4.

私達は、かつて屋敷の中庭"だった"所に出た。


一面に広がる膝丈程の雑草を、夕日が薄い赤色に照らしている。


(あ、さっきの文字に"夕日"ってあった)


食材や排泄物の臭いがして、小さい蟲が飛び回っていた。


「うわ。踏まない様に気をつけましょうね」


「おじさんがね」


フローラがクスクス笑い出した。


「ちょうど、日が傾きかけているな」


LTLTは呟きながら、キョロキョロと見回した。


彼女の視線が止まる。


少し離れた場所に、噴水がある。未だ機能しているのだ。


噴水まで、草が倒れていて道になっている。


蛮族どもが水飲み場に使っていたのかもしれない。


LTLTが小走りに、噴水に近寄る。


水面を見た後に、こちらを振り返る。


「クェス、"紅い太陽が溶けた水"だ」


水面は夕日を反射して一面が真っ赤に輝いていた。


LTLTも少し興奮しているのか、白い頬がピンクになっていた。



水袋の水を全て出して、替わりに噴水の水を入れる。

これが、紅い太陽の溶けた水…という解釈でいいのだろうか。


「ききき、気をつけて下さいよ、クェス」


と一番離れた、安全な場所から、見ているアントニオは無視。


私は、開かずの間の扉に彫り込まれたドラゴンの口元に、ゆっくり水を注いでいった。


ドラゴンの口には親指程の穴が空いている。


「竜が、水を飲んでるみたいですね…」


フローラが私のすぐ後ろで警戒しながら、つぶやいた。


そして、水袋の水を三分の一ほど流し込んだ時。


ズズズズ…


思っていたよりも、静かな音で扉がゆっくりスライドしていく。


「…温室?」


天井には、分厚い硝子の天窓。


両脇の壁には、棚が取り付けられている。


そして、床一面に散らばる、陶器の破片。


棚には、かつて主の集めた壺や花器が並んでいたのだろうか。


300年前の大破局の影響で、地震か爆発か建物自体が大きく揺れてしまったのだろうか。


「綺麗な模様」

陶器の欠片をつまんでフローラがつぶやく。


「花も育ててたのかもね、破片だけじゃなくて土も…」


おや。


(割れてないのもある?)


陶器の破片を注意深く動かしながら、私とLTLTは美しい装飾の施された銀製の花瓶を、3つ見つけた。


花瓶の底には、びっしりと魔道機文明語。


「この花瓶、魔法の加工が施されてます!!」


アントニオが興奮しながら、花瓶の解説をする。


「この花瓶に挿した花は、通常よりも長持ちするようですよ!?」


その時だ。


一瞬。


私の脳裏に、映像が浮かんだ。


花に満たされた部屋。

そこに1人、水差しを持った優しそうな老婆が、鉢に水を注いでいる。

百合の蕾を見ながら、楽しそうな笑顔。

館の主だろうか。


「なんだ、今のは・・・」


LTLTの声に、ハッとなる。


視界は、再び陶器の破片の散らばる温室。


「もしかして、皆さん見えました?」


「ああ」


散らばる陶器を見ながら、館のかつての主に対して、気の毒になる。


「ここの館の方、きっとお花大好きだったんですね」


フローラが微笑みながら、少し困ったように言う。


銀製の花瓶を持っていくのに、少し後ろめたい雰囲気が漂った。


「そうですねえ。早速花瓶は持ち帰りましょう」


「おじさん・・・」


「花瓶をこのままにしておくよりも、花と一緒に飾った方があのおばあさんも、喜びそうじゃないですか?」


アントニオの一言で、空気が変わった。


彼の一言で、私の気持ちが軽くなるのは2回目だ。


私だけじゃないのかも。


今までキツ目に当たっていた自分を反省する。


("おじさん"じゃなくて、名前で呼ぼうかな)


「それに、3つ売れば銀貨3000枚はするでしょう?蛮族退治の報酬に加えて、1人銀貨750枚の追加報酬になります。花好きの貴族のご婦人や、富豪の娘さんなんかが買ってくれるんじゃないですか?だははは」


「・・・」


前言撤回。


(エピローグへつづく)




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