人の鈴木翔といいます。お名前うかがってもよろしいですか?」

「あら、失礼しました。私は九十九一二三(つくもひふみ)といいます。種族は付喪神です。お会いできて光栄です、ショウさん」

「ご丁寧にありがとうございます」

「え、九十九さん!? うそですよね!?」

「思い出していただけましたか? 会長」

「え? え? ええええええ」


名前を聞いて相手が誰だか分かったようだが、クーちゃんはひどく驚いている。いったい何があったのだか。


「すいません、会長って何なんですか?」

「失礼しましたショウさん。尾崎さんは妖学園の生徒会長だったのです。その時の副会長が私でした」

「へー、ってクーちゃん、そんな人を忘れるのって、ないんじゃない……」

「ですが、全然違うのですよ!? 女装って何デビューしてしまったんですか!?」


何か変なスイッチが入ったのか急に言葉遣いが丁寧になるクーちゃんが若干気持ち悪い…… って女装?

九十九さんの格好は非常にかわいらしい格好だ。化粧もしっかりしているが…… もしかして九十九さん男だったりするのだろうか。思わずじろじろ見てしまう。長い茶色の髪はサラサラだし、やっぱり美人だなーと思うが、チョーカーに隠れている部分をよく見ると喉仏があるように見える。肩幅も若干広いし、本当に男なのだろうか? そういう目で見ても、男にはあまり見えなかった。


「女装ではありませんよ。私の姿をより美しく見せてくれる真の姿をしているだけです」

「何を言っているかさっぱりわかりません……」


ずいぶんと仲がよさそうな二人である。同じ高校みたいだし、ボクの知らない話もいっぱい知っているんだろうなと若干疎外感を感じた。このままここにいても暇だし、先に入ってしまおうか。


「クーちゃん。ボク先に入って見回りながら待っているから」

「え、ショウちゃんまってよ!!」


声をかけて先に行こうとしたら、クーちゃんに腰に縋り付かれた。クーちゃんがボクのお腹に顔をうずめている体勢になる。


「会長すいません。デートのお邪魔だったみたいですね」


九十九さんがそんな風に声をかけるが、クーちゃんは尻尾を強く横に振るだけだ。どうやら追い返すジェスチャーのようだ。


「私はここでキュレーターのバイトをしていますので、何かあったらお声がけください」

「わかりました。ありがとうございます」


尻尾を振るだけで反応するクーちゃんを尻目に、九十九さんは建物に戻っていった。

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