入学式と新歓活動とお花見 3
その後、構内をしばらく回ったが、周りに目を付けられて遠巻きにされているのか、ああいう輩は本当に例外だったのかはわからないが、特に絡まれることもなかった。さっきの一件で案外緊張していたようで、肩が痛くなってきたが、回っているうちに徐々に良くなってきた気もする。30分ぐらいだろうか、一周して正門あたりに戻ってきた。
瑞原大学のサークルは数千あるとも言われている。掛け声を聞いているだけでも、スポーツ系や学問系、マスコミ系ら国際交流や猫の会や、本当に色々なサークルがあった。ブースの机も大学創立者の像が建つメインの通りのみならず、建物と建物の間のあらゆる通路の両側に設置されていた。数百はあるのではないだろうか。本当に数が多い。
なんにしろ、チラシを抱えるにはちょっと多すぎるぐらい受け取ってしまったし、試しにどこかのブースに入ってこれを整理しつつ話でも聞いてみようかとも思ったのだが…… どこのブースに行くか悩む。体を動かすこと、特に格闘技なんか、高校時代やっていたのでいいかな、なんていうことも思ったが、体育会系の雰囲気が強いところだと面倒なことになる。サークルの内情は現状ではわからないし、セクハラなんかも怖いし……。そうすると、やはり文系のサークルがいいのだろうか。
そんなことを考えながらきょろきょろしていると、正門の隅に猫を見つけた。真っ黒な毛並みで、金色の目をした、体格が立派な大人の猫である。正門わきの縁石の上でジーっと人々の流れを見つめている。さっき、地域猫保護活動がどうとかいうサークルの勧誘があったが、この子も地域猫なのだろうか。毛並みもきれいだし、野良ではない、手入れがされている飼い猫のように見える。なでさせてくれないかな、という下心満載で近寄ってみると、その子もこちらに気付いたようで、一瞬目が合う。金色のキレイな澄んだ瞳であった。猫は目が合うのを嫌うので、逃げられるかな、と思ったが、猫は特に気がない素振りでふいっと後ろを向いて、そのまま路地に入り込んだ。
猫が入っていったのは人通りのない路地である。ついて言ったらなでさせてくれないかな、という下心満載で、ボクはその黒猫の後をついていった。
両脇を大学の建物に挟まれた、すれ違うのがギリギリぐらいの薄暗く狭い路地を、猫を追いかけて進む。その子の歩みはゆっくりしたもので、ボクがゆっくり歩いてついていける程度の早さだった。猫は振り返りもせずに建物の角を右に曲がった。ボクも続いて角を右に曲がる。
そこは、建物の間で太陽の光が差し込んでおり、満開の桜の木と、木の横に他のと同じようなサークルのブースがあった。ブースには新入生は誰も座っておらず、先ほどまで追いかけていた猫がベンチの脇で丸くなっていた。
ブースの向かい側には袴姿の金髪女性が座っていて、桜をぼーっと見上げている。その女性の頭には大きな三角形の獣の耳がついていた。獣の耳は髪の間からちゃんと生えていて、コスプレには見えないし・……本物だろうか。
なんにしろ今大事なのは猫である。ブースに座りながら、女性に声をかける。
「こんにちは。座っていいですか?」
「え、あ、あっと、こ、こんにちは!!! どうぞ!!!」
ベンチに座り、チラシの山をベンチの脇に置くと、猫ちゃんがボクのほうによって来る。猫ちゃんはベンチをそのまま歩いて、ボクの太ももの上に足をかけてきた。そのままその背中をゆっくりなでると、猫ちゃんはさらに足を進めて、ボクの太ももの上で立ち止まり、そのまま丸くなった。かわいい。感無量である。
しかし、ここでクールにならなければならない。欲望に赴くままこのかわいらしい小悪魔ちゃんを撫でまわすとすぐ逃げられてしまうのだ。必死に平静を装いながら、左手でネコちゃんの背中をスーッとなでる。飼い猫なのかどうかはよくわからないが、ふわふわで手入れがされた毛並みだった。至高である。
必死に撫でまわしたい衝動を抑え、ボクは猫ちゃんの上をゆっくり優しく、なで始めた。
なでなでしながら、目の前に座る女性を見る。猫ちゃんを見ていると衝動が抑えられる自信がないからだ。逃げられたらすごく悲しいので、意識を他にそらさねばならない。
女性は見た感じ、ボクと同世代ぐらいに見える。肌は真っ白だが、真っ黒な瞳と真っ黒な眉毛から、金髪は地毛ではなく染めているんだろうな、となんとなく分かった。獣耳は両方ともこちらに向いてピクピクと生きているように反応している。おそらく生モノなんだろう。
その耳が犬の耳なのか猫の耳なのか、さっぱりわからないが、おそらく彼女は妖怪という存在なのだろう。一般には知られていない、世の影に紛れる妖怪という存在をボクが知ったのは、ここ最近である。実際の妖怪さんを見たのは、これが人生2回目だ。前に見た妖怪さんはおじさんだったのだが、ブースにいる子はずいぶんかわいらしい子だった。
猫ちゃんの温かさを太ももに感じながら少し考える。猫ちゃんにつられて勢いでブースに座ってしまったが、そもそもここのブースが何のサークルなのかすらまるで分っていない。全く、猫ちゃんは悪い子である。さて、何から話しを始めるべきか……
ブースのテーブルの上には、サークルのチラシのほかに、2Lのお茶のペットボトルと紙コップが置いてあるのが目に留まったので、これを話しをとっかかりにしよう。
「お茶、もらっていいですか?」
「あ、えっと、うん、はい、たぶん大丈夫です」
「多分?」
「えっと、あの、んーと」
「あ、もしかしてあなたも新入生とか?」
「な、なんでわかったんですか!?」
耳をピーンと立てて、目を見開く女性。リアクションがいちいち大げさでかわいらしい。
新入生かも、と思った理由は難しくない。入学式に来た新入生は基本的に格好が2種類しかない。一つはスーツ、もう一つは袴だ。9割はスーツであり、袴の人は多くなかったが、それでも新入生の絶対数が多いからちょこちょこ見かけた。このブースにいる彼女も、女学生っぽい海老茶袴に同系色の矢柄の着物を着ている。すごく女学生っぽい。コスプレの可能性もあったが、入学式の衣裳なのではないかとアタリを付けたのだ。とはいっても、この推測をいちいち偉そうに述べるつもりはないが。
「なんでって、感かな? ついでに、ブースの主である知り合いの先輩に頼まれて、留守番をさせられているっていう感じかな。あと、一浪していると見た」
「す、すごい、あなた、名探偵か何かですか!? コナンですか!? 殺人事件起きちゃいますか!?」
「いや、殺人事件が起きられると困るし、ボク別に名探偵じゃないから」
単純なあてずっぽうである。本来勧誘される側にいるべき新入生が勧誘する側にいるということは、ブースの主に頼まれたのだろうという推測は立つし、頼んだ人と彼女の関係はそれなりに親しいのだろうという推測もできる。親しいとなれば、先輩後輩、という可能性も普通にあるが、元同級生だからかな、というあてずっぽうの推測から、彼女が一浪したのではないかと思っただけだ。昨日安楽椅子探偵が出てくる推理小説を読んだから、ちょっと真似事をしたくなったので、こんな推理もどきをしただけである。無事どの推理も当たって少しうれしい。
ひとまず、机の上においてあった紙コップにお茶を勝手に注いで、彼女の前におく。ついでに自分の分も注ぐ。
「そういえば、名前聞いてもいいかな。あなたっていうのもなんだし」
「私は尾崎葛葉(おざきくずは)です!! 1年生です!」
「ボクは鈴木翔(すずきしょう)。同じく1年生だよ。ショウって呼んで」
「じゃあ私はクーちゃんでおねがいします!」
「クーちゃん?」
「クーちゃん」
大学に入っても、ちゃん付け…… とも思ったが、かわいらしい彼女にはあっている気がする。
「クーちゃん」と呼ぶと、クーちゃんは嬉しそうだった。耳がぴくぴく動いていて、表情は満面の笑みである。背中の方では黒い毛だらけの物体がぶんぶんと振られている。あれ、尻尾だろうか。まるでご主人様にかまってもらって歓喜する犬のように、その尻尾は激しく動いていた。
ぼふん、ぼふんと尻尾がベンチにぶつかる音がする。その衝撃に驚いたのか、猫ちゃんは起き上がり、ボクの膝から降りてどこかへ行ってしまった。
うう、猫ちゃん……
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