6, 影

古書店を出ると、私たちは約束した駅裏へ向かった。


さっきまでの出来事は、何が起きたのかまだ頭の中で整理がつかない上、不思議な感覚が抜けなくて、なんとなくその話題に触れられずにいる。

和一いっちゃんも同じなのか、会話の中に古書店については出てこない。


駅をぐるりとまわり込んで、通称「裏口」と呼ばれている出入口へ向かうと、歩道にあるガードパイプに腰掛けた2人が振り返る。


「おー、きたきた。日が落ちる前に早いとこ行こー」


龍之たっちゃんにそう言われて、夕日が大分傾いてきていることに気がついた。


少し歩くと、新聞の記事で見たとおりの現場が見えてきた。

建設現場の工事車両が出入りする場所は、バリケードが厳重にされていて、ひと気はない。黒いコンクリートの塊を足場が取り囲み、建設重機が時を止めたかのようにたたずんで、役目を待っている。敷地を取り囲む鋼板には、きらびやかなマンションの完成図だけが色を持ち、この空間の異様さを増幅させている。


和一いっちゃんは、どうしてここで起きた事故の記事を選んだのだろう…

ふと、そんな疑問が頭をよぎる。

学校の近くだから、とは言っていたけど…


「家族が、いたんだよな。」


ポツリと、和一いっちゃんがつぶやく。

新聞記事には、結婚したばかりと書かれていた。

事件当日は天気も良くほぼ無風。私生活も順調。そんな状況の中、高所作業中に転落。事件性がなく事故として未だ警察が原因を調査中。


「原因がはっきりしていないなんて、遺族のことを思うと、心が痛むわね…」


ちづるが遠い目でポツリと言う。

今まで、事故や事件に至った経緯を推測(妄想)するのが楽しかっただけで、こんなに真剣に考えたことはなかったかもしれない。



「今日はもう帰ろっか〜。日が沈んじゃうよ。」


少し重くなった空気を察してか、龍之たっちゃんが切り出した。

なんだか今日は、いつもの調子で事故原因の想像をする雰囲気ではなくなってしまった。


「そうだね。そろそろ・・・」


言いながら、視界に違和感を感じ建設現場を見上げると、1番高い所の左端に人影が見えて言葉が途切れた。

私の視線につられて見上げた和一いっちゃんが声を上げる。


「なんだ…?あれは・・・」


その声に気づいた龍之たっちゃんとちづるも視線を移して、人影を捉えた。


そして、その人影は建物の向こう側へ、飛んだ。

飛び降りたのではなく、人間とは思えない跳躍で、向かいのビルへ飛び移るような角度に見えた。


その姿は、シルクハットのような帽子と、はためくマントが印象的で・・・・・・

どこか見憶えのあるシルエット————


あれは………!


考えるより早く、体が走り出そうとする。

と、不意に右腕を掴まれた。

その反動で体ごと振り返ると、和一いっちゃんがいる。


私のカバンが手から滑り落ち、和一いっちゃんのいつも持ち歩いている愛読書が宙を舞う。


一瞬のことでお互い言葉が出てこない、が…


「っ…。 行かない方が…いい 」


和一いっちゃんは真剣な眼差しで絞り出すように言った。いつも冷静な和一いっちゃんらしくない表情だ。

しかし私は、この衝動を抑えきれない。

一刻も早く、あの人影を追いたい。


……追いつかないとしても。


「大丈夫…!」


精一杯の笑顔でそう言うと、私の腕を掴んだ和一いっちゃんの力が緩む。その瞬間、私は落としたカバンを拾い上げながら、あの人影の方向へと走っていた。



夢の中で見ていたものと全く同じシルエット。

それが今、目の前にあらわれた。

確かめたい。

幻影なのか、現実なのか。



走る息遣いと、胸の鼓動が耳を支配する。


建設現場のフェンスに沿って角を曲がり、建物の裏側へ回り込む。人通りのない薄暗い路地だ。


人影が飛んだところは見えたが、その先にどこへ行ったかは分からなかった。

あたりを見回しても、周囲の建物を見上げてみても、それらしい姿はどこにも見当たらない。もうすでにこの近くにはいないのだろうか。



——— 確かめてどうするの・・・?



迷っている。

正直、怖い。

本当に、夢に出てきた通り、大鎌を持っていたら・・・



立ち止まって、息を整える。

辺りもだんだんと暗くなり、街灯がつき始めた。

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経河咲江、前世からの運命と向き合います。 神谷きゆき @kiyuki-2172

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