入学式と新歓活動とお花見 2
「フレンドテニスクラブですー!! 初心者歓迎ですよー!!!」
「マスコミ研究会です!!! アナウンサーになりたい人、ぜひうちにどうぞ-!!!」
「瑞原猫の会、地域猫の保護活動をしております~!」
構内は勧誘をする叫び声が行き交う空間だった。それぞれのサークルが自分たちを売り込むべく声を張り上げているものだから、うるさいのは確かだが、どことなくお祭りの気分になり高揚する自分がいた。不思議なものである。この人の集団の中にただ居るだけであり、何かに加わっているわけでもないのに不思議なものである。
人は非常に多く、肩がぶつかるぐらいだったが、構内は誰が仕切っているわけでもないのに、なんとなく左側通行の人の流れができていた。小魚は本能的に群れを作るというが、人もまた、本能的に群れを作って移動できるのかもしれないな、そんなどうでもいい感想が思い浮かんだ。特に目的のサークルもないので、勧誘の声を聴きながら、人の流れに身を任せて先に進んでいく。このまま構内を流れに身を任せて一周をしようかな、そんなことを考えながら歩いていると、周りの勧誘の人からどんどんどんどん勧誘のチラシが渡された。断ろうかとも思ったのだが、そんな一瞬の思慮の合間に、ボクの手には何枚ものチラシが収まっていた。一枚受け取ると、他の人たちも次へ次へと一枚目のチラシの上に次のチラシを置いていく。たちまち、チラシは両手いっぱいの量になってしまった。周りを見ると、スーツの人や袴をはいた女性たち、おそらく新入生だろう格好をした人たちはみな同じようにチラシを抱えていた。服装で新入生かどうか見分けているようである。中には、一枚も受け取らない剛の者もいたがボクはそこまで強い態度で拒否ができなかったので、両手の中はすぐにチラシの山になってしまった。
全く興味がないものから、少し気になるもの、なんだかわからないものまで、とにかく乱雑に積まれたチラシを持ちながら、さて、どうしようかと途方に暮れる。ひとまずこのチラシの山を整理したいな、どこか整理できる場所ないかなぁ、なんていうことを考えていると、後ろから声をかけられた。
「ねえ、そこの君、うちのブースで休んでいかない?」
「君、ハーフ? その銀髪染めてるの? どこから来たの?」
「かわいいねぇ。どんなサークル探してる? 俺たちイベント系サークルで、楽しいこといっぱいするんだけど、よかったら少し話を聞いてってよ」
三人の男性がボクを取り囲み、行く手を遮る。どうやらサークルの勧誘のようである。三人とも髪を染めていて、耳にはピアスをした軽そうな雰囲気の男性であった。高校時代含めてあまり合ったことない軽薄な雰囲気を持った男性であったが、だからこそか、人によっては話しかけやすい、なんていう印象を抱くのかもしれないなとおもう。
ただ、ボクにとっては印象最悪であった。三人の目線は、まずボクの髪、続いてボクの胸、最後にボクの顔に向けられる。値踏みするような、遠慮ない上に粘っこく不躾な視線が、かなり不快であった。
ボク自身、純日本人なのに銀髪なので、無駄に目立っている自覚はあるが…… 好きで目立っているわけではないし、こう不躾な視線と同じように不躾な質問をするよう相手は正直非常に嫌いなので相手はしたくない。
これ以上話しても、相手がどうであれ、ボクの好感度は底辺のまま二度と動かないだろう。そう思い、きっちり断ることにする。ボクはノーといえる日本人なのである。
「興味ないので結構です」
「そんなこと言わないで、話だけでも聞いてよ」
「ほら、こっちこっち」
明確にノーと言ったのだが、それを無視して、男の一人がボクの左手首をつかみ、もう一人がボクの両肩に手を乗せる。かなり強引にブースに連れていくつもりのようだ。摑まれて嫌悪感しかないが、格闘技をたしなんでいたから、人に暴力をむやみに振るわないよう意識しているため、とっさに振り払うなんてことができなかったのは失敗だった。
何もしなかったのを、身を任せていると勘違いした連中はボクをブースまで連れて行こうとする。
「やめてください」
「いいからいいから」
再度拒否しても一向に引かない上に強硬手段に訴えてくる。どうせ嫌よ嫌よもなんとやら、とか都合のいいことを考えているに違いない。
このまま連れていかれるのは身の危険も感じるし、時間の無駄だし、触られているのも本当に限界である。鳥肌が立ってきた。二回も拒否したにもかかわらず強引なことをするのだから、ボクの方だって少し位実力行使に訴えても怒られないだろう。ひとまず、二人の隙を作るため両手に持ったチラシの山を全部落とす。左手をつかまれて引っ張られたから落としましたよみたいな感じで落としたかったが、正直余裕がまるでなかったので両手を開くだけしかできなかった。バサバサバサと、盛大に音がしてチラシが地面に散らばった。ボクのことを捕まえていた二人も、周りの人もその落としたチラシの音に驚き、意識が地面に向く。
注意がボク自身からそれたその瞬間、ボクは左手を手刀の形にして、相手の手首を狙いながら下に思いっきり振り下ろす。手首をつかまれた時の護身術の方法だ。相手の手首とボクの手刀が交差するとメキョ、という音が握られた手首越しに聞こえた。ここ一年ぐらい動いてなかったし、そもそも型しかやったことがないのでうまくいくか心配だったが、上手くいいのが入ったようだ。そのまま、少し左に振り向きながら、後ろにいた男のだらしないわき腹に、周りの人に見えないように肘を叩き込んだ。こちらは型すら練習したことのない、ある格闘技の方法である。それでも偶然だろうがうまくいき、メキョッ、というなかなかいい手ごたえが腕に響く。
周りにいた人には振り払ったぐらいにしか見えないだろうが、男二人はかなり痛かっただろう。前にいた男は自分の右手首を左手で押さえているし、後ろの男は崩れ落ちた。
もう一人の男が変な動きをしていないか、そちらのほうを見ながら後ろに一歩飛びのき両手を前に構えて身構える。
「おい、新入生に何やっているんだ!! 無理な勧誘は厳禁なはずだぞ!!」
入学早々面倒になったという気持ちと、この後どうしようかと一瞬悩んだが、安心なことに助けが来た。響くような一喝をしたのは、ボクより頭一つ背の高い男性である。野球のユニフォームを着ているので野球サークルの人なのだろうが、ガタイの良さが半端ないし、声も大きい。首も腕も太く、鍛えているのが一目でわかる体つきだ。野球というより、格闘技系をやっているように見えるような体つきであの人ごみの中躊躇なく大声で一喝できるのもみると、軟弱な3人衆とは肉体的な強さも精神的な強さも雲泥の差だろう。安心感と頼りがいがすごい。
「ちっ、なんにもしてねえよ!!」
慌てて捨て台詞を吐きながら、自分のブースに戻るチャラ男たち。
どうにかなったかな、と思い安心していると、「大丈夫?」と声をかけてくれる新入生らしき人や、「あいつらのことは対応しておくから」と声をかけてくれる勧誘の人たちが、チラシを拾ってボクに渡してくれた。何枚か汚れているのもあったが、大体は周りの勧誘の人が新しいのと交換してくれた。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」と声をかけると、皆元の人の流れに戻っていった。
「入学早々大変だったな。ああいうタチの悪いのは少ないがゼロじゃないし、気を付けろよ」
「わかりました、ありがとうございます」
野球のユニフォームを着ていた先輩は、最後に拾い集めたチラシをボクに手渡しながら、にかっと白い歯を光らせて笑った。顔は濃いほうだが、イケメンだなーと思った。
今の一通りの騒動でボク自身のテンションはダダ下がりだが、まあ、悪い人ばかりではない、というのもよくわかった。帰りたくなった気持ちも強いが、このまま帰ると授業が始まるまでに度と大学に来ない確信があるし、もう少し頑張ってみるとしよう、そう思い、先輩が野球のユニフォームを着た仲間たちのところに帰っていくのを見送った後、意を決してボクはサークル回りを再開するのであった。
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